「西蘭花通信」Vol.0643  生活編 〜はなむけの言葉〜                  2013年12月2号

今から23年前の12月、暮らしていたシンガポールの小さなアパートに、当時はボーイフレンドだった夫が引っ越してきました。会社の帰りだったのかスーツにネクタイ姿で、荷物といったら傘1本。「ただいま」と言わんばかりにやってきました。その傘は私のクリスマスプレゼントで、微妙な色合いの厚手のジャガード地、木の柄も風合いのある、蛇の目とでも呼びたいような古風なフランスの傘でした。

あまりの軽装に大笑い。
「なにも持って来なかったの?」
「うん。」
知り合って半年、毎日のようにやって来てはさんざん喋りさんざん食べても、必ず帰って行きました。けれど、その日から帰らなくなり、2人の生活は今に至ります。

一緒に住むことは夫の会社に連絡済みで、偶然にも私は社長と旧知の仲だったので、前代未聞の展開にGOサインが出ました。すぐに、
「西蘭同棲。新しい連絡先は以下のとおり」
という社長名のファックスが全支店に流れ、しばらく社内で笑いの種を提供することになりました。社則では入社後3年以内は社員寮が提供されるため住宅補助が出ず、私たちは同棲から約3ヵ月後の夫の入社丸3年となる4月1日に入籍しました。結婚記念日がエープリルフールなのはそのためです。

先日、コーヒーを買いに行くと、顔なじみのバリスタがコーヒーを淹れてくれながら、
「実は今日がラストデーなんですよ。」
と言い出しました。驚いて理由を尋ねると、運命の出会いがあり、仕事を辞めて新天地で彼女と新しい生活を始めるんだそうです。4、50代になると、周りでは出会いよりも別れの方が圧倒的に多くなります。かといって自分たちの子どもの結婚はまだまだ先で、久しぶりに接した朗報でした。

コーヒーが入るまでのほんの短い間にも彼は夢を語り、新生活が待ちきれないようでした。深いところから湧き出るような笑顔が、期待の大きさと幸せの度合いを物語っていました。「お幸せに」私の言葉に満面の笑みで応えてくれました。最後の最後に会うことができ、こんな素晴らしい消息を聞けるなんて、と胸が熱くなりました。そしてふと、
「私たちも23年前の12月に新しい生活を始めたんだ!」
と、思い出したわけです。

結婚することになった私には周りからお祝いや冷やかしの言葉が寄せられ、「アツアツ」だの(当時はラブラブという言葉がなかったので)、「人生最高の瞬間」だの、「末永い幸せ」だのと、月並みでもつい口を突いてしまいそうな言葉で祝福されました。そんな中でマレーシア人の友だちから贈られた「はなむけの言葉」は、誰のとも違うドキリとさせられるものでした。その特異さに私は真実を嗅ぎ分け、覚悟を決めました。

「結婚1年目なんて最悪よ。ケンカ、カンカの毎日でうんざりなんだから。」
というのが彼女の言葉でした。いくら愛し合った男女が一緒になるとはいえ、舞い上がった恋愛を結婚という形に着地させるとなると、話は違ってくるというのです。お互いわかっているつもりでも、それまでの生活の中で好きなようにやってきた些細な習慣や価値観の違いが気になり、それが毎日続くとなればケンカの火種に事欠きません。

「でも、最初はハネムーンじゃないの?」
と聞くと、
「甘い時間なんて、ほんのちょっとよ。」
という厳しい返事が返ってきました。
「でもね、それを乗り越えると後はそこそこ上手くいくの。だから最初の1年は徹底的にやりあったほうがいいわ。」
とも言われました。ウキウキ気分だった私は冷や水を浴びせられたものの、
「雨降って地固まるかー」
と覚悟しました。

彼女の予言は的中し、甘い新婚生活とは程遠いケンカ三昧の日々に、
「三男とはこんなにわがままなものなのか?」
「これから先もずっとこうなんだろうか?」
「この結婚はまちがいだったんだろうか?」
と自問する日々でした。そんな日々を支えてくれたのが、
「それを乗り越えると後はそこそこ上手くいく」
という先輩の言葉でした。彼女は徹底的にやりあった後に子どもを持ち、次の段階に進んでいました。
「諍いの果てには、家族の団欒や心穏やかな日々という切望していた結婚生活が待っているはず!」
私は自分に言い聞かせ、いつの日かそれを手に入れていました。

友人の言葉には今でも感謝しています。そして結婚していく親しい人には、必ず同じ言葉を贈ってきました。天にも昇るような2人を打ち落とすかのような言葉ですが、結婚とはそんなに生易しいものではありません。ラブラブのままごとでは生涯添い遂げることは難しいでしょう。我慢を続けていると金属疲労を起し40代ぐらいで危機を迎えるか、どちらかが病気をしたり、不満や不安が何らかの形で子どもに出たりするようです。バリスタの彼にはそこまで語る余裕はありませんでしたが、
「一生物の幸せをつかんで!」
と思いながら、香り高い芳醇な一杯をいただきました。

末永くお幸せに。

(突然の大雨にびしょ濡れで店に駆け込んだとき、彼が差し出してくれたサービスのブラウニー。冷えた身体に染み入る甘さと優しさでした→)


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「マヨネーズ」

「出会ったのは運命で、私たちは特別で、世界一幸せな結婚をしたと信じていたのに、そんな私たちが離婚するなんてね。」
というのは大恋愛の末に結婚、そして離婚した友人の言葉。
「本当に人生って最後までやってみないとわかんない」
というのは、離婚、大病を経て最近、事実再婚した別の友人の言葉。誰もが望む安定というものは、特別な誰かに与えられるものではなく、2人で力を合わせて自転車を漕ぎ続ける結果なのかな、と思います。

新婚だった頃のケンカ三昧の生活の片鱗とNZのかかわりを記した〜キウイ・マジック〜、今では懐かしい思い出です。

西蘭みこと 

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