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Vol.0109 「生活編」 〜パンドラの箱〜

生きていく上で何が一番辛いかと言えば、愛する者を突然失うことではないでしょうか?ある日、思いがけなく妻や夫を失ったり、子供に死なれたり、元気だった親や親しい人が帰らぬ人となった時の心の痛みは、失業して収入や社会的地位を失うことや、事故で腕を一本持って行かれてしまうことより、遥かに遥かに苦しい経験ではないでしょうか?幸い私はまだこれに該当する経験をしたことがないので、浅はかには言えないものの、愛する者が存在していてくれるだけでも日々感謝の念に絶えません。例え深刻な仲たがいや、失望させられたり傷つけ合うことがあったとしても、失った時の苦しさには比較できないと思っています。

対イラクへの戦争が始まってしまい、戦地で銃を向け合う双方の兵士とイラクの一般市民にとり、人生で最も辛い現実が手の届く範疇のものになってしまいました。私たちは絶対的に安全な場所からテレビでそのシーンを見つめ一喜一憂し、同情し、怒ってはいますが、どんな想いであっても当事者たちの苦しみには遠く及ばないことでしょう。どちらが勝っても負けても勝敗さえつかなくても、死んだ者は帰ってきません。双方とも兵士を他の武器と同じように"消耗"しながら戦いを続けているのでしょうが、かえがえのない人には"替え"がないのです。

たった今まで殺しあっていたはずの負傷したイラク兵を担架に乗せて数人がかりで運んだり、銃を突きつけながら捕虜に水を飲ませている米兵の報道写真を見ました。敵への手厚い対応を示すアメリカのプロパガンダの意味合いが濃厚なのは察するところですが、それにも増してこれらの写真が示していることは、その一瞬の前後にこの兵士たちの立場が180度替わりうるという危うい現実です。彼らは恐怖に駆り立てられ敵を心底憎みながら前線にいるのでしょうが、そもそもなぜ自分がここに立ち、これほどまでの危険を冒して戦わなくてはいけないのかを、政府の公式見解以上に自分の言葉で言い表せる人が何人いることでしょう。

軍人という職業を選択した人が、郵便配達人が手紙を運ぶように、バスの運転手がバスを運転するように職務に忠実であることで、その生命を危険にさらしているのです。「兵士なのだから仕方がない」と言われればそれまででしょうが、今回の戦いはノルマンディーから上陸してナチスに席巻されたヨーロッパの都市を一つ一つ解放していった第二次世界大戦やクウェートに侵略したイラクを追い返した第一次湾岸戦争での解放軍の役割ではなく、イラクに攻め入る侵略軍の役割です。

その侵略の根拠を米国へのテロ行為撲滅やイラクの化学兵器保有に求めても、なんと説得力に欠けることでしょう。自国への侵略行為があったわけでも宗教戦争でもなく、大義名分がないまま、"No blood for oil!"と世間にその正体を見抜かれてしまっているみじめな戦いなのです。名誉と威信の下に隠れた欲のために、たくさんの犠牲者が出ているのです。同じく参戦への大義に欠けるイギリスは誤射や事故でも兵を失い、オーストラリアに至っては国内の反戦運動の強さからして参戦そのものが信じがたい決定です。

その影で、攻撃されるイラクの人も攻撃を仕掛けている米英豪の兵士やその家族、ひいては現地入りしている報道関係者や人道的救済に携わる人々までが、一刻一刻を祈るように、生きた心地もしないまま過ごしていることでしょう。戦地の人を待っている人は「なぜ自分の愛する人がそこにいなくてはいけないのか」ということを、気がふれるほど繰り返し繰り返し繰り返し考えあぐね、悔やんでいるか、すべての思考を止め静かに涅槃の入り口に寄りかかっているのかもしれません。

パンドラの箱が開いてしまいました。誰かが意思を持ってその箱を開けたのです。箱から飛び出した災いは国境を越え、世界中に蔓延しつつあります。これは単なる局地戦ではなく人類の誰をもを巻き込む不幸です。"戦後復興シナリオ"などと称して金融業界ではこの不幸の終わりが見えないうちに、早くもそこから果実をもぎ取ろうとしていますが、こういう人道にもとる行為には、どういうわけか天罰が下ります。その時は上手く行ったように見えても、別のところでその分以上に何かを失う例を私はたくさん見てきました。

世の中、「勝ち組」があれば「負け組」があるように思われがちですが、相対的な勝ち負けで括れない、人類としての絶対的な敗北というものがあると思っています。一度開いてしまった箱を慌てて閉じても元に戻ることはないのでしょうが、非を認めてやり直す道はいくらでも残されています。これ以上の無益な流血を止め、地球生命を縮めていくような、この星で暮らす生きとし生けるすべての者を不幸に近づける愚かな行為を即刻止めるべきです。犠牲者の冥福を祈ります。
心からLOVE&PEACE!

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「マヨネーズ」 香港では連日のトップニュースがイラク戦争ではなく非典型肺炎(日本では「重症急性呼吸器症候群」(SARS)と報じられていますが)になっているほど深刻な事態です。ホテルでたまたま同じ階に泊まり合わせた、顔も知らない外国人同士が中国大陸からきた医師から空調を通じて感染し、それがカナダ、シンガポール、ベトナムを始め世界中に広まっていったのです。たった一人からの感染で、全世界でわかっているだけでも軽く1,000人以上が感染し、二次、三次感染が進んでいるというのが現状です。ですから、ほとんど公式発表のない感染源の中国の現状は押して知るべしでしょう。香港市民はパニック寸前で、全校一斉閉鎖、行き先のある人の海外脱出も始まっています。残念ながら、私たちも真剣に対応を考えなくてはいけなくなってきたようです。

西蘭みこと