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Vol.0111 「香港編」 〜肺炎とパンティーとささやかな希望と〜

今年の7人制ラグビーの国際大会である「香港セブンス」(3月28〜30日開催)には、フランス、イタリア、アルゼンチンが参加しませんでした。理由はイラク戦争ではなく、"謎の肺炎"、「重症急性呼吸器症候群」(SARS)のためです。その話が伝わった3月中旬には、世間の一般的な反応は、
「何をおおげさな」
という受け止め方でしたが、実際に試合が開催された月末には、その決定にまったく違和感がないほど、事態は深刻化していました。
(←サポーターたち)

去年の最終日は4万人の観客がスタンドを埋めたものですが、今年は3万人に留まりました。海外から集まるサポーターの中には、世界中に打電された香港人のマスク姿に恐れをなし、観戦を諦めた人も少なくなかったことでしょう。しかし、3万人はやってきました。網タイツにブラジャーまでした黒いタンクトップにスカートという男性集団がいるかと思えば、全身本物の手術着を着た目出し状態の海外サポーター、ユニオンジャックのラメのビキニ、毎年現れる、さぞや暑いであろうフル装備のサンタクロース集団。超ミニスカのナースルックに加え、今年は世相を反映して白衣に聴診器を下げたドクタールックもかなり目立ちました。他にもビンラディン風中東ルックは戦争のあおりでなお健在でした。

「本当によくやるよな〜」
と感心してしまうくらい凝りにこったコスプレで、あつらえて作ったとしか思えないものもたくさんあり、高さ50センチ以上の巨大なカンガルーを抱えてきたオーストラリアのサポーター集団は、当然ながらあれを抱えて飛行機に乗ってきたのでしょう。
「戦争だって肺炎だって、セブンスじゃないか!」
というみんなの意気込みがひしひしと伝わってきます。開催初日の英字新聞の一面は、
「肺炎なんかほっとけ!パーティー・タイムがやってきた!」
というデカデカとした見出しで埋まっていました。

私は初日の金曜日こそ咳が出ていたので観戦を諦め、ひたすらその後の2日間のために自宅で静養しましたが、土日はたっぷり楽しみました。会場での「ウォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」という地響きのような歓声を聞いていると、本当に、
「肺炎なんてクソくらえ!」
という気分になってくるから不思議です。一部の香港人らしき人を除いてマスクをしている人はいませんでした。ただコスプレの一環で上半身裸で頭にマスクだけつけた温泉手ぬぐい状態の人やマスカレード風に穴を開けた手術用マスクで目を覆っている人がいて、マスクというイマドキの必須アイテムをここまで遊び倒せる精神に感服していたら、上には上がいるものです。私たちはもっとスゴい人たちに会いました。

彼らは何の変哲もないラグビージャージを着た、50代後半の白人二人でしたが、顔にはマスク代わりにTバックのパンティーをはめていたのです!一人は分厚い顔のこれまた大きいんであろう鼻を、白いレースの小さな三角地帯ですっぽり包み、額には本来は股に食い込むべき紐が頭にかけて一本伸び、口の脇からも本来は腰骨に引っ掛るはずの紐が左右に走っています。もう一人は三角部分が紫で3本の放射状の紐は黒のリボンでした。

見かけた瞬間、夫と顔を見合わせ大爆笑。しかし、彼らは私たちと同じく飲酒が禁じられた3階席にいたので外のカウンターで何杯か引っかけていたとしても、かなりしらふのはずでした。周りの衝撃を重々承知していながら、面白くも何ともないようなポーカーフェイスで通り過ぎて行きましたが、世界中でこんなことをして、こんな反応を示すのはイギリス人くらいなものです。

前に読んだ「南極点より愛を込めて」という、南極越冬中に乳がんに冒されたアメリカ人女医の本の中には、南極隊員がパーティーなどの企画を次から次へと立て、それを過酷な環境の中で見事に実行して楽しむ生活の様子が細かく描かれていました。彼女はこれに対し、
「外から見れば、ゲームといい、パーティーといい、くだらないニックネームといい、重大な使命に比べて子供っぽく映るかもしれない」
としながらも、昔から極地を探検した人は「過酷で孤独な環境で生きのびるために」、女装までして演劇をやったり、「乗ってきた船がじわじわと氷に押しつぶされていくかたわらで、氷上のフットボールに興じた」とし、
「危機に直面したとき、それを正面から笑いとばす行為には、それなりの知恵があるのだ。それによって、人は現実と折り合うことができる」
と評していました。

私たちが見た彼らにここまでの意識があったかどうかはわかりませんが、みんなが肺炎に戦々恐々としている中、しゃあしゃあとパンティーを被って現れた二人に、私は"それなりの知恵"を見ました。ウーマンリブの人たちが見たら目くじらを立てそうな光景ですが、私は女性として嫌な感じをまったく受けなかったどころか、彼らの圧倒的なセンスと知性に完敗でした。おおげさではなく、それまで心のなかでわだかまっていた病気への不安や呪縛から解き放たれたような思いでした。あの姿に大笑いしたことで、私は現実の中での自分の居場所を見つけられ、信じられないほど慰められたのです。

そう思うと、空気感染の可能性が疑われる中でビール片手に完全なりきり状態の各国サポーターを始め、自分も含めた3万人もの人が一堂に会したことが急に誇らしくなり、集ったことを喜び、感謝せずにはいられませんでした。

「大丈夫。私たちは何があっても生き延びていく。大丈夫。新しい明日は必ずやってくる。私たちは絶対、ニュージーランドに行く。ウェリントン・セブンスで会おう!」
私はスタンドに立ち、イングランドに惜敗して肩を落とすNZ代表に、自分自身に、そう語りかけていました。

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「マヨネーズ」 私たちは帰ってくるなり子供を寝かしつけ、家に唯一一枚あるショッキングピンクのTバックを取り出し、夫が試しに被ってみました。友人が私の誕生日になんちゃってギフトとしてくれたものですが、一度も陽の目をみたことはなく、その記念すべきデビューが夫の顔とは・・・。

かなりセクシーなデザインながらどうも三角部分が大きすぎ、面白くもなんともないことがわかり、二人ともちょっとガッカリ。逆にあの二人の三角地帯が、いかに小さくバランスのいいものだったのかがわかって、改めて彼らのセンスに敬服!

西蘭みこと