「西蘭花通信」Vol.0610  経済編 〜花火と経済:サヨナラ、F&P〜            2013年2月16日

2012年第3四半期(7−9月)のNZの失業率が7.3%に達し、この国の経済の3分の1以上を担うオークランドでは8.6%に上っていたという衝撃。その間にもオークランドの住宅価格は一本調子の上昇となり、値上がりにより、家が買いたくても買えない人たちの苦戦が、毎日のように新聞で報じられていました。

家の購入には住宅ローンがつきものです。最長30年のローンを組んで家を買おうというのですから、にわかに始まった今回の住宅ブームが2年前から継続している「歴史的低金利に乗じたもの」、というだけでは説明がつかないでしょう。ローンを組む側にとって、雇用見通しが良好であることの反映でもあるはずです。高失業率の中でも雇用の先行きに自信のある人が大勢いるわけです。

しかし、そんなオークランドで3ヵ月の間に9,900人、1日100人超の勢いで誰かが職を失っていたのです。さらに悪いことに、失職は免れても正規雇用から非正規雇用に切り替わった人の数も予想以上に増加していました。状況は失業率の数字以上に悪化していました。景気の回復で全国を牽引しているはずのオークランドが、失業率の悪化では全国の足を引っ張っています。

数字を深読みすると、さらにショッキングな事実が浮かびあがってきます。2012年はキウイのオーストラリア移住が過去最高に達し、年間で5万3,000人に上りました。人口比にして1.2%、1日平均145人ものキウイが移住もしくは長期滞在を目的にオーストラリアに向ったのです。(オーストラリア以外の行き先も含めれば、その数8万6,000人、1日平均235人!)

NZとオーストラリアは1973年に「トランスタスマン渡航協定」を結び、両国民は互いに自由に渡航・居住・就労ができるようになりました。平たく言えば、キウイにとってオーストラリアに移住するのは日本で他県に引っ越すようなものです。滞在期間や人数に制限はありません。オーストラリアに向かうキウイの3分の2が、最初から定住を目指しています。つまり、隣国への渡航目的の大半は「出稼ぎ」ではなく、「移住」なのです。

失業率の算出には失業手当の申請件数や失業後も職探しを続けているかなどが考慮されます。海外に出て手当を受けなければ労働人口に含まれず、失業率に反映されません。オーストラリアに移住するキウイの過半数が労働人口と言われ(家族持ちよりも若い単身者の比率が高いため)、オーストラリアへの移住が増えれば増えるほど、NZの労働市場は小さくなっていくはずです。単純に言えば、残った人たちだけで雇用機会を分け合うので、求人数が変わらなければ、競争が減って仕事を見つけやすくなるはずです。

それにもかかわらず、失業率は最も雇用機会を提供するはずの最大都市オークランドを筆頭に大幅に悪化し、今後半年間は約7%を維持すると予想されています。もしもオーストラリアに渡ったキウイが過去最高に達していなかったら、失業率はさらに悪化していたことになります。ここまで深読みすると、数字の重みにさらに愕然とします。

各種経済指標や、これまでお話してきた、私が個人的に指標としている身近でリアルな「花火」「越境入学」「寄付」まで、すべてが上向きな中で、雇用だけが極端に悪化しているのです。逆に言えば、すべてのしわ寄せが仕事を失った人に集中している可能性があります。今の経済回復が雇用を抑えながら実現していることがうかがえます。

雇用の抑制には、
(1)リーマンショック後のリセッション、その後のクライストチャーチ地震という二大要因から回復する中で、人件費を極力抑制して業績の回復を図ろうとする経営方針
(2)二大要因が引き金となった業務再編を経て、多くの企業が雇用を抜本的に見直した可能性
が考えられます。具体的には正規雇用から非正規雇用への切り替え、業務の外部委託などです。業務を他社に委託してしまえば、景気が回復してもその分の雇用は戻りません。委託先が海外であれば問題はさらに深刻です。

雇用に限らず、より厳しい状況にあるのが製造業でしょう。従来から人件費が高く、市場規模も小さいこの国の製造業は日本人の感覚からすれば、食品などごく一部を除き、中小企業、もっと正確に言えば零細企業の寄せ集めのようなものです。90年代以降、安くて質の良い中国製品の大量流入で、NZの製造業はますます瀬戸際に追いやられました。中国に製造委託する手もありますが、従業員数人の家族経営のような企業ではそんな経営資源もなく、製造業者は一つまた一つと消えています。業界全体が小さくなる中、失職した従業員が経験を生かして職を見つけることは、容易ではないのです。

2012年末にはNZ唯一の家電メーカーで、冷蔵庫や洗濯機など白物家電を専門とするフィッシャー・アンド・パイケル社(F&P)が、中国の家電大手ハイアール社に全面買収されました。F&P はNZを代表する企業の1つで、日本で言えばパナソニックやソニーのような存在でした。業務の中国移転、従業員のリストラは時間の問題でしょう。消費者は安くて質の良い海外製品を求めながら、国内の製造業の息の根を止めにかかっているのです。「雇用なき景気回復」という構造的な現実が、ひたひたと忍び寄ってきています。(完)

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「マヨネーズ」

ときどき行く郊外のレストラン「フィッシャー・ハウス」。かつては馬好きのF&P創業者の1人の、接待用個人宅だったそうです。この時期はテラスでの食事が最高です♪




西蘭みこと 

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