「西蘭花通信」Vol.0560   経済編 〜不動産チャチャチャ:375ドル〜         2012年4月2日

角を曲がると、両側から鬱蒼と木が張り出した私道でした。てっきり普通の道が続いているものとばかり思っていたので、その変わりよう、その狭さ、その暗さに驚きました。大げさに言えば、一瞬にして視界が変わったような感覚でした。どちらかが停まらないと対向車とすれ違えないほど狭い道は、たいした長さでもないのにクネクネと曲がり、かなりの傾斜で下がっていきました。

「夜だったらキツいな。」
それが私の第一印象でした。すぐに下り坂は上りに変わり、目の前に目指す不動産が見えました。真昼でも暗い道を抜けてきたせいか、正面の家はやたらに日当たりがよく見えました。しかし、見に来たユニット(集合住宅の1戸)は角部屋ではなく、正午の陽を燦々と浴びる目の前の家の奥でした。

      (これも典型的なユニットです。本文とは関係ありません→)

家主のリチャードは先に来ていました。30代後半、40代になるかならないかの年齢に見えました。いかにもオフィスを抜け出してきた感じで、スラックスにYシャツ姿でした。投資不動産を探し始めた私たちにとりそれは何軒目かの物件で、よくある3、4軒がつながったレンガ造りの平屋の一つでした。建設された1960年当時は人口増や核家族化に合わせて、小型の郊外物件が流行ったのでしょう。

ドアが開くと、意外にもテナントがいました。下見はせいぜい10分なので、こういう時はテナントが気を利かせて、家を空けてくれることが多いのです。30代後半に見える女性はいかにも不機嫌そうで、私たちの挨拶にも顔を上げることなく、眉間に皺を寄せてパソコンに向かっていました。図形が並んだ画面がチラリと見え、仕事中のようでした。

おもちゃがあちこちに転がり、裏庭には小さな子供服が満艦飾のように干してありました。キッチンには朝食の食器が重ねられたままで、マスターベッドの上には、何枚かの服が無造作に置いてありました。まるで出掛ける直前に、なにを着たらいいのか迷ってしまい、クローゼットから次々に服を出しては放り出し、慌てて出て行ってしまった後のようでした。しかし、服の持ち主はリビングでパソコンに向かっています。

子ども部屋は男の子コーナーと女の子コーナーにきちんと分かれ、それぞれのお気に入りの物や写真で、床といわず壁といわず埋め尽くされた楽しい場所でした。2人は学校から帰ったら好きなところに潜りこんで、お絵かきをしたり、おもちゃを並べたりするのでしょう。いくら雑然としていても、思わず笑みがこぼれてしまう心温まる空間でした。

しかし、私がその家で寛ぎを感じたのは、正直その子ども部屋だけでした。夫は何を見ても、
「いいじゃん、いいじゃん。」
と肯定しており、気に入っているようでした。 女性の目はもっとシビアです。特にキッチンやバスルームなど水周りのチェックは厳しいものです。使うにしろ、掃除するにしろ、自分の身に降りかかる負担を考えると、どうしてもハードルが高くなってしまうものです。造り付けのキャビネットのドアが一つないことも気になりました。既成品ではないので、同じ物は絶対に見つからないでしょう。

「今、この家は週375ドル
(1NZドル65円換算で約2万4000円)で貸し出していて・・・・」
一通り見終わった私たちにリチャードが説明を始めると、
「話は外でしてくれない。」
と、テナントがぶっきらぼうに言いました。私は時間を作ってくれたことに礼を言い、彼女は手元の紙とパソコンの画面を見比べながら、こちらを見ることなく黙っていました。

「クリッシーはシングルマザーで、学校の先生になるために勉強しているところなんだ。」
前庭に出るや、リチャードが弁解するように言いました。
「子どもは2人とも小学生で、できるなら彼女は引っ越したくないんだ。投資物件を探してるって言ってたけど、週375ドルならどうだろう。テナントとしてはワルくないと思うけど。」

彼の言うとおり、売値に比べてその賃貸料は決して悪い話ではありませんでした。一からテナントを探すことを考えたら、家を手直しすることなく、購入初日から家賃が入ってくるのはありがたいことです。最初から家賃収入が確定しているということは、私たちの毎週の持ち出し分も簡単に計算できます。
「いいじゃん、いいじゃん。」
夫はリチャードの話に、さらに前のめりになっていました。

「よく考えて、また連絡してほしい。もう1人アジア人女性から連絡をもらってるんだ。」
リチャードは終始淡々と話していましたが、眼鏡の奥から私たちの反応を注意深く見守っていました。彼は不動産屋を使わず、自分でネット上に広告を出して家を売っていました。下見客があるたびに、職場からやってきて見せているのでしょう。

経験から言うと、自分で売ろうとする人の理由はだいたい2つです。一つは不動産屋の費用を惜しむこと。もう一つは家を売っていることをあまり知られたくないこと。業者に頼むとあらゆるところに広告が出るので、それを避けているのです。状況によってはその理由の両方に当てはまることもあります。どうやら彼はそのケースのようでした。(つづく)

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「マヨネーズ」
文中の名前はもちろん仮名で、状況も個人が特定できないようにある程度変えてあるので、フィクションとしてお楽しみ下さい。こうして物件を見て行くと、どの家にも、もれなくストーリーがついてくるように感じます。まだ何軒も見ており、しばらくはこんなメルマガが続くかもしれませんが、よろしくお付き合い下さい。

西蘭みこと 

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