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Vol.0088 「生活編」 〜「すいません」を越えて〜

香港のある日系スーパーで年末の買い出しを終えた私は、歳末キャンペーンの福引券をもらいに専用カウンターに行きました。そんなに込み合っていた訳ではなかったのですが、エレベーター前に二つあるカウンターのうち一つの方には家族らしい数人が固まっていたので、もう一つのカウンターに向かいました。そちらはカウンターに横付けするように買い物袋がいっぱい入ったカートが行く手を塞いでいましたが、ちょうど今しがた券をもらった親子がこちらに向き直り、カートを押して立ち去ろうとしているところのようでした。

カートがあるので少し脇からカウンターに近づくと、座っていた係の女性が広東語で「次の方!」と言いながら私の方に手を伸ばしてきたので、引き換えのレシートを渡そうとしました。その時です。誰かにグッと肘をつかまれ、ハッとしてそちらを見ると険しい顔をした男性がカート越しに反対の方から私の肘をつかんでいるではないですか!ビックリしていると、肘をつかんだ男性は、「早く行きなさい!また横入りされるんだから!」と小さな男の子二人に日本語で叫んでいます。しかし横付けされたカートを挟んで私とは真反対にいる子供たちは完全にカウンターから外れたところにいます。

そこに子供がいるのは気がついていましたが、私はてっきりカートを横付けしていた香港人の子供だと思い込んでいたのです。父親と思われる男性は私に「Keep order!」と英語で言い、なおも肘をつかんでいます。カートを押して立ち去ろうとした香港人も、カウンターの女性も、カートがあるのでカウンターに近づけない子供も、すべての人の動きが止まりました。

状況が把握できた私は、「日本人です。横入りするつもりはありません。そこにいらしたので並ばれているとは思いませんでした」と、静かに、しかしはっきりと言いました。父親のいた場所はまさにエレベーターの前で、私には彼が列に並んでいるという認識は全くありませんでし、子供の位置からもかなり離れていたので彼らが連れだとも気がつきませんでした。"横入り"されそうになり、慌てて近づいて手を伸ばしてきたようです。

彼は突然の日本語に面食らった様子ですぐに手を放すと、いきなり深々と、本当に45度くらいのめったに見ない角度で、「大変申し訳ありませんでした」と頭を下げ、簡単には顔を上げようとしません。「○×◇▽◎□!!!」。全く予想外な展開に今度はこちらが絶句。言葉を選んでいる間もなく、とっさに口をついたのは、「それはないんじゃないですか?お子様の前で・・」という言葉でした。自分でもあまりにも本心が口をついたので驚きました。

こちらがたじろぐほどの丁寧なお辞儀には、残念ながら彼の言葉のような申し訳なさは感じられず、むしろこちらが意外にも日本人で、なおかつ切り返してきたので気まずくなり、「この場はどうかこれで…」と事態の収拾を図ろうとしているように見受けられました。私が言葉を失ったのは、相手が横入りの香港人だったら腕をつかむのに、日本人だったら45度のお辞儀というこの落差でした。うちの子供たちとそうは変わらない二人の男の子を前に、一瞬の間に見せられた表と裏。誤解されたことなどより、この方が私には衝撃でした。

普通の日本人だったら、男と女だし、どちらが正しいとも間違っているとも言えない些細なこと、「あら、すいません。お坊ちゃん達どうぞ」ということで丸く収まるのでしょうが、長年の海外生活の結果、私は明らかに自分に非がある時以外は謝らなくなりました。日本語の"すいません"は便利な言葉ですが、使い過ぎるとその便利さに引き連られ、気持ちとは裏腹にいくらでも口をついて出るようになってしまう、とても危険な言葉だと気がついたからです。日本語の"すいません"の感覚で"I'm sorry"を連発していると、日本人以外の相手には訝られます。「謝ってるんだから、いいだろう」、という謝意以外のニュアンスはほとんど伝わりません。何に対して謝罪しているかが明白ではないからです。

子供を持ってからは、彼らが良いことも悪いこともあっという間に吸収していくので、自然と言葉から一挙手一投足にまでジワッと責任のようなものを感じるようになりました。もちろん、「あら、すいません」で角を立てずに撤収した方が賢い時もあるでしょうが、お互いが誤解し合っていたことを認めあった上で、「是非、お先に」、「では、お先に」と、物事を明らかにしてくことが必要な時もありますし、糸が解ける過程を子供見せることはとても貴重なことだと思います。今回のケースは私にとって、明らかに後者と思われました。

私の真意は父親である男性には伝わらなかったようで、彼は顔を伏せたままでした。用を終えてカウンターを離れる時、エレベーターを待つ子供たちの方を見てみるとまだ不思議そうにこちらを見ています。小さく手を振ってみると、あちらも硬い表情ながら反射的に手を挙げてくれました。それを見て思わず笑みがこぼれてしまいましたが、人込みに呑まれて彼らの姿はそのまま見えなくなってしまいました。

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「マヨネーズ」  12月に入って5歳の善が盛んに歌っていたのが、"We wish our Merry Christmas♪ We wish our Merry Christmas♪"というクリスマスソング。「 We wish you a Merry Christmas♪でしょう?」と言うと、「違うよ〜。学校でWe wish our Merry Christmas♪って習ったの!」と言い、「知らないのぉ?」と言わんばかりに堂々と歌っていました。8歳の温は「まさか〜」と言いながらゲラゲラ笑ってましたが、善はこの"自己チュー・キャロル"が、ことの外気に入っていたようです。その後、歌が変わって、"We will, we will ROCK you〜♪"と、今度はバリバリのロックンロールに!これも学校で習って来たそうで、いったいどういう授業なんでしょうね?のぞきに行きたいところです。

西蘭みこと