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Vol.0094 「NZ・生活編」 〜かぐや姫のお願い〜

「本当にパチパチじゃないとダメなの?」。インターネットをのぞきこみながら、夫はさかんに調べものをしています。なかなか見つからないようで苦労している様子。さすがにちょっと気の毒かな?と思いながらも、実際には躊躇することなく、「うん。どうしてもパチパチじゃないとね〜」と、答えました。「宿さえわかんないのに、パチパチできるレストランとなると、まぁ大変だわなぁ。しかもカイコウラで・・・」。ちょうど1年前の会話です。

カイコウラはニュージーランド南島の小さな町ですが、クジラが見られるためシーズン中は世界中から観光客が訪れます。しかし、オフには訪れる人もガクンと減って冬眠状態になってしまうのだそうです。その町で誕生日を迎えることになった私は、同じ日に8歳になる温と自分の二人のために、「パチパチと火がついた花火が載っているケーキを、お店の人が運んで来てくれるっていうのをやって欲しいの」と、夫にリクエストしたのです。

この年になると物欲というものがきれいさっぱり減退してしまい、欲しい物はほとんどありません。例え何かが見つかっても出合った時に絶対ゲットすべき、一期一会の物である可能性が高いので、その手のものは自分でさっさと手に入れてしまいます。ですから誕生日だからと言っても夫が買いに走らなくてはならないようなものはなく、プレゼントは自然と抽象的なものになってしまいます。

でも夫はかぐや姫の気まぐれなお願いもどきに、とても真摯に取り組んでくれました。パチパチをやってくれそうな店が見つかる可能性が高いというだけで、当日の宿泊をクライストチャーチにすることも検討していたようですが、そうするとカイコウラで合流しようとしていた子供たちの友人一家と過ごす時間がほとんどなくなってしまうため最終的に断念しました。しかし、カイコウラは相当小さい町のようで、「パチパチどころか、飛び込みでケーキすら用意できるかどうか」と、彼は頭を悩ませていました。

当日。用意周到な友人一家がネットで予約していた町外れのモーテルに、西蘭家も便乗させてもらって予約を入れておいたので車中泊は免れましたが、そうでなければ危ないところでした(実際、延泊しようとした翌日は満室で、そこには泊まれませんでした)。遅い時間にチッェクインしたので、すぐにも夕食に出かけなくてはいけない時間でした。夫はパチパチのために町に出るつもりで、沿道のそれらしいレストランのいくつかに目星をつけていたのですが、単独行動でもなく、時間も遅いことから、モーテルから目と鼻の先でオーナーの親戚がやっているというアイリッシュパブに繰り出すことになりました。

「子供5人連れのアジア人がこの時間にパブ?」とも、思いましたが他に選択肢はありません。歩いても行ける距離でしたが夜道が真っ暗なので車を出し、その灯りを頼りに行くと、2分でレンガ作りの重厚な建物が見え、窓からは温かな灯りと楽しそうな歌声のまじったざわめきが外まで溢れていました。案の定、子連れもアジア人も私達だけ。でもオーナーが電話を入れておいてくれたおかげで、L字型になった店の短い方の一角に落ち着くことができ、お酒が入って盛り上がっている大人の空間を邪魔せずに済みそうでした。

さっそくシーフードスープ、ムール貝、ロブスターと、海の幸をたっぷり頼み、L字型の長い方から聞こえてくる陽気な音楽や笑い声がステキなBGMとなって、私達の長テーブルもあっと言う間に盛り上がってきました。子供たちはそんな時間にまで起きていられて、しかも大人がお酒を飲んだりダンスをしていたりする場所に居合わせているためか、もう大興奮の全開状態。外の庭でも窓からの灯りでかなり明るいこともあり、いろいろなドアから出たり入ったり、少しもじっとしていません。

大人4人は尽きない話にいつの間にかワイン3本が開き、クライストチャーチから4時間近かったドライブの疲れもあって、それぞれがホロ酔い加減になってきた頃、こんなパブに似つかわしい、黒いシャツの胸を鳩のようにふくらませ黒いチョーカーをつけた小太りの中年女性と、太くたくましい腕にアコーデオンを抱えた男性がテーブルやってきました。彼女が捧げ持ったトレーの上には、なんとパチパチ!酔った頭で「これは夢?」と思いましたが、その瞬きは本物でした!火花はケーキではなくパブロバの上で音を立てていました。

アコーデオンが鳴り響き、その場にいた全員が私と温にハッピーバースデートゥーユー♪と歌ってくれました。かすかに煙をあげながら瞬いては消えていく一瞬の光を見ながら、信じられない思いでした。そして「魔法を使ったな」と夫の手際に舌を巻きながら、無理難題で言い寄る男を退けたかぐや姫とは違って、願いがかなう私達はやっぱり夫婦なんだと思いつつ、40歳になりました。私はあの誕生日を、夜気に消えていった輝きを一生忘れません。今年もまた、ニュージーランド旅行中に誕生日を迎えます。

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「マヨネーズ」 翌朝はクジラを見に行くために、朝からバタバタ用意して出かけていきました。ところが行ってみると大しけで船が出せないためツアーは終日キャンセルに!ガーン!香港からインターネットで予約まで入れて、ツアーの後はダニーデンに向かうはずだったのに。予定がすっかり狂ってしまいましたが、このおかげで私達は"アンクル・テリー"(去年7月の「ミニ西蘭花通信」に登場してます)に巡りあうことができたのです。

その時はひとまずがっかりして、とぼとぼ車に戻ろうとすると、見知らぬ白人から「夕べはお楽しみだったようじゃないかい」と、話しかけられました。呆気にとられていると、「パブさ、あの店で飲んでたんだ。こっちもお楽しみだったんだよ」と、ウインクされました。

西蘭みこと