「西蘭花通信」Vol.0550   生活編 〜ブルースプリング・レポートVol.19:ハリポタ世代〜            2012年2月10日

「ママ、これってどっかに寄付できる?」
年末の大掃除の最中に長男・温が段ボール箱を持ってきました。覗いてみると読み古しの本が7冊。
「ハリポタじゅない!」
「うん。もう読まないから・・・・」
これには少々驚きました。

温とハリー・ポッターの本格的な出会いは奇しくもNZでした。今から10年前の2002年の冬休みに一家で旅行に来ている最中でした。当時の温は8歳の誕生日を目前に控え、当時暮らしていた香港のイギリス系小学校では3年生でした。

オークランド空港に着き、クライストチャーチ行きの国内線に乗り換えようとすると、空港内の書店にハリー・ポッターの本が壁のように陳列されていました。発売と同時に一世を風靡したシリーズは、すでに4冊目を数えていました。
「ママ、ハリー・ポッターの本買って。」
温がすぐに言いました。あまり物を欲しがる子ではなかったので、珍しいことでした。

「でも、温くん、読めないじゅない。魔法の言葉とか出てきて難しいんでしょ?」
と生半可な知識で答えると、
「読めるよ!オリバーの見せてもらったことあるもん。ボク読めるよ。」
驚くほどはっきりと反論してきました。オリバーは当時の同級生で、歳の離れた兄がいたせいか、流行に敏感なちょっとませた友だちでした。           

本は欲しがる限りいくらでも与えるつもりでしたが、それまで子ども向けの本しか読んだことがなかった温に、子どもが主人公であっても大人向けの本が読めるのかどうか、私も夫も訝っていました。しかも旅行中で、物が増えるのは極力避けたいところ。
「もう飛行機の時間だから。」
とその場を取り繕い、足早に本屋の前を通り過ぎました。

温の要求はクライストチャーチに着いてからも続き、小さな街の本屋の前で半べそになってしまいました。その年齢ではそうそう泣くことなどなくなっていたので、これには参ってしまいました。
「絶対に全部読むこと」
「旅行中は自分で持つこと」
を条件に、とうとう8歳の誕生日プレゼントとして、出版されていた4冊をまとめて購入しました。

観光を終えて宿に戻るや、温は張り出し窓に陣取り、貪るように読み始めました。翌朝、
「もう1冊読んだよ!」
と得意気に言い、親は内心、「まさか!ちゃんと読んだの?」と思いつつも、
「そう、よかったね。」
と答えるばかりでした。そのスピードですから、4冊を読み終えるのはあっという間でした。

香港に戻ると、ちょうど5冊目が出るタイミングで、とうとう親の私たちもハリポタ・フィーバーを体験するところとなりました。本屋に予約を入れ、発売当日の熱狂を目撃することになったのです。温は電話帳も凌ぐ厚さのハードカバーをこれまたあっという間に読んでしまいました。最後の2冊は移住後にこちらで購入しました。

温はその後も、何度も何度も全シリーズを読み返していました。読む度に何らかの発見があるそうで、
「ホントに面白いよ。映画と全然違うんだ。」
と目をキラキラさせ、全く手に取ろうとしない親が不思議そうでした。2年制の中学校の2年目と5年制の高校の最初の1、2年は温にとり「ガラスの10代」を地で行くような、面白くないことが山のように起きた日々でした。そんな時期もよく部屋にこもって、ハリポタを読んでいました。

初めて手にした日から10年。18歳を目前にこれほど愛読したシリーズを手放すとは、親の私でも考えていませんでした。
「本当にもう要らないの?」
「うん。もう読まないと思う。」
「そうか、ハリポタ卒業かぁ。」
これまでの10年が走馬灯のように頭を過ぎり、感慨深く感じました。魔法使いたちの夢の世界を必要としないほど、現実の世界にしっかりと足がかりを見つけたのでしょう。「成長」とはこういうものなのだ、とつくづく思いました。

温がアメリカ人の英語教師に聞いてきたところによると、アメリカでは温たちのような「ハリー・ポッター世代」の英語力が問題になっているそうです。この世代はシリーズを貪るように読んだ後、ろくに本というものを読まないままインターネットに移行した最初の世代に当たるのだそうです。長文が苦手で文法もあやふや。短縮されたメール言葉ばかり使い、フォーマルな文章が書けない。文学作品に縁がなく、シェイクスピアなど手にしたことがない世代なんだとか。

温も文学作品に縁がない点では典型的なハリポタ世代ですが、大学で経済を専攻することもあり、ここ2年ほどは英エコノミスト誌をこよなく愛し、毎週毎週あの細かい字を隅から隅まで読破しています。その繰り返しの中で、事実の伝達とオピニオンの書き分け方、テーマの選択、文章の構成や切り口、文責など多くのことを吸収したようで、自分の文章にもそれが反映されていることを実感するそうです。これもまた「成長」なのでしょう。

7冊の本は友人の息子さんにもらわれていきました。かなり色褪せていたものの、喜んで引き取ってくれました。新しい家で魔法使いたちが再び活躍してくれることを!

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「マヨネーズ」
温は相変わらず日本の大学への進学を希望していますが、受かっても9月入学なので、まずは今月からオークランド大学の商学部に進学します。日本の大学に受かれば日本へ、ダメだったらこのままここで大学生活を続けます。どうなりますやら?

西蘭みこと 

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