「西蘭花通信」Vol.0545   NZ編   〜駅にて:素敵な午後を〜            2011年9月27日

所用でシティーに出掛けるため駅へ行くと、アナウンスが流れていました。プラットホームはあっても改札もなければ電光掲示板もない、バス停のようなNZの駅。もちろん無人駅ですから、スピーカーから流れるアナウンスはどこかのコントロール室からのものです。

「上り列車は安全上の問題から、少なくとも20分遅れています。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
普段から昼間は1時間に2、3本しか本数がないので、
「20分遅れということは、乗ろうとしていた列車の1本前がそろそろ来るのでは?」
NZ暮らしも8年目に入ると、こんなときでもポジティブ・シンキング!(でないと、やってられません
^^;)


(駅からのこんな眺めをカメラに収めるや、すぐにアナウンスが流れてきました→)


駅にいたのは私を含めて3人。みな上りに乗ろうと、ほぼ同じ時間に駅に着きました。そこに初老のキウイの女性がやってきました。繰り返されるアナウンスを耳にするや、彼女は「Oh dear!」(あらまぁ)と落胆し、
「遅れているのは今度来る列車のこと?それとも、その前から遅れているのかしら?」
と、聞いてきました。

「私が駅に着いたときからアナウンスが流れているから、その前からでしょう。約束があるの?」
と同情気味に答えると、
「3時のワイヘキ行きのフェリーに乗り遅れてしまうわ。」
彼女は小さく動揺していました。日中のワイヘキ行きのフェリーは1時間に1本なので、困惑は理解できました。

彼女は若い学生風の2人にも声を掛けていましたが、私が一番先に来ていたので、彼らが私以上のことを知っている可能性はまずありませんでした。再び私のところに戻ってきたので、
「多分、前の列車も遅れているだろうから、そろそろ来るんじゃないかしら?」
と励ますと、
「そうね。」
と言いつつも不安そうでした。

離島のワイヘキに住んでいて普段列車に乗り慣れないのか、この辺に住んでいて友人でも訪ねてワイヘキへ行くのか、いずれにしても、よくあるダイヤの乱れを全く想定していなかったようで、彼女は小さな目をしょぼつかせながら、列車が来る方向を何度も何度も見ています。その間も同じアナウンスが流れるばかりで、新しい情報はありませんでした。

「私がここの来たのが7分前。その前の列車はその15分前の予定だったからもう22分経ってるわ。『少なくとも20分遅れ』と言ってるから30分遅れとしても、あと8分ぐらいで前の列車が来るかもしれないわよ。」
と、気の毒そうな彼女にもっともらしいことを言ってみました。根拠はなくても、計算上では理に適っています。

「でも埠頭まで歩かないと。」
彼女の心配は尽きません。
「2時40分までに列車が来れば大丈夫よ。シティーまで10分。駅から埠頭まで10分あれば歩けるわ。」 と言いつつ、ふと彼女の年齢と背負っている小さなリュックが気になりました。
「これぐらいの年齢の人でも、10分あれば間に合うだろうか?それともチケット売り場で並ぶんだろうか?」

その時、「上り列車は○○駅を出ました」というアナウンスが流れました。
間に合う!
隣の駅からこの駅までは5分。フェリーの時間の20分前には絶対に列車に乗れるはず。
「良かったわね、間に合うわ!」
と言う私を訝しそうに見る彼女。やはり列車に乗り慣れていないのか、隣の駅の名前もピンとこない様子で、私の言葉に半信半疑でした。

「埠頭に行くんだったら、ホームの先に行った方がいいわ。シティーで全員降りるからごった返して歩きにくいわよ。」
彼女が私のアドバイスを理解するのに一瞬間がありました。混みあう時間に通勤でもしていない限り、列車はいつもガラガラなので、キウイが乗車する車両まで気にすることはまずないでしょう。

「わかったわ。前に行ってみるわ。」
その時、ずっとネガティブだった彼女が初めて、「予定通りのフェリーに乗ろう」という気になったようでした。
「そうこなくっちゃ!信じるものは救われる。運は自分でつかむもの!」
と、大仰に思ってしまいました。

私は彼女に付き添いませんでした。一車両ほど歩いてこちらを振り向き「ここでいい?」と確かめるような彼女に、「もっと向こう」という仕草で手を振りました。彼女は誰もいない先端に向かってやや自信なさ気に、振り返り振り返り歩いていきました。その時、警笛が聞こえ、すでに十数人になっていた乗客から安堵のため息が漏れました。

シティーに着き、思った以上の人混みの中を歩いていくとエスカレーターに乗ろうとしている彼女が目に止まりました。足早に追いついて、隣の階段を上りながら、
「あと10分あるわ。大丈夫よね?グッドラック!」
と言うと、突然目の前に現れた私に、彼女の目が大きく見開きました。けれどその目はさっきまでとは打って変って、輝いています。

「ここまで来れば大丈夫・・・・感謝してるわ・・・・あなたも素敵な午後を!」
か細い返事は周囲の雑踏にかき消され、ところどころ聞き取れなかったものの、「素敵な午後を!」ははっきりと聞こえました。

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「マヨネーズ」
オークランド市はラグビーワールドカップ観戦に列車やバスなど公共交通機関を使うことを奨励していましたが、初日は大混乱で試合に遅れた人が多数出てしまいました。

西蘭みこと 

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