「西蘭花通信」Vol.0615  スピリチュアル編 〜不動産チャチャチャ:不動産屋の女たちW〜            2013年3月20日

月曜日の昼。夫が出掛けて行った直後に電話が鳴り、
「忘れ物でもした?」
と出てみると、賃貸物件の管理を頼んでいる不動産屋からでした。彼女たちから不意に連絡が入るということは、良い話ではないに決まっています。

「たった今、あなたたちのテナントが出て行ったの。本国のお父さんが亡くなって、誰も埋葬する人がいないから、急きょ帰国しなくちゃいけなくなったんですって。週末に引越しを済ませていて、これから空港に向かうって言ってたわ。3週間分のボンド(敷金)をもらってるから大丈夫よ。その間にまた別の人を見つけてあげるわよ。」

良い話ではないことは覚悟していたものの、ここまで悪い話とは!あまりのことに、へーへーと聞き入るばかりで、新米大家としてどう応えたらいいものやら。
「部屋はもう空なんですね?」
「そう。でもキレイに片付けてあるから、そのまま貸せるわ。すぐに広告の手配をしないと・・・・」

「いくらお父さんとはいえ、お葬式のために家まで引き払って、仕事を辞めて、妻子とおばあちゃん(つまり亡くなったお父さんの奥さん?)まで連れて帰国する?NZに『10年近く住んでる』って言ってたじゃない。」
と、今やどうでもいいはずの退去の理由が腑に落ちずに呻吟する私にはお構いなく、彼女はどんどん話を進めていきます。
「家賃は前回と同じでいいかしら?」
電話の向こうのリディアにとって、テナントが夜逃げ同然にいなくなることなど、きっと何度も経験してきたことなのでしょう。

このテナントは2月末に入居したばかりだったので、1ヶ月と住んでいませんでした。NZでは退去する場合は3週間前に通知しなければならないので(大家側が退出を求める場合も同様)、預かっていた敷金を返済しないことで、通知がなかったことを相殺したわけです。今の相場なら3週間以内に次のテナントが見付かる可能性は高いものの、新しいテナントが賃貸物件の住人なら現在の大家に対しても告知義務を負うため、入居が決まっても3週間は入居してきません。ある程度の空室期間は覚悟した方が良さそうでした。

その日の夕方、外出ついでに夫が部屋の様子を見てきました。
「確かにキレイだったけど、週末に雨の中を引っ越したせいか、カーペットに靴の跡があったなぁ。あれは掃除した方がいいな。」
その一言で、翌日2人で掃除に行くことを決めました。なぜその瞬間まで掃除することを思いつかなかったのか、自分でも不思議なくらいでした。家への感謝を示すには掃除が一番だというのに!

翌朝リディアにメールを書き、広告で使う写真を送りながら、
「家賃を週10ドル値上げしてほしい」
と伝えました。賃貸価格の確認は最早日課で、賃貸物件のエリアだけでなく周辺エリアも含めて相場を毎日見てきたこともあり、
「今の需給だったらプラス10ドル(約800円)でもイケるだろう」
という読みがありました。大家としては新米ですが、相場が相手なら経験があります。テナントがいなくなりピンチながら、ここは攻めることに。

メールを追いかけるように、私たちもすぐに不動産屋を訪ねました。
「メールを見たわ。写真も受け取ったわ。今ちょうど、ネットに広告を出したところだったのよ。家賃の値上げの件はこれからすぐに変えとくわ。そうそう、今朝すでに1組に見せたわよ。『考えとく』って言ってたけど。」
もう見に来た人がいたとは、驚きでした。何もかもが想像を超えるスピードでした。これはすぐに掃除をしないと!

部屋は確かにキレイでした。前の前のテナントが出て行く際に夫と確認に来たときと、なんら変わりありません。ここに1ヶ月近く、若夫婦と3歳の子ども、そのおばあちゃんの4人が住んでいたなど、幻のようです。まるで証拠を隠滅するかのように、人がいた痕跡を感じさせるものが全くありませんでした。バスルームにも髪の毛1本落ちていません。

前日にも来ていた夫はさっさと掃除機をかけ始めました。私もボーっとしている場合ではありません。雑巾を手にキッチン周りの掃除を始めました。レンジフードにはさすがに薄っすらと油が残っていました。
「どんなお料理を作っていたのかしら?」
1度しか会ったことがなかった東欧の人たちを思い浮かべながら、黙々と掃除を続けました。

「喉がガラガラだ。コーヒーでも飲みに行かないか?」
という夫の一言で我に返ると、すでに3時間が経過していました。一見なにもすることがないほどキレイに見えても、いざ始めてみると、何かとすることはあるものです。
「そうね、きりがないもんね。」
ちょうど窓の桟を拭き終わったところだったので、私も腰を上げました。

運ばれてきたコーヒーを手にした瞬間、夫の携帯が鳴りました。不動産屋の女社長シャノンでした。
「テナントが決まったわ。家賃もプラス10ドルでOKよ。小さいイヌがいるんだけど、仔犬じゃないの。仔犬はおしっこしちゃうからダメだけど、仔犬じゃないからいいでしょ?早ければ週末に越してくるわ。それでよければ今日中に契約書にサインするけど。」

神だ!
彼女たちのみわざを前に答えは全てYESでした。(つづく)

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マヨネーズ」
「不動産チャチャチャがスピリチュアル編?ミスタイプでしょ?」
と思われたか、そんなこたぁそもそも気付かれないか。今までこのシリーズは経済編で、「利回りがどうの、金利がどうの」と言ってきましたが、今回ばかりはそういう話は脇に置き、ちょっと不思議ちゃんなお話でお送りします。

          (新興住宅地で見かけた本格的なドールハウス→
            子どもの頃にこんな家があったら、それこそずーっと
            ずーっとここで過していたことでしょう



西蘭みこと 

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