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Vol.0197 「生活編」 〜Where We Were その5〜

映画「ラスト・サムライ」でトム・クルーズ演じたオールグレン大尉に並ぶもう一人の主役、滅びゆく侍の長である勝元(渡辺謙)は台詞の7〜8割が英語でした。勝元は日本が近代化を急ぐあまり西洋諸国に身を売っていると危惧し、天皇には絶対の忠誠を誓いながらも私服を肥やす元老院の大臣たちには強く反発していました。彼ら侍は近代化に背を向けた頑迷で守旧な人々と見なされるところですが、それをあっさり覆すのが、"What is your name?"という、勝元の一言でした。

元老院が操り、傭兵として雇われたオールグレンが指揮をとった官軍は、人数、装備で優位に立ちながらも、勝元軍との初戦に惨敗します。捕虜となったオールグレンに勝元がかけた最初の一言が、"What is your name?"だったのです。甲冑に身を包んだ武将の言葉としてはあまりに意外で、映画館にどよめきが起きたほどです。しかし、どよめきに非難めいたものはありませんでした。勝元の英語には結果的にそうであったとしても、観客への利便性重視のご都合主義は感じられず、実に快く観客の固定観念を裏切るものでした。史実と照らし合わせても、維新後は薩長始め地方にも多数の英語使いがいたわけですから、それほど不自然なことでもないでしょう。しかも勝元はかつて天皇の師であったという設定ですから、東京滞在中に流暢な英語を話すようになったとしても違和感はありません。

私は勝元が英語を解することには重要な意味があると思っています。まず、彼が頑迷な人物ではなく、近代化を懸念を示しながらも"蛮人"の言葉を学ぶ柔軟性のある、優れた指導者であることを示しています。そして、「問答無用、切り捨て御免」の典型的な侍ではなく、何よりも問答、すなわち対話を重んじた人であったことを象徴しています。英語を話すことで、彼は敵であるオールグレンと直接対話し、開眼させたのです。 勝元の台詞に繰り返し出てくる"conversation"という言葉は、オールグレンとの「対立」、「理解」、「信頼」という、変化していく関係を端的に映し出しています。オールグレン自身も、自決して息を引き取る直前の勝元に、"I've enjoyed our conversation."と滂沱の中で告げています。

この建設的な姿勢こそ、おびただしい人数が殺し合い、勝敗を分けることをエンターテイメントにする戦争映画と、この映画が一線を画す点です。オールグレンも勝元も全編を通じて戦い続け、回想シーンも含めれば繰り返し、繰り返し血が流れます。しかし、映画全体に漂うのは好戦ムードとは裏腹な厭戦ムードです。目先の合戦には勝てても、いずれ滅びゆく運命にあることを、勝元は誰よりもよく理解していました。それにもかかわらず、正義と信じるもののために名誉をかけて戦う虚しさを、映画は切々と描き出しています。

勝元はずっと語りかけていました。捕虜になって自暴自棄になるオールグレンに、近代化を急ぐあまり海外を知る大臣の言いなりになる若き天皇に、夫を殺した"蛮人"の世話をするくらいなら「死なせて下さい」とせがむ実妹たかに、「負け戦の辱めを受けるべき」とオールグレンの死を進言する腹心の氏尾に、二度と再び生きて戻ることはないであろう最後の合戦に出陣していく際には家臣一人一人に、自分と亡き息子に代わって一族を託す唯一の後継者である年端もいかない甥っ子の飛源に。

一人ずつ声をかけられない庶民には微笑みかけ、堂々とした雄姿を示すことで希望の灯を絶やしませんでした。言葉ではなくても、そこには明確なメッセージが込められており、彼を信奉する人々はしっかりとそれを受け止め最後まで彼に忠誠を誓っていました。その姿勢の温かさ、豊かさ、美しさは血なまぐさい合戦との対極をなすもので、勝元が剣を抜くのはそれ以外の手段がない時だけだったことを際立たせています。

語りかける勝元に対し、オールグレンは心を開き、敬愛をこめた友情を育みながらサムライとして生きることを選択します。天皇は「朕はどうすればいいのだ。教えてくれ。」と率直に訴え、たかは自分の弱さを恥じて押し黙り、無念だった氏尾もオールグレンと剣を交えるうちに彼を受け入れていきます。家臣たちは最後の戦で全員が壮絶な最期を遂げ、身をもって忠誠を示します。村に残された女子供は男たちが誰一人戻らないことに、メッセージを読み取ったことでしょう。

聞く耳を持たなかったのは政治家たちでした。日本の近代化という大義名分に私利私欲がからみ、何としても勝元を潰そうと軍備の近代化を急ピッチで進めました。そして迎えた西南戦争がモデルと言われる最後の戦い。勝元軍は手勢500人と圧倒的に劣勢だったにもかかわらず、戦略の妙もあって完全武装の並みいる官軍を蹴散らしていきます。窮地に追い込まれた官軍は、大臣の一喝で新式銃と呼ばれたマシンガンを使い掃討戦に出ます。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ。1分間に200発の弾丸が打ち込まれ、氏尾が勝元が、名うての武将たちが一人、また一人と落馬していきました。私にはあの機械音こそが、いかなる語りかけをもかき消す近代戦の象徴に思えました。無差別な大量殺人の幕開けです。倒す相手を選ばず、死に行く人々を無名化する物質的な優位性を前にして、何よりも「武士道」という精神性を重んじた侍たちは滅びていくより道はありませんでした。巨星落つ。勝元という傑出した最後の侍の最期でした。(つづく)

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「マヨネーズ」 日本でもらってきた国語のプリントを善にやらせてみました。「一つ、二つ」と十まで書いてあり、読み仮名をふらせる内容です。「できたっ♪」と持ってきたプリントには、「いちつ、につ、さんつ、よんつ、ごつ、ろくつ、ななつ(←偶然)・・・」と。それを見て大笑いした温に「じゃ、20日はなんて読むの?」と聞くと、自信満々に「はたち♪」

<写真:最期の大決戦。公式サイトより>

西蘭みこと