「西蘭花通信」Vol.0726 生活編 〜こうして彼らはいなくなった〜            2017年2月6日

去年の11月。運転中の夫に掛かってきた友人からの電話は想像を絶するものでした。
「時間がないから手短に話すけど、しばらくIRD(税務署)と揉めてて、家を売ることになったんだ。それでも足りないので自己破産すると思う。いろいろ立て込んでいてクリスマスパーティーには行けないけど、タカと家族のみんなにメリークリスマス。」
オリバーとは長年の付き合いで、知り合い以上友だち未満ぐらいの年に何回か会って食事をする間柄でした。年齢が近く、お互い海外経験が長く、外食と旅行が好きで、会えば話が弾みました。

運転中の上、余りにも驚きの内容に返す言葉もないまま電話が切れ、それ以降はこちらから電話をかけてもつながらなくなってしまいました。友人同士のクリスマスパーティーは予定通り、以前から予約していたレストランで行われました。来ないとわかっていてもオリバーのためのセッティングを片付けてもらう気になれず、不意に現れてもいいようにそのままにしておいてもらいました。

「みんな本人から電話をもらったと思うけどオリバーが大変なことになってるんだ。立場上僕が一番事情を知ってると思うから、わかっている限りのことを話すよ。」
仲間内で一番オリバーと親しいダニエルが口火を切りました。ここ数ヶ月、IRDと税金の件で話し合いを続け、11月に入ってとうとう結論が出たこと。その直後に仲間全員が電話をもらい、以降連絡が取れなくなったこと。どうやら過去にさかのぼって30万ドル(約2,500万円)の税金を払わなくてはいけなくなり、罰金、追徴金、複利の金利等で最終的な支払額が100万ドルを超え、家を売っても追いつかず自己破産したということでした。

「でも彼の家って、ゆうに100万ドルは超えるんじゃないか?」
誰もが思ったことを仲間の1人が聞きました。今時のオークランドの家は特に高級住宅ではなくても、土地付きの戸建てであればどんどん100万ドルを越えてきており、ましてやオリバーの家は海辺の高級住宅地として知られているエリアにありました。

「住宅ローンが少し残っていたらしい。家はオリバーとベティーの共同名義で、7対3だったか6対4だったかで、ベティーにお金が残るようにしたみたいだ。」
これにはみな納得しました。いくら税務署といえども、奥さんの資産には手がつけられません。仮に家が150万ドルで売れたとして所有比率が6:4なら、取り分はオリバーが90万、奥さんが60万。ローンが残っていればそれぞれが比率に応じて負担し、けりをつけることでしょう。

「これは僕の想像だけど、これからはベティーのお金で生活していくんじゃないかな。子どもは独立してるし、あと数年で国から年金がもらえる年齢だ。両親とも資産家で80代や90代だから、時間の問題で遺産も入ってくるしね。」
ダニエルの言葉に、みなさらに納得しました。ベティーを拝み倒して彼女の分の売却代金を拠出してもらいIRDに耳を揃えて返済するよりも、自己破産という不名誉を選んで数年をしのぐことを選んだのでしょう。例えベティーと力を合わせ全額返済できたとしても、この件を隠し続けることは難しく、それまで務めてきた会社の役員が続けられなくなって収入を失っていたことでしょうから、ダニエルの想像は的を得ていると思いました。

みな事の展開に納得しつつも、釈然としないものを感じつつ、運ばれてきたメインコースを黙々と口に運んでいました。初めての店でしたが料理は美味しくなく、いいのは雰囲気ばかりというウォーターフロントにありがちな店でした。クリスマス前の書き入れ時で、ウェイトレスやウェイターは無理やり作った必死の笑顔で走り回らんばかりでした。ざわついた中での大味な料理に食指も動かず、噛むたびに口の中に苦味が広がるようでした。

釈然としない最大の理由は、「なぜこんなことになったのか」という点に尽きます。最初に自己破産の話を聞いたとき、私はてっきり投資の失敗によるものだと思っていました。しかし、その後の話で問題は税金とわかりモヤモヤが募りました。彼の仕事や暮らしぶりからみて、年収はゆうに6桁を超えていたはず。未納分が30万ドルなら、年間3万ドルとして過去10年間。「知らなかった」「うっかりしていた」という金額でも期間でもなく、このまま誰にも知られず、数年で引退してしまえば不問になるとでも思っていたのか。

オリバーはいつも穏やかで知的な印象の人でした。ここぞというときには気の利いたジョークを欠かさないものの、天性の聞き役でした。食への造詣が深くオークランドの名だたるレストランについて語れる人でした。ベティーは話し出したら止まらない、おしゃべりの早口。仲間が集まるとベティーが話の中心になることがよくあり、明るい快活な人でした。オリバーの席は最初から最後まで空席のままでした。こうして彼らはいなくなり、私たちはもう2度と会うことはないでしょう。

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「マヨネーズ」

オリバーの話を最初に知らされたとき、とっさに投資の失敗だと思い込んだ私は、
「会えるものならぜひ会ってカネはカネ、それ以外はそれ以外。私たちは気にしないという気持ちを伝えたいのだけれど、どうかそんな機会が与えられますように(祈)」(ブログ「さいらん日和」より)
と思っていました。  

しかし、事が税金とわかるとその気持ちは完全に消えました。失敗という偶然と脱税という故意の根本的な違いが身に応えました。それは仲間の誰もが感じたことだったはずで、越えてはいけない一線のあちら側とこちら側で私たちは袂を分かち合いました。次にみんなで会うときには、もうオリバーのことが話題に上ることもないでしょう。私たちはこちら側で前に進んでいきましょう。


西蘭みこと 

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