「西蘭花通信」Vol.0565   経済編 〜不動産チャチャチャ:小さな世界〜       2012年4月29日

なかなか希望どおりの物件に巡りあえず、「これは!」と思っても値段が折り合わず、進展のない西蘭家の不動産投資。途中、長男・温(18歳)の日本進学が決定し、
「この先、いくらかかるのぉ?」
という状態ながらも、老後は待ってくれません。初心貫徹で、100%融資(つまり頭金ナシの全額借金)での賃貸向け不動産購入計画を鋭意続行します。

ある日、いつものように物件広告を見ているとき、ふと目が止まった戸建物件。ユニットと呼ばれる数軒が長屋のようにつながった物件の1戸を探していたので、戸建は見ていなかったのですが、
「差額ってこれぐらいなのか〜」
と興味を持ちました。ユニットの場合、土地は家主同士の共同所有になるので、戸数が多ければ土地代が割安になります。

戸建でも庭が広くないせいか、ユニットとの差額が思ったよりも小さく感じられました。「狭くても一国一城の主」と思うと、「それもいいかな〜」という気にもなります。とは言っても、すでに銀行からもらっている融資枠の上限を超える金額なので、枠を拡大してもらうための方策を練らないと、いくら良さそうでも絵に描いた餅です。オープンホーム(下見会)に行く前に、まずは銀行に出向いて可能性を探ることにしました。

ちょうどそのとき、私たちの担当者は長期休暇の最中で、何かあったら支店長に話すように言われていました。支店長と言っても日本の銀行のようなもったいぶった存在ではなく、住宅地の小さな店ということもあり、支店長室は他の担当者の個室とそうは変わらない大きさで、迎えてくれた女性は私と同年代と思われる、キウイらしい気さくな人でした。

「あなたたちの事は聞いてるわ。家が見つかったの?」
訪問の目的を告げると、
「うーん、その金額だと持ち家だけが担保じゃ足らないんじゃない?」
それは私も承知していました。しかし、足らない分を自己資金で補うのではなく、あくまでも全額借金で行きたいがために、出向いてきたわけです。
「ほんの2、3万ドルの差だから、もう少し勉強してもらえないかと思って。」
「それはムリね。自己資金を使わないのなら、買った家も担保に出すのね。それならいいわ。」

1軒買うのに2軒を担保に差し出すことになれば、担保掛目はざっと50%以下。単純に言えば、不動産相場が大暴落を起こし物件価格が半分になってしまっても、銀行は「無傷」というわけです。こんなに「おいしい話」に乗ってこない銀行はありません。
「ずい分楽な商売ね。今どきは四大銀行でしのぎを削り合って、融資の獲得競争に出てるんじゃないの?」
と冷やかすと、彼女はケラケラ笑うばかり。すでにこの銀行に対し、持ち家を抵当に借金をすることに同意している客なので、他行には逃げないと踏んでいるのでしょう。

「で、どんな物件なの?場所はどこ?」
と、話の矛先をかわしてきたので、彼女のパソコンを借りて、不動産屋の広告を出して見せました。
「へー、良さそうな物件じゃない。立地もいいわね。私の家からもけっこう近いわ・・・・・」
と言いながらのぞき込む支店長。



(家具が造り付けだと部屋の中がすっきりしてが有効利用できます→
本文とは関係ありません)



「えっ!これってジョナサンとリリアンの家じゃない?」
彼女は突然、素っ頓狂な声を上げました。
「賃貸物件だけど住んでいる人の名前まではわからないわ。」
と当たり前な返事をすると、
「そうよ、そうよ。これはジョナサンとリリアンの家だわ。そうそう、このテーブル。ここでディナーを食べたことがあるわ。細長いキッチンでねぇ・・・・」
と、彼女は自分の世界に入りながら、家の中の様子を写した写真を次々にクリックしています。

「まだ、見てないんでしょう?」
「見てないわ。」
「キレイに撮れてるけど、この家すっごく古いわよ。貸すなら全面的に手を入れないと。ジョナサンは確かここに8年以上住んでると思うわ。奥さんと別れたときに、ここを借りたのよ。」

8年!
その期間を聞いて、私の心の中のマウスはこの家を「削除」していました。1人の店子にそんなに長い間貸していたということは、家賃を割安にする代わりに、何も手入れもして来なかったことでしょう。この物件の割安感の理由がはっきりしました。

ジョナサンとリリアンはその週の金曜日に借家を出て、支店長の家に引っ越してくる予定でした。2人は家を買ったものの、今の家を出てから新しい家に入居できるまで間が空いてしまったのです。
「ジョナサンは私たちが結婚したときのベストマン(新郎の付き添い役の代表)だったのよ。」
と言う支店長。

翌日見に行った家は、支店長の警告以上に古い家で全面改装が必要でした。ジョナサンが借りていた期間も8年ではなく、11年でした。彼らが出て行くのを機に、家主が売りに出したのです。一から改装するとなったら、時間も費用もばかにならないでしょう。
「他を当たろう。」
すでに心の中で「削除」していた家、何の感慨もありませんでした。帰り際に入れ違いで帰ってきたジョナサンとリリアンは、朗らかな表情の私たちと同年代のお似合いのカップルでした。新居でもお幸せに。

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「マヨネーズ」
「なんて小さい世界なの!」
支店長は何度も繰り返していました。日本語の『世の中狭い、悪いことはできない』の感覚です。さらに、この不動産を担当していた不動産屋は前に別の物件のときに何度か顔を合わせ、今回の不動産探しの中で一番好感を持っていた人でした。
「あら、戸建でもよかったの?ここは手が掛かるから、すぐに貸したいんだったら他を探した方がいいわよ。」
と、相変わらずの率直さ。いい再会でした。

西蘭みこと 

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