「西蘭花通信」Vol.0523   生活編   〜10×10 拾う神〜                 2010年7月3日

「シャオワンと呼んでくれ。」
やってきた中国人のタイル職人はちょっと照れたようにそう言いました。シャオワンを漢字で書けば「小王」。こういう場合の「小」はちゃん付けのようなもの。王は苗字なので「王ちゃん」。ホームラン王、王貞治が「ワンちゃん」と呼ばれていたことなど思い出し、思わずクスリ。お互いどう見てもかなり50に近そうな40代。
「シャオワンねぇ。」
と思わず声に出してしまいました。

6月に入り、ひょんなことから突然始めることになったバスルームとトイレのリフォーム。(経緯はコチラでも。風水の悪化を風水の改善で帳消ししようとする、一般的にはわかりにくい、中華圏に長い人間のバランス感覚の結果です)今回も2年前の離れの建設でお世話になった、女性建築士サリー率いる一団に頼むことにしました。リフォームならではの予期せぬことが起きもしましたが、彼らの経験と機転で工事は順調に進んでいました。

「早く買ってきなさいよ。」
サリーに急かされ何度か下見にも行ったものの、なかなか理想の物に出会えずにいたタイル。こだわりがあり過ぎて決められません。数日後にはタイル張りができる段になっても、まだ買っていませんでした。
「大き目のを買うのよ。40cm×40cmなんかがいいわ。豪華で見栄えもいいし、目地も少ないから掃除が楽よ。」

「でも、うちのバスルームは狭いからそんな大きなタイルは合わないんじゃない?通路も幅が75cmしかないから、そこからしてタイルを切らないと。」
私は終始、今風の大きなモノトーンのタイルに魅力を感じていませんでした。築65年程の小さな古い家。NZの原木リム材らしい厚いフローリングも重厚な濃い目の色で、これに厚手の大きなモノトーンのタイルを敷いたら暗くなりすぎ、ベージュでは退屈な気がしていました。

「じゃ、せめて20cm×30cmにしたら?これもけっこう種類があるわよ。まぁ、とっとと好きなのを買ってきなさいよ。」
これがサリーの最後のアドバイスでした。
好キナノヲ買ッテキナサイ
バス・トイレの改修などめったにすることではないし、1日何度も出入りして、必ずや目にする床。これはもう気に入ったのを選ぼう!と、心に決めました。

リフォームを決心して以来、私の頭の中には一つのイメージが出来上がってしまい、それ以外のものを受け入れる余地がありませんでした。フローリングから踏み入るバスルームやトイレは、やや緑が勝つ鮮やかな黄緑色がキラキラと輝く場所であってほしい。そう、ちょうど雨の多い今の季節の芝のように。水気を含んで光る芝の色と輝きを再現してみたかったのです。濃い色のフローリングは良質な黒土、タイルは濡れた芝。家の一角に庭を再現する、そんなイメージでした。

メタルやガラス、モノトーンを多用するモダンなタウンハウスを手掛けるサリーや、「何でもいい」と言い切る夫に、「芝みたいなタイル」と言っても怪訝な顔をされるのが落ちなので、私は黙っていました。ラストミニッツで見つけたタイ製のタイルはまさに理想のものでした。和食器などによくある、表面がクラッシュした感じのガラス加工のコーティングになっていて、平面なのにギザギザになっているようにも見え、まさに刈った後の芝のようでした。

「キミの気の済むようにしたら。」
値段を知って絶句する夫がかろうじて漏らした一言。こういう状況になったとき、自分が嘴を挟める余地がほとんどないことを良く心得てくれています。全権委任のありがたさを噛みしめながら、必ずや後悔させないものを造らなくてはという自負も感じつつ、私たちはタイル屋を後にしました。

しかし、サリーが見積もりを取り、仕事を依頼していたタイル職人は、私が買ったタイルを目にするやいなや、
「我不幹了!」(やんねぇよ、こんな仕事!)
と一言大声で怒鳴るや、くるりと回れ右をして帰ってしまいました。一緒に来ていた職人でもある彼の息子は、「今はこんなタイルを使う人はいないんだ」と短く言うと、ヤレヤレという表情で道具一式を手に提げたまま、父親の後に続きました。この間、せいぜい1分。一瞬の出来事でした。

「えぇ?怒って帰った?10cm×10cm?なんでそんなに小さいのを買ったの?今どき、誰もそんなの使わないわよ。返品できないの?」
すぐにサリーに電話を入れると案の定な返答。やっとの思いで見つけた品、返品なんてとんでもない!

「好きなのを買ってきなさいって言ってたじゃない。だから好きなのを買ったのよ。豪華に見えなくてもいいわ。」
「しょうがないわね〜。他の人を当たってまた電話するわ。」
サリーは苦笑交じりにそう言い、電話を切りました。

捨てる神がいれば、拾う神もいるものです。シャオワンはまさに拾う神でした。
(つづく)

                     (物議を醸す10cm×10cmのタイル→)

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「マヨネーズ」
前回配信した「横車は押さない」から約1ヶ月。欽ちゃんじゃないですが、「なんでこ〜なるのっ?!」(分からない方、スルーでお願いします)な展開ですが、細かい経緯はブログ日記「さいらん日和」に綴った通りです。

大雨のたびに床下浸水するお隣の水がうちの庭にも流れ込んで来るようになってしまったのを目撃して、大変衝撃を受けて以来、普段は即断即決の私が相当悩んで出した結論がバスルームとトイレのリフォームでした。風水で最も重んじる気や水の流れのうち、上手くいかなくなってしまった水を強化しようという訳です。一般的には「なんのこっちゃ?」ですが、私は大真面目です(笑)

西蘭みこと 

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