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Vol.0041 「生活編」 〜アロータウンの再会〜

記憶にある限り、私がこれまでの生涯で出会った一番美しい白人女性は、クイーンズタウンから少し入ったアロータウンのカフェにいました。バレリーナのように伸びた背筋の上に信じられないくらい小さな頭を上品に戴き、輝く金髪をきりりと引詰めにして、カウンターの中で立ち働いていました。

ランチ時間の混んだカフェの中で、レジに続く列に並びながら「なんて綺麗な人なんだろう」と、同姓ながらうっとりする思いで彼女を見つめていました。オルゴールの上で踊る人形のように華麗な彼女は、笑みをたたえてオーダーをとり、後ろのキッチンに声をかけながらてきぱきとお客を裁いています。綺麗でも血の通わない人形とは違って、きびきびとした立ち居振る舞いが彼女を一層優美に見せていました。着ていた真っ白なシャツと金髪のせいもあるのでしょうが、彼女の立つそこだけが石造りの重厚な一角の中で輝くように華やかでした。

今年2月に南島を回ることを決めた時、あのカフェは是非立ち寄ってみたかったところの一つでした。夫もあそこで飲んだねぎスープの美味しさを良く覚えていて、私達は迷わず再訪しました。店はすぐに見つかりましたが外見が若干違って見えます。少しドキドキしながら中を覗いてみると、様子がかなり違ってました。彼女が立っていたカウンターはなく、もちろん彼女もいませんでした。あれから9年も経っているのですから当然と言えば当然なのかもしれません。

それでも少しがっかりしながら、新しくしつらえられたカウンターに行き遅いランチを頼みました。メニューも全然違い、印刷された店の名前「クロスロード」にも見覚えがありません。前の店の名前が何だったかは思い出せませんが違う店であるのは一目瞭然です。

当時の彼女と年の頃は同じでも全く別人の若い女性二人に「9年前にここに来たことがあるんですけど・・・」と、いったい何を聞くつもりだったのか自分でもよくわからないまま声をかけると、「9年前?それは別の店だわ。私達がここに来たのは数年前だから。えっと、何年になったっけ?」と一人がもう一人に聞いています。美しかった彼女の面影をぼんやり思い浮かべながら外のテラスでゆっくりランチをとり、夫が「あの木とか変ってないね。でも店は増えたな〜」などと言っているのを聞き流しながら、心のどこかでは「会ってみたかったな。一目でもいいから」と正直な自分がつぶやいていました。

髪を束ねてシャツの袖をめくり長いスカートで立ち働く姿は、子供の頃に見ていた「大草原の小さな家」のローラのお母さんとして、私にとって開拓民女性の象徴でした。1年半前に突然NZに住むことを決心し少しずつ建国の歴史を学ぶうちに、そうした女性達を歴史の本の古ぼけた白黒写真に、early settlers(初期植民者)の妻たちとして何回も目にするようになりました。

9年前の私はNZのことなど何も知らず、ただただ彼女の匂い立つような美しさに目が釘付けでした。ひょっとしたら同姓として、外見の美しさを越えた内面に秘められた意思の力を見抜き、知らず知らずにその強さに惹かれていたのかもしれません。今では二度と会うことのない彼女のイメージは、世界で初めて女性参政権を獲得したNZ植民者の末裔、自由で自立したキウイ女性の象徴として私の中で勝手に昇華していきました。時代や生活環境の差はあっても、移住したら諸先輩の歩んだ道を自分も辿ることになるのです。先達が切り開いてくれた十分に整備された道を行くという恩恵にあずかりながらも、期待と不安が入り混じった新しい生活が始まるのです。

「そうは言っても、いくらなんでも大袈裟、荒唐無稽かな。」と羽を伸ばし過ぎた想像力を打ち消すように、ちょうど運ばれてきた食後のコーヒーに手を伸ばしました。ところがカップを取って思わず絶句!白いカップには"Stone Cottage"とありました。これこそが思い出せなかった以前の店の名前だったのです。重厚な石造りの「ストーン コテージ」!まるであの時の彼女が満面の笑みで「That's right!」と言ってくれたようで、思わずカップを手にしながらニンマリ。「彼女達に続こう・・・」木洩れ陽の下、一人静かに誓いを立てていました。

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「マヨネーズ」  「ストーン コテージ」は内装の美しさでも抜きん出た店でした。灰色の重厚な外観とは裏腹に、彼女の立っていたカウンターの内側は白いペンキを塗った板壁で、天井近くには壁に沿ってL字型の細い棚がしつらえてあり、その上にはさまざまな青磁のカップや皿が並んでいました。その白と青の爽やかなコントラストは息を呑む美しさでした。シンプルさの中に惜しげもなく披露される高い美意識は私の最も好きなものの一つでもあります。「いつか家にもあの棚をつけよう」と、今でも心密かに思っているほどです。

実はネコ対策もあって西蘭家は天井近くに棚を吊っているのですが、上に並んでいるのはケースに入ったアンモナイトの化石だの小さいエッフェル塔、ケニアで買った木彫りの人形だのとそれなりに思い出の品ではあるものの、洗練とは程遠い点々ばらばらなモノ達です。どうもこのままNZ行きを迎えそうなので、白い棚に青いガラス器や陶器が並ぶのはちょっと先になりそうです。

今では人口が千人を切る小さな町アロータウンは、1860年代にはゴールドラッシュで沸きに沸いた時期もあったNZ史の生き証人です。そこでの女性の生活や、歴史の本に「際立った掘り手」として紹介されている中国人のことなど、この町には興味深い話がたくさん詰まっているので、またいつか(いつのことやら?)お話ししてみることにします。

" The story of New Zealand"リード出版 脚注によると、これはコロマンデールのショート家の写真で、「家は掘っ立て小屋でもミセス・ショートは窓にレースのカーテンをつけていた」とあります。このセンスには脱帽。

西蘭みこと