「西蘭花通信」Vol.0664  NZ編 〜ディグニティー 尊厳と品格と:90代たち〜      2014年2月15日

「ねぇ、マーガレットが帰ったの知ってる?」
ボランティア先で黙々と働いていると仲間に声をかけられました。まだ10時のお茶の時間にさえなっていない早い時間でした。
「ご主人が倒れたらしいのよ。」
音がしそうなほど心臓がドキリとし、ゴクリと生唾を飲み込みました。

マーガレットは確か86歳。ご主人は5つほど年上のはず。2人とも非常に健康で、彼女は仲間内でも最高齢の1人でした。いつもきちんと髪をセットし、きれいに化粧をし、アクセサリーを欠かさず、シンプルでも品のある服装はそのままお呼ばれに行けそうで、「どうせ肉体労働だし」とTシャツにジーンズですっぴん街道まっしぐらの私とは性別が違うかのようなエレガントさです。

ご主人は90歳の誕生日に主治医から、「この健康状態なら100歳まで余裕で生きられる」と太鼓判を押され、
「どうしましょう?その時私は95よ!」
と、マーガレットは困惑気味に苦笑しながらも嬉しそうでした。ご主人は今でもローンボウルズ(芝の上でやるボーリング。高齢者に人気のスポーツ)の現役プレーヤーとして鳴らしているという話でした。

お茶の時間にはもっと詳しい情報が入ってきました。どうもご主人は心臓の調子が悪くなり救急車を呼び、それで彼女も呼ばれたらしいという話でした。
「運転して送っていってあげるわ。」
と、仲間の1人が名乗り出たにもかかわらず、
「大丈夫。」
と、マーガレットは自分で運転して帰ったそうです。いくら健康でも年齢が年齢ですから心配です。

「でも、幸せよ。そうやって今でも夫婦で仲良く暮らしていて、好きなことができるんだもの。」
と、今度はローズが話し始めました。
「私の母は93歳だけど、10年以上前に父に死なれ、数年前からホームにいるわ。気丈な人だけれど、今じゃ3分前のことも覚えていられないの。子どもの頃の話はいくらでも思い出せるのにね。毎週お見舞いに行ってるし、他のきょうだいも行ってるのに、『誰も来てくれない』と言われるのは辛いわ。」

みんな黙ってうなずくばかりでした。これは多くの90代のリアルな現実でしょう。
「昔の人は朝から晩まで働いて、自然に育った安全なものを食べていたから本当に頑丈なのよ。母なんて2年前まで骨折なんてしたことがなかったわ。でもね、認知症で心の病が進むと、身体ばかり健康なのも気の毒でかわいそうよ。本人も記憶がどんどん消えていくのを自覚し始めていて、『せっかく話してくれても、覚えていられない』って涙ぐむの。」

「『ママ、覚えていられなくてもいいのよ。こうやって話している時間が楽しければそれでいいじゃない。一瞬一瞬を愉しまなきゃ。忘れたらまた同じ話をすればいいんだから。』って言って慰めてるわ。他になんて言える?何度も同じ話をするのはうんざりすることもあるけれど、今の母には全てが『初めて』なのよ。何度もした話に目を輝かせているのをみると、『まぁ、いいか』って思えちゃうのよね。」
と、ローズは続けました。

「私の伯母も93歳よ。」
今度はダフニーが話を引き継ぎました。
「1人暮らしで、去年大々的にリノベーションして意気軒昂よ。あの歳であれだけ家を改装するなんて、まだまだ生きる気満々。お洒落でキレイな人で、愛車のプジョーでどこへでも行くのよ。馴染みのカフェに行けば、みんなに挨拶されるほど顔なの。訪ねていくとそれはそれは歓待してくれて、いい店でご馳走してくれるわよ。『年下に奢らせてはいけない、っていうのは母の金言よ』と言って、1回たりとも私たちにお金を払わせてくれたことはないわ。」

彼女の天晴れな伯母には子どもがなく、夫に先立たれてからは盲導犬のスポンサーになり、1頭年間1万ドル(約90万円)だかで里子同然に援助を続けているそうです。家には今まで支援した盲導犬の写真がズラーっと飾ってあり、
「みんな私の子どもよ!」
と、それはそれはご満悦なんだそうです。この徳の高さがまた、彼女の運を強めているのでしょう。

「それに彼女ったら、ちゃんとトイボーイ(ツバメ)もいるのよ。」
この一言にはそれまでうんうん聞いていた私たちも、
「えぇぇぇえ!!!」
と一斉に声を挙げ、その反応の速さと大きさに全員で爆笑してしまいました。
「彼は75で、なかなか甲斐甲斐しいのよ。伯母はびっくりするほど若く見えるから、2人でいると夫婦みたいだけど、彼は伯母をとても尊敬しているみたい。伯母の若さは常に若い人と付き合って、自分をリフレッシュしているからなんだと思うわ。」

お茶の時間の15分でもさまざまな90代の生き方を知るだに、励まされます。歳を重ねれば重ねるほど、健康に勝るものはないと感じます。行きたいところへ行き、したいことをする自由はかけがえのないものです。例え健康を損ない、人の手を借りなければならなくなっても、自分でできることは自分でし、自分が自分であることを諦めず、自分の置かれた環境を誰のせいにも何のせいにもせずに受け入れるか、受け入れられないのであれば脱っする努力をするという、最後の尊厳と品格は手放さずにいたいと思います。そして最後は自分が歩んだ道、導かれた人生に感謝してこの世を去りたいものです。

(つづく)

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「マヨネーズ」

マーガレットのご主人は軽い心筋梗塞を起こしたようで、数日左手に痺れが残ったもののすぐに元気になったそうです。

「医者から大人しくしているように言われたのに、痺れたのは左手じゃない?右手さえ使えればローンボウルズはできるから。」
と、やや呆れ顔で言うマーガレットもまた、驚くほど生き生きと艶々に若返っていました。

       (ローンボウルズはこんな場所で行います。ロトルアにて→)

西蘭みこと 

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