「西蘭花通信」Vol.0603  スピリチュアル編 〜50代の宿題1:上を向いて寝よう〜  2012年10月6日

寝つきのいい私にしては珍しく、ベッドに入って何時間も眠れずにいました。時計を見て時間を知ってしまうと焦って逆効果になりそうだったので、暗闇の中にじっと身を横たえたまま、いつ来るとも知れない眠りを待っていました。ここ数年、正確に言えば2年前の48歳のときから、こんな風に起きているような眠っているような時に、時々ふと変性意識に入ってしまうようになりました。

眠れないことから気をそらせ、リラックスするために深く呼吸をしたり、レイキ(ハンドヒーリング)をしたりしているうちに、スイッチが入ってしまうようなのです。決して意図したものではなく、仰向けのまま流されていくようにスッとどこかに入り込んでしまいます。

流される先は決まって自分の幼少期でした。年齢にすると10歳ぐらいまでの自分に戻っていくのです。今は建て替えてなくなってしまった横浜の古い実家や近所の様子、大切にしていた小さな生き物、台所とダイニングが一緒になった狭い空間、2階の部屋から見える隣の家など、何気ない光景がありありと蘇ってきます。

見ているというよりも思い出の中に連れ戻されたように感じ、私は次々に現れてくるシーンを目で確認しています。
「この一角には茗荷と南天が植わっていた」
「お向かいは大家石の塀になる前はこんな生垣だった」
いろいろな物が所狭しと溢れかえったキッチンは母の城。収納棚の刷りガラスのドア越しにも物がぎっしり詰まっているのがわかります。木目を模したビニール素材に覆われた金色の縁取のテーブルには黒い金属の脚が付いていて、膝小僧でもぶつけようものなら涙が出るほど痛い思いをしました。

思わず顔がほころぶような懐かしい思い出のはずですが、私にとっては決して嬉しいものではなく、できることなら忘却の彼方に押しやってしまいたいものばかりです。実際この40年間、思い出すことも、ましてや懐かしむことなどないまま忘れ去っていた光景です。20年ほど前に実家が建て替えられ見慣れぬ新しい家になったとき、古い実家が記憶から消去されたようで、小さく安堵したものでした。

眠ろうとしているのとは裏腹に、子どもの頃の記憶が次々に目覚めていきました。間違いなく自分がいた光景を見ながら、ふと蘇って来たのは誰かにもらった文鳥がネコに襲われて一晩で死んでしまったときのこと。探し回った挙句、小さな躯を茗荷の陰に見つけ、涙が止まりませんでした。泣きじゃくる私に「早く学校へ行きないなさい」と、家の中から叱る母の声。庭に埋める時間もなく、あの文鳥はどうしてしまったのか。軒に吊るした、ドアが開いたままになった鳥小屋には、たくさんの羽が残っていました。

小さな自分の小さな希望がことごとく叶わなかった家。希望を尋ねられることもなく、口応えをすれば「そこに座りなさい」と正座させられ、両親の長い長い説教が始まりました。眠りにつく9時を回れば、正座をしながら居眠りが出たものです。そのうち私は黙ることを覚え、納得できなくても理不尽だと感じても自分の気持ちは心の中にしまいこみ、できるだけ言われた通りにするようになりました。

それは19歳で家を出るまで続きましたが、自我が確立できていない小さな頃こそ苦しく、辛い体験でした。同年齢の子より早く自我に目覚め、大人への道を急いだのは苦しみを少しでも和らげるための、子どもながらの知恵でした。そんな姿がまた「可愛くない」「素直じゃない」と母の顰蹙を買いましたが、当時の私はスナオという言葉の意味を辞書で確かめなければならないほど、幼かったのです。

変性意識の中で幼少期に戻ると、自然に涙が流れ出します。声も立てずに静かに涙だけを流す泣き方を私はあの頃から身につけていました。小さい頃は襖一枚隔てた隣の部屋で両親と妹が寝ていました。
「あの頃は本当によく泣いてたなぁ。」
と思いながら、心は40年以上前の小さな自分に寄り添っていました。

不意に夫が寝返りを打ちました。その気配に「起きている」と感じ、
「眠れないの。」
と訴えると、「えっ!」と驚き、
「かわいそう。コーヒーかな?」
と言いました。

確かにその日の夕方、遅めの時間にカフェでダブルショットのコーヒーを飲んでいました。
「そうか!コーヒーか。」
眠れない理由がわかりホッとしたとき、夫が
「それとも唐揚げかな?」
と言いました。それは夕食のメニューでした。
「唐揚げで眠れなくなる?」
暗闇の中、私は笑顔に戻っていました。

「眠れないんだったら上を向いて寝た方がいいよ。」
夫はさらに続けます。
「どうして?」
「『上を向いて寝よう』って言うじゃん。」
私が声を立てて笑わなければ、夫はきっと替え歌で歌い始めたことでしょう。もうすぐ4時にならんとする時間でした。

「この人と結婚してよかった。」
今度は暖かい涙が溢れ、言われた通り仰向けのまま、私はやっと深い眠りにつきました。
(不定期でつづく)

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「マヨネーズ」

どうやら私の50代は抑圧していた子ども時代のもろもろの感情を、
1枚1枚引っぺがし、洗いざらいさらけ出し、きれいにしなければならない時期のようです。繰り返し繰り返し過去に連れ戻されるうちに観念してきました。そして全ての膿出しを終えたときに還暦を迎え、人生が二巡目に入るのでしょう。

生きて行くことは奥深いことです。


西蘭みこと 


(部員2名の西蘭家散歩部、復活。最近また夫婦で歩き回るようになりました。散歩途中で見つけたナゾのもの→)

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