「西蘭花通信」Vol.0584   経済編 〜不動産チャチャチャ:不動産屋の女たち〜  2012年7月19日

「こりゃ高そうだな。」
一目見るや、夫が言いました。2部屋の戸建物件で、CV
(Capital Value:各自治体が固定資産税の算出のために出している不動産評価額)がそれほど高くなかったので見に行ったのですが、玄関をくぐらないうちから、私たちの予算では無理だろうと思われました。予想以上に改装してあり、部屋やキッチンのサイズもまさに戸建ならではの大きさでした。

年季の入った初老の女性不動産屋はきれいに髪をセットし、ツイードのスーツと重そうなジュエリーを纏い、しっかりとメイクをしていました。下見客は玄関で靴を脱がされてみな裸足なのに、彼女だけはフローリングの床にコツコツと軽やかな音を響かせながら、ハイヒールで歩き回っています。
「オークションでは60万(約4,000万円)を超えるでしょう。」
と言っている声が聞こえてきました。

「素晴らしい家ですね。学区もいいし。」
十数人いた下見客の中では飛び抜けて若い20代に見える青年が不動産屋に声を掛けました。隣にはパートナーらしい若い女性を伴っています。
「いいでしょう?なかなか出ないのよ、こんなにいい物件は。何も手直しする必要がないわ。」
「ボクもそう思います。ペンキさえ塗り直さなくていい。」

(センスの良さでオープンホームの印象もずい分変わりますが、家主のその家への慈しみが何よりも印象に残ります。この家もそんな印象に残る家でした。写真と本文は関係ありません→)


「予算はおいくらなの?」
さすが年季の入った不動産屋です。話し好きそうな青年の言葉を遮り、単刀直入に斬りかかっていきました。
「40万ドルです!」
青年は堂々と答えました。この年齢で借金にせよ、それだけの金額が用意できることが誇らしそうでした。

「その金額じゃ、この家は買えないわ、坊や。」
不動産屋は自分の孫の年齢の青年にピシャリと言い、他のお客に向き直りました。傍でテーブルの上の資料に目を通していた私は、たまたま2人の会話を小耳に挟んでしまい、吹き出しそうになるのをグッと抑えなければなりませんでした。

家探しを始めた直後に行った、とあるオープンホーム(下見会)。そこも不動産屋は60歳前後と思われる女性でした。下見客は3組だけで、私たちは最後までいた唯一の客でした。自然と不動産屋と立ち話を始め、お互い自営業とわかると、
「最近の景気じゃ、大変よね。」
と彼女。
「でも不動産市場は盛り返してるじゃない。この歴史的低金利は追い風でしょう?」
と言うと、
「そうね。この仕事を始めて、こんなに金利が安かったことはないわ。でも、家がほしくてもローンが組めない人もけっこういるのよ。」

気弱な話はさらに続き、
「いつまでこの仕事が続けられるかわからないし、独り身だし、病気になったら困るから、所得補償保険に入ろうと思ったの。でも年齢のせいで断られてしまったのよ。まぁ、いざとなったら自宅を売ればいいんだけど。とてもいい家を持ってるの。でも、それ1軒しかないから。」
と、いつの間にか彼女の身の上話に。勢い下見客の私たちが彼女を慰めて帰ってきました。

「ずい分暗くて、頼りないなぁ。新人でもないだろうし。あんなんで大丈夫か?」
と夫が苦笑しながら言いました。NZで不動産屋というとイカした新車に乗り
(ほとんどが経費で落とせるリース車でしょうが)、バシッとしたスーツでキメ、景気が良かろうが悪かろうが常にイケイケドンドンな鼻息の荒い印象があるので、彼女のような本音ベースの人は逆に新鮮でした。
「正直でいいじゃない。」
私の印象はワルくありませんでした。

その後、数週間ほどして気になる家を見つけました。担当者はまたあの気弱な彼女でした。
「へぇ〜、ちゃんとリスティング(売却の注文)が取れてるんじゃない。」
と、冷やかしもこめて見に行くことにしました。少し早めに着いたので、高台でなかなか眺めのいい周辺を歩いていると、ミリオン級(100万ドル、約6,500万円以上)の大きな家が売りに出ていました。看板を見ると、あの気弱な彼女がニッコリ微笑んでいます。
(NZの不動産の看板には担当する不動産屋の顔写真が載ります)

「ちょっとちょっと、スゴいじゃない。徒歩圏内に2軒もリスティングを取ってるなんて。」
とさっそく冷やかすと、
「たまたまよ。あなたたちと会った家を売った後、もう1軒、60万ちょっとのタウンハウスを売ったのよ。」
とサラリと言います。1ヶ月の間にざっと計算しても4軒で270万ドル相当のビジネス!彼女の最終的な手取りが何パーセントかはわかりませんが、3%でも500万円以上〜!気弱な低姿勢は彼女のウリとして、がっちり顧客のハートをつかんでいるようでした。(つづく)

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「マヨネーズ」
「新聞配達してたらさ、後にスーツ着た小父さんがいて、ボクがポストに新聞を入れると、その人もチラシを入れて、またボクが入れると小父さんも入れるんだ。ずっとそうやって歩いてたんだけど、『なんのチラシを入れてるんですか?』って聞いたら、不動産屋だった。」
と、配達を終えて帰って来た温(18歳)が言いました。
「『今の不動産市場はどうですか?』って聞いたら、『よかったら、こんなことはしてないよ』って言って、これくれたよ。」
と差し出したのは、彼の名刺。

現在のオークランドの不動産市場は歴史的な低金利もあり、売れればそこそこ高値がつくものの、リスティングの件数そのものが減っているので、不動産屋はパイの小さくなった市場で厳しい競争を迫られています。私たちが物件を探し始めた頃、オークランドの売家はゆうに3,000軒を超えていましたが、あれから5ヵ月経った今では2割減の2,400軒台にまで減ってきています。

西蘭みこと 

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