「西蘭花通信」Vol.0633  スピリチュアル編 〜人生の春夏秋冬:ホームショー〜    2013年7月6号

「OEに行かない?」
夫のブライアンが地方での仕事を終えた時、ケイトが提案したのは3ヵ月間のヨーロッパ旅行でした。OEとはNZでよく言われる「オーバーシーズ・エクスペリエンス」(海外体験)の頭文字で、若者の卒業旅行を兼ねたバックパッカーでの貧乏旅行から、何年も働くことまで、幅広い意味があります。人口の少ない島国の国民が海外で見聞を広めたり武者修行に出たりする、さまざまなシーンを指す言葉です。

「私たちが若い時にはOEなんてほとんどなかったじゃない?この機会を逃したらもう2度と行かれないと思ったのよ。」
オークランドの自宅にはいいテナントがついていて、ブライアンは次の仕事が決まっておらず、三女も18歳になって名実ともに子育てが終了したタイミングは、またとないチャンスでした。ブライアンは渋々ながら了承し、2人は夏のヨーロッパへ。

イギリスでは片田舎をドライブし、ロンドンでは観劇三昧。フランスではパリのカフェで寛ぎ、美術館巡りをし、プロバンスで最高のバカンスを堪能。イタリアでは名所旧跡を周り、おいしい食事に舌鼓を打ち、買い物三昧。40代半ばのOEですからお金で解決してしまう部分もあるものの、気分だけは大きなバックパックを背負って歩く若者並みで、
「限られた時間を思いきり楽しもう!」
と、ケイトはとことん前向きでした。

そんな彼女と対照的にブライアンはとことん後向きでした。
「そんな所に行ってなんになる?」
「こんなに入場料をとるなんてバカバカしい。どうせたいしたものでもないだろうに。」
「食事ができればいい。コース料理なんて必要ない。」
見る価値があるのか?する価値があるのか?時間の無駄ではないのか?提案するケイトに返される返答はことごとく否定的で、シニカルで、冷たいものでした。

「価値があるかどうかは試してみなければわからないじゃない。こんなに有名で世界中から人が集まってくるのよ。全く価値がないってことがある?」
「時間の無駄?私たちは休暇中なのよ。明日の予定すら決めていないほど時間があるのよ。」
ある時は口に出し、ある時は心の中で叫び、ケイトはブライアンの言葉と態度にもがき続けました。

「こんなにネガティブな人だったのか。」
旅行で四六時中一緒にいて、わかっていたはずのブライアンの性格を思い知らされました。子育てに忙しかったり、仕事に行っている間は顔を合わさないので、つい忘れがちでした。しかし、彼は出合った頃からそんな人で、仲間うちでも浮いた存在だったのです。みんなでどこかに行こうとする時に、彼を誘わないことが暗黙の了解になっていることもたびたびありました。若かったケイトはそんなブライアンを不憫に思い、ついついかばっては仲間に戻そうとしていました。

「結婚を決めたときも、みんなから大反対されたわ。『あなたのために結婚式には行くけど、ブライアンのためではないわ』って言われたり、『あの性格は一生変わらないわよ』と釘を刺されたり。彼がけなされればけなされるほど、『本当はいい人なのよ。ただ人付き合いがヘタで言い方がキツいだけなのよ』と、みんなにも自分にも言い聞かせていたものだわ。若かったのよね。」

夢のように舞い上がった日々になるはずの3ヵ月は、不完全な片肺飛行になってしまいました。けれどケイトは満足でした。
「また一からやり直してがんばろう。」
と頭を切り替え、彼女らしく先を見ていました。3年後の48歳の時にパリのカフェをイメージして住宅街の一角に小さな店を出しました。まだNZにカフェカルチャーという文化のない20年以上も前の話で、芳醇なコーヒーと手作りスイーツを出す店は近くの小学校に子どもを送迎する母親たちの憩いの場になり、女主の性格もあって繁盛しました。

ブライアンは50歳を機に技師を引退し、古い家屋を改装した店のメンテナンスや経理を手伝うようになりました。同い年だったケイトも50代になり、再び夫婦で四六時中一緒にいるようになりました。しかし、店の経営とどんどん増える孫の相手で目が回るほど忙しく、ブライアンの一言にカチンと来ても水に流し流しやり過す日々が10年近く続きました。

「ある年、ホームショー(有名な住宅関連の見本市)に行ったのよ。私もブライアンも家の手入れが好きだったから、毎年何かいい出物やアイデアがないか出かけていたの。裏庭に置くガーデンファニチャーを探していたら、なかなか良さそうなのが見つかったのよ。私は庭の木陰で新聞を読むのが好きで、あの頃はそれが1日の唯一の息抜きだったから、座り心地のいい椅子がほしかったの。」

ケイトは会場に入ったところから別行動だったブライアンを探しに行きました。
「どうせ私には何するものなのか分からないような、工具がたくさん並んだ店で油を売ってるに違いないわ。いつもそうなんだから。」
ケイトは海のような人混みをかき分けかき分け、広い会場に無数に建ち並ぶブースをのぞきのぞき、ブライアンの姿を探しました。
(つづく)

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「マヨネーズ」
「ずっと専業主婦だった人が45歳でOEから帰って、たった3年で開業?」
フィクションだったらお手軽すぎる筋書きですが、これは全くの実話です。3年間パートをした後、本当に素人が商売を始めたのです。なんという「キウイ魂」(キウイ・ディグニティー)!

西蘭みこと 

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