「西蘭花通信」Vol.0577   経済編 〜不動産チャチャチャ:アニキの家〜        2012年7月3日

「5つ星ホテル並みの海が見える高級2部屋物件」
という宣伝文句に、特に惹かれたわけではありませんでした。「5つ星」とか「高級」という形容詞には、むしろ馴染まない方です。ただ、立地が良さそうだったのと、仰々しい見出しの割にはCV
(Capital Value:各自治体が固定資産税の算出のために出している不動産評価額)が安かったので、アポを入れて見に行くことにしました。

「ねぇ、あれ、オーナーじゃない?」
時間ちょうどに着いた私たち。路上に駐車するや、今しも前方のクルマから降りてきた20代に見える若い白人の男性が、ゴムになったウエストから手を入れて短パンの位置を直しながら歩いていきます。チラリをこちらを見たときの視線は、
「けっ、こんなチンケなクルマ」
と見下したもので、ヒラヒラした素材のシャツといい、後に撫でつけたテカテカした髪といい、なんとも「あんちゃん」な雰囲気。
「まさかー」
と、夫が即座に否定するいでたちでした。

目指す物件のドアをノックすると、そのアニキが満面の笑顔で迎えてくれました。さっきの視線とは別人のようです。
「まあまあ、入って入って。」
敬語のない英語とはいえ、彼の口調はしょっぱなからタメ口でした。
「あっちはオレのフラットメイト。ソフィーはオレのパートナーだ。」
デッキにいる若い男女を紹介してくれるや、
「どうだいこの眺め。こんなにデッカいデッキで、ここならビールもバーベキューも最高にウマいぜ。」
ときました。

アニキは不動産屋を介さず自分でネットに広告を出していたので、セールスも自分でします。開口一番のセールス・ポイントが、
「ウマいビールにバーベキュー!」
酒を飲まず、肉食もやめてしまった私は思わず苦笑してしまいました。その笑顔を「同意」と解釈したアニキは、
「だろ?だろ?だろ?最高だよな。見ろよ、このドアのデカさ。海もよく見える。」
とさらに畳み掛けてきました。

リビングとデッキの間は壁が取り払われ、全面が蛇腹式のガラスの観音扉になっていました。全面がガラスですから視界は良好ですが、「よく見える」と言われた海はかなり遠く、目の前は家々の屋根が幾重にも重なっているばかりでした。
「冬は寒いな〜。治安の面でもちと不安。」
私はニコニコ話を聞きながらも心の閻魔帳には×印。

リビングは天井からふかふかのカーペットまで真っ白で、大きなテレビの後の壁は表面に凹凸のある石のように見える、凝ったタイル張りでした。天井にはシャンデリア。L字型の真っ白なソファーも7、8人はゆうに座れる長さでベッド代わりになりそうな幅でした。その分、ダイニング・エリアはないに等しく、大きなソファーとは不釣合いな、小さなダイニング・テーブルが部屋の片隅に置かれていました。

「オレはこの眺めが気に入っててよ、夏はデッキで、今ならココで飯を食うんだ。」
とアニキが言い、実際に座って右手を何度もすくい上げ、食べる振りをしたココとは、なーんとIHクッキングヒーターの上!そう、ガスコンロ代わりの調理器具です。いくら平らとはいえ、そこで食べる?テーブルではないので脚も入らず、高さも低く、いくらリビング越しに外が見渡せるとはいえ、なにが楽しくてそこで食べる?

IHはガスより加熱に時間がかかる反面、消してもしばらくは熱くて触るどころではないので、アニキがその上で食べる物は買ってきたものかレンジでチンしたものなのでしょう。全面的に改装して、イタリア製家電をズラりと揃えたキッチンなのに、なんとももったいない話です。その分、生活感もなくきれいなままなので、売るとなったらこの方がいいのか?

「見ろよ、これ?」
と次にアニキが見せてくれたのは、キッチンの水道。蛇口の下に手をかざすとセンサーで水が出てきます。アニキは何度も手を引っ込めたり出したりしながら、
「なっ?いいだろっ!」
と子どものように得意気。キッチンの照明もレンジフードもセンサー式で手をかざすと明るさや強度が変えられました。
「電気代がかかりそうな家だな。」
と脇でボソッとつぶやく夫。全く同感で、私の閻魔帳には再び×印。

キッチンの壁は床から天井まで一面のユニット家具になっており、扉を開けると冷蔵庫だったり、洗濯機だったり、乾燥機だったりします。電子レンジもトースターもすべて収納されています。
「ここまでテーラーメイドだと、冷蔵庫を変えることもできないじゃない!」
と、またまた×印。
「乾燥機ってスゴく湿気が出るのに、キャビネの中でどうやって換気してるんだろう?」
と、×印。意気揚々のアニキの後につきながら、私の閻魔帳は×の山でした。(つづく)  

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「マヨネーズ」
今年2月から始まった投資物件探し。なかなか出会いがない上に、オークションでは負け続き(笑)と、思った以上に長引いています。その間に相場はひと山越え、最近の売り出し物件の少なさは、探し始めた頃の2割減以上。それだけ市場が小さくなっているというわけです。

時間がかかっている分、いろいろな物件を見る機会があり、
「すべての物件にもれなくドラマがついてくる!」
と言ってもいいほど、売り手や物件を巡ってさまざまなストーリーがあります。アニキもそんな売り手の1人でした。今回から連載でアニキの話をしてみます。実話ですが、設定や登場する団体名は多少変えてありますので、物語としてお楽しみ下さい。

(アニキの家もモダンな白で統一していました。写真と本文は関係ありません→)

西蘭みこと 

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