「西蘭花通信」Vol.0686  スピリチュアル編 〜子どもがほしかったらヒルトンに行け:ご神託〜    
2014年5月27日


「子どもがほしい?だったらとっととバンコクのヒルトン・ホテルに行きなさいよ!」
知り合いのタイ人にけしかけられ、いの一番に飛びついた21年前の私。彼女の口ぶりときたら、私がこの事を知らないのを呆れるかのようで、こっちまでつい、
「これ知ってないとイケナイ事?世の常識?」
と錯覚しそうな勢いでした。なかなか子どもができなかった私は出張を渡りに舟と、いそいそとバンコクに出向きました。

訪れたヒルトンはよく手入れされた庭に年代を感じる、アジア一円によくあるごく早い時期に高級ホテルとして開発され、時代の波とともに本流から支流に退き、静かに時を刻んでいるような場所でした。出張で泊まるような中心部の真新しい高層ホテルとは全く異なる、落ち着いた雰囲気に包まれていました。

言われたとおり、敷地の奥に向かって庭を抜けていくとじき緑が途切れ、宿泊客が足を踏み入れることがない一角に出ました。ホテルの備品が雑然と置いてある殺伐とした場所で、キッチンの裏手に当たるのか大型の換気扇のような空調設備が何台も回っていたように記憶しています。建物から出てきたスタッフが私の姿にハっとしていたので、
「廟に行きたいんですが。」
と声をけけると、さらに奥の方を指差し、
「行けばわかります。」
と友人と同じことを言います。

さらに行くと、ホテルの敷地ぎりぎりのフェンスの手前に、なにやら赤い塊のような場所が見えてきました。殺伐とした周囲から浮き出たようにそこだけ赤く盛り上がって見えます。
「まさか?」
と思ってさらに近づくと、何本も何本も赤い柱のように林立していたものは、男性器をかたどった朱塗りのお供えものでした。人の背丈を越えるものもたくさんあり、長年の風雨に晒され頭頂部だけ赤いペンキが禿げて元の木が露出している、微妙なことになっているものも何本もあります。

大きなものの間にも小さいものがびっしり並び、コンクリートの特注品もあれば、明らかに大人の玩具らしい市販品もあります。その数たるや数えられるようなものではなく、朽ちて原型を留めなくなったものもそのままになっています。いったい、いつから、誰がここで祈り始め、どれだけの数の男性器が捧げられたことか?タイでは、少なくともバンコクでは「常識」なんだということが、納得できる光景でした。
「なんなのよ、ここは?」
と驚きと笑いを併せ呑みながら、1人静かに廟の女神に祈りました。
(手元に残っていた数少ない写真の1枚。タイ人って大らか〜笑→)

「アレは子どもが授かった人たちが感謝の印に奉納したものなのよ。女の神さまだから、アレが一番喜ばれるだろうってことらしいわ。みことも子ども授かったら、ちゃんとお礼参りをするのよ。」
お参りの後、彼女やその同僚と食事に行った際に説明を受けました。
「わかった。必ず来るわ。でも、アレってどこで買うの?みんな特注品に見えるんだけど。」
「お礼はなんでもいいのよ。花でもなんでも。」
この話に終始興味がなさそうな彼女は、ここで話を打ち切りました。

3月に挨拶回りの出張を終え、その後は後任者への引継ぎに専念し、4月末に退社。5月いっぱい引越しの準備と、週末には行き残しがないよう隣国マレーシアのあちこちに繰り出し、先に飼い猫2匹を送り出し、6月4日には香港に赴任しました。夫は週明けから仕事となり、私は運び込まれた荷物で足の踏み場もない部屋で、荷解きと荷物の整理に孤軍奮闘していました。

6月半ばに、シンガポールを発つ前からコンタクトを始めていた日系投資銀行の面接に行き、身元調査だの紹介状を書いてくれた人への確認作業だのを経て正式採用となり、7月早々に働き始めました。家の中は最低限の片付き具合で、使わない部屋に行き場のない荷物を押し込んでの復職でした。

仕事を再開して1、2週間経った週末、まだ検疫所にいた猫たちに会いに1人で出かけた帰り道、バスの中でふと気分が悪くなりました。
「バス酔い?」
と思ってもみなかったことが頭をかすめた瞬間、
「ま・さ・か!」
と、さらに思ってもみなかったことが頭をかすめ、薬局に寄り妊娠検査キットを買って帰りました。尿検査の結果を示す小さな枠の中には、くっきりと『+』マークが浮かび上がってきました!

お参りから3ヶ月半の出来事でした。
「半年以内に妊娠するから。」
と、事もなげに言っていた友人の言葉が思い出されました。まるで、
「今日はファイナンスワン(当時上場していた最大証券会社)が上がるから。」
と、寄り付き前に彼女に告げられ、市場が開くやグングン上昇していく株価を見つめながら唖然としていたのを彷彿とさせました。まるでご神託です。
「妊娠ってこんなに簡単なことだったの?」
やや拍子抜けしながらも、検査キットを手にやっと手にした『+』をニマニマしながら眺めていました。

(つづく)

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「マヨネーズ」

混乱が続くタイ。軍から解放されたインラック前首相は前回2006年のクーデターの引き金となったタクシン元首相の実妹。きょうだいでクーデターを引き起こすなんて!20年前毎日のようにタイ株取引をしていた頃、見るからに中華系の面持ちのタクシンは若手実業家として携帯電話事業を牛耳り、衛星を打ち上げ、財界の寵児でした。タクシン関連企業がいくつもあり、何度取引したことか。

「あの頃は妹の話なんて出なかったなー」
と思ってググってみたら、インラックは1967年生まれ。まだ26、7歳でアメリカ留学中だったのか?

あちらは首相、こちらは主婦。ワルくない!

西蘭みこと 

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