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Vol.0192 「NZ・生活編」 〜Where We Were その2〜

映画「ラスト・サムライ」でネイサン・オールグレン大尉役を演じたトム・クルーズは間違いなく主役ですが、この作品にはもう一人の主役がいます。それは明治維新後の日本で生存意義も生存空間さえも失いつつあった侍の長、勝元盛次を演じた渡辺謙です。エドワード・ズウィック監督はこのキャスティングについて、「二人はあらゆる面において遜色つけがたい互角の存在でなければなりません。このバランスが狂ってしまうと、映画の前提そのものが狂ってしまいます」と述べています。

"二人の主役"が成功を収めてこそ、観客は激変する時代を生きた二つの強烈な個性が激しく、時には生死をかけてぶつかりあった挙句、異なる文化、敵と味方という立場を乗り越えて理解と信頼を勝ち取り、最終的にはきつい絆で結ばれていく過程を信じることができるのです。監督の言うように少しでもバランスが狂えば"作り話におけるリアリティー"という際どい代物が危うくなり、あっという間に見るに耐えないものになっていたことでしょう。そのためにも、勝元役はトム・クルーズという稀有な大スターをも喰ってしまうほどの存在でなくてはならなかったのです。

渡辺謙はそれに応えました。事前の最も貪欲な期待をも裏切るほどの完成度で。果敢にして優美な物腰、知的でユーモアに溢れた豊かな表情、台詞の7〜8割を占めた自然で淀みない英語、そして何よりも一族最後の末裔として、ひいては滅びゆく侍の長として、重責を担い苦悩し続ける中でも、人間の尊厳を失わず温かい視線を隅々にまで配る姿勢。完璧でした。もちろん、これは監督たちが作り上げた役柄だったわけですが、それをどう体現していくかは役者の天賦の才です。渡辺は鬼気迫る真迫の演技で、この映画を観た、いかなる日本人も勝元の存在を誇りに思うであろうほど見事に演じました。

作中の勝元とオールグレンに並行して、渡辺とトムも急速に親しくなっていきました。初対面の時、やや緊張気味の渡辺に、「一緒にすごい映画つくろうぜ!」とトムが強い熱意を示し、それを合図に製作現場に魔法がかかったようです。二人は高い目標に突き進むプロの映画人として意気投合し、3回の記者会見からもそれがうかがえました。特に3回目では、二人のみならず主要キャストの間にどれだけ深い友情と信頼が培われているのかをはっきりと見ることができます。監督自身も主役二人について、「その強い絆が後の撮影で大いに役に立った」と指摘しています。

作中の役柄と現実の役者たち双方が、理解を深め、絶対的に信頼しあっていく二重構造がフィクションである映画の筋書きに厚みを持たせ、そのリアリティーが観る者の心を打ちます。少なくとも、私にはそうでした。何の接点もない敵対する者同志が、ささやかな勇気とほのかな尊敬の念だけを頼りに手探りで歩み寄り、最終的にはかけがえのない関係になっていく様は本当に美しく、胸が熱くなりました。スクリーンは「現実社会でもこれは可能なのだ」と強く訴えかけてきます。二人に共通するのは驚くほど素直な姿勢です。正しいと思う方向へためらいもなく踏み出せば、扉は大きく開くものなのかもしれません。

こうした関係は主役の二人のみならず、監督や主要キャストなど、あらゆる現場で培われていたようです。トムは8ヶ月をかけてサムライらしい立ち居振る舞い、剣術、空手を学び、腰の据わった殺陣ができるよう、身体の重心を下げることまで鍛錬の末に達成してしまいます。その間、勝元の腹心で、近代化を忌み嫌う鉄壁の武将、氏尾役を演じた真田広之が惜しみなく武術アドバイスを施し、"演技の虫"として誰もが悲鳴をあげるトムの練習にとことん付き合い、終日にわたる合戦シーン撮影という激務の後でさえ、彼と剣を交えて練習を重ねたそうです。

衣裳を担当したニュージーランド人、ナイラ・ディクソン(「ロード・オブ・ザ・リング 旅の仲間」でアカデミー賞ノミネート)は、歴史考証に基づいた明治時代の武士から平民、軍人から皇族に至るまでの和洋装を、織物の段階から完璧に復活させました。信じられないほど華麗で博物館から借り受けたような甲冑さえ、彼女のデザインによるNZ産でした。しかし、鬼のような探究心で世界中から見本を取り寄せ、最終的に二千着以上の衣裳を作った彼女ですら、日本人デザイナーの参画と宮廷文化についての第一人者からのアドバイスがあってこその成功であったことを率直に認め、「映画に登場する宮廷装束が本物らしく見えるのは二人のおかげです。」と惜しみない謝辞を贈っています。

最後の合戦で、勝元はオールグレンの助けを借りながら自決します。敵同士だった最初の合戦の時には、勝元が官軍側に寝返ったサムライを介錯するのを到底理解できなかったオールグレンですが、武士道を極めた結果、自らも自分の意思で勝元の最期を助けるのです。まさにクライマックスです。命よりも貴いものを手に入れた者だけに許される、激しくも穏やかな死。それを手助けする幸運と手助けされる幸運。そんな散り際を祝福するかのように咲き誇る満開の桜。涅槃はすぐそこでした。事あるごとに命の貴さを正面から説かなくてはならない現在と比べ、なんと豊かな生と死。それを彩る無二の友情。それは本来、可能なことなのです。止まらない涙の中、切なさと嫉妬で目がくらみそうでした。(つづく)

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「マヨネーズ」 最近の西蘭家、グリム童話に凝っています。夜な夜なニ、三話読んでると意外に多い「王様と金」の組み合わせ。金の服、金の鳥に金の鳥かご、金の馬に金の鞍、金の雌鶏に金のひよこまで! 「王様なんてもともと大金持ちなのに、どうしてもっと欲しいのかしらね?」と言うと、「だからキン(=金)グー(=good)なんじゃない?」と善。よっしゃぁ、座布団一枚〜!

<練習に練習を重ねたオールグレンと氏尾。公式サイトより>

西蘭みこと