「西蘭花通信」Vol.0708 生活編 〜ブルースプリング・レポートVol.36:牛歩〜 2015年4月3日 次男・善(18歳)はいわゆるスロースターターでした。何でも早め早めだった長男・温(21歳)に比べると、立つのも、歩くのも、離乳も、言葉も、何もかも遅かったといえます。そこは2人目、親も余裕で、「一生立たないわけじゃあるまいし」「そのうち話だすだろう」と鷹揚でした。当時暮らしていた香港のインターナショナル幼稚園は、オムツが取れたら入園できたので、温は2歳3ヶ月で通い始めました。善は、 「まさか、このまま3歳になっちゃう?」 と思う頃、やっとトイレの失敗がなくなり、入園することができました。 いざ入園してみると、温は誰よりも背が高いのに毎日毎日半年間泣き続け、クライングベイビー(泣き虫赤ちゃん)とあだ名されるほどでした。一方の善は教室のはじに山と積まれたオモチャの前にどっかりと座り込み、泣きもせず、他の子と遊びもせず、一人で黙々と遊んでいました。 「ゼンはほとんど話をしないんですけど、ご家庭では日本語ですか?お家でももう少し英語で話してみるようにしては?」 と、担任の先生に遠慮がちに言われたこともありました。 「指示には従っていますか?」 「ええ。こちらの言うことはわかっているんですが、ほとんど誰とも英語を話さないんです。」 「大丈夫です。日本語も話さないので。」 きょとんとする若い先生を尻目に、2人目の親は余裕でした。 家では親や兄弟とは日本語、フィリピン人のお手伝いさんとは英語という黄金律があり、徹底させていました。どのような状況にあっても、日本語と英語の両方で自分の意思を伝え、コミュニケーションが取れるよう、どちらか一言語で済ましてしまうことがないよう、親として注意していました。放っておいたら親と以外は話す機会がない日本語などとっとと捨てられ、英語一辺倒になってしまっていたことでしょう。 善は言葉を発するようになってから2歳ぐらいまで、長い間「アッパー」の一言で大半のことを済ませていました。「アッパー」が「アンパンマン」なのはいいとしても、嬉しくても「アッパー」、悲しくても泣きながら「アッパー、アッパー」。お腹が空いてご飯が待てないときも「アッパー、アッパー」とベビーチェアの上で跳ね、眠くてグズっているときも「アッパァァァァ」と半べそでした。 親もお手伝いさんも善のアッパー攻撃に苦笑しながらも、その意図するところは理解することができました。どの「アッパー」にも意思がありコミュニケーションはとれていたので、問題は理解力ではなく伝達能力でした。それでも意味が通じずに、業を煮やした善が床に引っくり返って、 「アッパアアアアアア!!!!」 と泣くこともありました。言葉が出ずに苦労していたのは、誰よりも善自身でした。 「こんなに苦労しているんだから、いったん話し始めたら、この子は止まらなくなるだろう。」 と思っていた私の予感どおり、6歳以降はエンジン全開となり、それまで溜まりに溜まっていたエネルギーが爆発したように話し出し、駆け出しました。4歳で始めたラグビーもこの年に開花し、後にはホッケー、サッカー、水泳、柔道も習い始め、あり余るエネルギーの誘導先確保のために、親も必死で駆けずり回るようになりました。 善は1997年の丑年生まれです。中国語で丑年は「牛脾気」(牛気質)といい、頑固者の代表です。頑固といっても偏屈やわがままではなく、納得しなければ梃子でも動かない代わりに、いったん心に決めたことにはまさに牛歩のように一歩一歩近づき、必ず成し遂げる不屈の精神を指します。これでいけば善は典型的な牛気質で、一度決めたことに対しては、親もたじろぐほど几帳面かつ徹底的に立ち向かっていきます。 NZ移住直後に、シティーのメインストリートに座り込んでパイを食べているの労働者たちを目にし、7歳だった善は「お外で働く人になりたくない」と言い出しました。それなら勉強して大学に行って、オフィスの仕事をしたらいいと諭す私に、 「うん、わかった。ボク、大学行く!」 と宣言した善の方向性は、あの時に決まったといっても過言ではないでしょう。 その後に起きたリーマンショックや世界金融危機で、若者の失業率が世界的に高まるのを報道で知り、 「大学を出てもお仕事がなかったらどうしよう。」 というのが12歳になっていた善の新たな不安として頭をもたげてきました。 「それだったら、スペシャリストになったら?学校の先生とかドクターとか、いつでもみんなが必要でしょう。お店でパンを売るのはいろいろな人ができるけど、ドクターの仕事はドクターにしかできないでしょう?スペシャリストになって特別なことができれば、なかなかお仕事がなくならないと思うわ。」 (友だちが工作用のハサミでジャキジャキ切った侍ヘアの善→) 「会計士なんかいいんじゃないか。善には向いてると思うよ。」 その時、傍にいた夫が話に加わってきました。 (つづく) =========================================================================== 「マヨネーズ」
2ヶ月ぶりのメルマガ更新(汗)、8ヶ月ぶりの続編(滝汗)で、「親の方がよっぽど牛歩じゃないか!」という話はさておき、噂の善はその間に高校を卒業し、夏休み中はがっつりバイトをし、3月からは大学生になりました。兄と違って日本には全く興味がなく、オークランド大学商学部に入りました。学業に、バイトに、趣味のカードゲームに、ランニングにと、全方向にがんばっているのは相変わらずです。 西蘭みこと ホームへ |