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Vol.0165 「生活編」 〜ここであえてアジア礼賛〜

息子のクラスの有志ママによるブランチで、私の対面に座ったのはソバカスのある小柄でぽっちゃりとしたイギリス人ママでした。彼女は5年住んだ東南アジアから越してきたばかりで、息子さんの話にうちの息子が時々登場していたとかで、名前を覚えていてくれました。「日本人だったのね?てっきり中国人かと思ってたわ!」と、人懐っこい笑顔で身を乗り出しながら話す姿には、英語のノンネイティブ・スピーカーと話すことをまったく厭わない様子がよく出ています。

「アジアはいいわぁ。」と言いながら、彼女はアジアの一角である香港で引き続き暮らせることを、とても喜んでいました。「どこがそんなにいい?」と、素朴な質問を投げかけると、「私はイギリスでも北の方から来たの。だから気候が最悪。冬は長くて寒くて、雨が多くてね。町は暗いし、みんなアルコールをすごく飲むし。おまけに何もないところだから、子供を育てるのにはいい所じゃないわ」と前置きされました。私は気候の悪さを理由に本国に帰る気のないイギリス人をたくさん知っていますが、彼女もその一人でした。

「それに引き換えアジアは冬が短いし、いつも天気がいいじゃない?子供たちは思いっきりスポーツができるし、かなり長く泳げるしね。ラグビーだって、私の町では危ないからと言って10歳にならないとクラブに入れなかったものだけど、アジアに来たらどう?5、6歳でもうラグビージャージを着て走り回ってるじゃない!息子も大喜びよ。それに食事がおいし〜い!普通の店でも本当においしいから、見て〜!5年間でこの体型よ!」と、彼女は両腕をパッと広げて胸を張ると、弾けるように笑い出しました。

「私の国ではすべてが決まってるの。階級も宗教も。教会に疑問を持つなんて絶対許されないわ。子供が行く学校も、将来の仕事もなんとなく決まってしまうものだけど、アジアは自由じゃない?何をしてもいいし、どんな神を信じようが、何も信じなくても構わないんでしょう?人も親切でまじめで、街も安全できれいで素晴らしいわ!香港に来る前も学校にはいろんな人種・国籍・宗教の子がいて、いい経験をしたわ。今のうちの学校はイギリス系だけど、入ってみたら私たちってマイノリティーじゃない!でも、息子にはかえってよかったみたい。彼は幼稚園の頃から一番仲のいい友だちっていつも韓国人か日本人だったの!」と、今の生活にとても満足しているようでした。

ここまでアジアをベタ褒めされると、きょとんとしてしまいます。「そんなにいいところに住んでたっけ?」と、まるで人事のようです。周りの中国人は子供が中学や高校になると、大枚をはたいてイギリスの寄宿学校に入れたり、アメリカの大学に留学させたりして、欧米の教育と環境をカネで買っているのですから、彼女の諸手を挙げてのアジア礼賛はずい分皮肉な話です。もちろん考え方の違いと一括りで片付けてしまうこともできますが、ひょっとしたらアジア人には彼女が惚れ込んでいるような"アジアの良さ"が見えなくなっているのかもしれません。

「子供が英語を話せるようになるために」、「より高い教育を」と、アジア人の父兄は毎年、アメリカやイギリスを始めとする主要英語圏の国々におびただしい数の子弟を送り込んでいます。私たちも息子をイギリス系の学校へ入れることで、本国に留学させずともイギリスの公立学校と同じカリキュラムの教育を受けさせていることになります。しかし、ここでアジア人の父兄が陥りやすい問題として、「英語での教育を」という期待が先行し過ぎるあまり、自分たちの文化、習慣、言語の良さを伝える前に、子供をどっぷりと英語環境に浸からせてしまうことが考えられます。

香港には通称「バナナ」と呼ばれる人たちがたくさんいます。"外が黄色で中が白い"、つまり外見は中国人でも、考え方が白人のように欧米化した人たちという意味です。こうした主に海外育ちの人たちは、中国語の会話はできても読み書きができない人がほとんどです。それに引け目を感じる人も、まったく疑問に感じない人もいます。私としては、息子を「バナナ」に育てる気は毛頭なく、何があっても日本語での読み書きをギブアップするつもりはありません。自国の文化に根ざした自分を持ってこそ、異国や異文化からたくさんの啓蒙を受け、それらを自分の中で咀嚼し、新たな血肉としていける気がします。元になる自分が脆弱だと、大きな文化にいたずらに流され、自己否定に陥ってしまう懸念があります。

息子には"アジアの良さ"をたっぷりと吸収して大きくなっていって欲しいです。日本人という、アジア人として生まれ育ったことを踏まえた上で、英語を介して自由に世界とアクセスしていってくれたら、と思います。その結果として、先のイギリス人ママが褒めるような、自由度、優しさや親切、安全、勤勉などアジアの実力を、自分の力で見抜いていって欲しいものです。ニュージーランドに移住したら、「ひょっとすると英語よりも自分のアイデンティティーで苦労するかもしれない」と思っていますが、息子に望むばかりでなく、私自身も、いつまでもアジア人であることの誇りを忘れずにいたいと思います。

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「マヨネーズ」 温のクラスでは、日本的なご飯とおかずが詰まった弁当を毎日持ってくる子は、温一人だそうです。「他の子は日本人も中国人も、み〜んなサンドイッチだよ。たまにチャーハンとかパスタ持って来る子もいるけど、おかずなんかないよ」とのこと。そのため温が弁当を開けると、数人が物珍しそうに見に来るんだそうです。特に熱心な子は「これ何?おいしい?」ときいてくるので、少し分けたりもしているそうです。のりでくるんであれば何でも"寿司"なので、「温はしょっちゅう"寿司弁当"でいいなぁ」と言われてるそうです。おにぎりも学校ではずい分出世するものです。これもささやかな“アジア礼賛”?

西蘭みこと