「西蘭花通信」Vol.0515  生活編  〜終の棲家:ゾンビ〜                 2010年4月10日

朝のジョギング前に軽くヨガをしていると、秋休み中の次男・善(13歳)が呼びに来ました。
「パパが外に来てだって。」
もう1、2ポーズしてから外に出るつもりだったので、やや渋々出て行くと、神妙な表情の夫が指差す先には、
「お化け?」
と思ってしまったほど異様な姿の猫がいました。

茶色の虎猫が蛇の抜け殻のように太い、束になったクモの巣を襷掛けにしてヨロヨロ歩いています。歩いているというよりも前のめりになって止まれないという感じでした。40cm近くありそうな長い長い尻尾と伸びたクモの巣が、身体の後でなびいています。尋常ならざる痩せ方で頭が大きく見えました。

目を疑うような外見。クモの巣を払いもしない異常。それ以上に、この猫が生きていることが不思議でした。より正確に言えば、一度失われた命が屍に宿って、息を吹き返したように感じたのです。近づくとその第一印象は拭われるどころか、もっと確実なものになりました。目、口、下と目やにや唾液以上の体液が流れ出ており、眼窩は液体の中に沈み、じっと覗き込んでやっと眼球が確認できるほどでした。生きているうちからこんなに体液が流れ出るなんて―――。

触ってみると、背骨、肋骨と骨が1本1本確認でき、骸骨に毛皮を被せたも同然で、その間の肉に当たるものが全くありませんでした。飼い猫ピッピの2回のガン闘病や、やはり庭に迷い込んできた瀕死の猫の世話を通じて、命を失うほど痩せた猫については一応経験があったつもりですが、この猫はその限界をとうに超えていました。

「ここまで痩せて、まだ生きているなんて。」
身体がのめってしまうためヨロヨロフラフラ踊るようであっても、まだ歩いています。
「ゾンビだ!」
本当にそう思いました。

「どこから来たの?」 夫に聞くと、
「わからない。その金網が倒れてて、そこにいたんだ。」
金網とは家の床下に通じる30cm四方の穴の前に立て掛けたもので、飼い猫や近所の猫が床下に入らないようにしているものです。ただし、床下には長年住み着いているハリネズミがいるので、内側から押せば簡単にずれるようにただ立ててあるだけです。けれど、外からは手前に引いてずらすか倒さない限り、中に入ることができません。

その隣には庭用の水道の蛇口があるため、毎日金網を目にしています。ここ数日、いえ数週間でも猫が通れるほどずれていた記憶がありません。猫はハリネズミがずらしたほんのわずかの隙間から中に入り込んだのでしょう。けれど、中に閉じ込められていた可能性はまず考えられませんでした。体長15cmほどのハリネズミが金網を押して出てこられるのですから、猫であれば頭をこすりつけただけで簡単に倒すことができます。

猫は蛇口の下のトレーに水があるのを見つけるとチロチロ舌を出して飲み始めました。前日に植木鉢を洗ったままにしていた水なので泥水です。慌ててペット用のボールに水を張り猫の顔の下に滑り込ませました。足に力がなく前屈みの姿勢でいられるのはほんの一瞬で二口も飲むとよろけるままに歩き始め、とうとう自分から泥水のトレーに入ってしまいました。水嫌いの猫が水の中に入り、一口飲んでまた出て来ました。

すぐにキッチンにとって返し、2種類のキャットフードと飼い猫チャッチャが好きな生の牛肉の薄切りを持ってきました。猫はどれも口にするものの慌てているのとじっと座っていられないため、食べたそばから口に入れたものがこぼれてしまう状態でした。そこで牛肉を手で持ち、口につけるようにすると、大きく口を開き噛み付かんばかりに食いついてきました。しかし、歯の根が上手く噛みあわず何度かガチガチやってやっと2cm四方の肉が口の中に納まりました。そしてもう1枚。食事はここで終わりました。

その後は何を口元に持っていっても食べなくなり、緊張が解けたのか、コンクリート上にどさりと横になりました。とっくにクモの巣ははずれ落ち、気のせいか目に力が戻り、顔をのぞき込むと猫もしっかりこちらを見ています。暗い床下から出てきたところで、足が萎えて上手く歩けず、目が外の明るさに慣れていなかったようです。驚くほど落ち窪んだ小さな目はじっと何かを訴えているようでした。

「大変だったね。もう大丈夫だよ。ここにはお水もご飯もあるからね。日当たりのいい芝の上でゆっくり休みな。何も心配しなくていいんだよ。」
よく動物や鳥にするように、私は強く念じてみました。メッセージが通じるかどうかは二の次で、猫が安堵を感じ生死をさ迷う極度の緊張から解放されればそれでいいと思いました。背中や頭をなで続け、何度も語りかけました。猫は眼窩の奥からじっとこちらを見ています。毛並みはたいしてパサついておらず、脱水症状を起こしているとは思えないほどでした。

そのまま眠りにつきそうでした。たいした量ではないものの、水やご飯を口にしてだいぶ落ち着いたのでしょう。 「がんばるのよ。」 私は立ち上がり家に入りました。チャッチャもなにかを察したのか、庭には降りてこずデッキにいました。猫は誰にも邪魔されず昼寝を始めました。(つづく)

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「マヨネーズ」
秋休み真っ最中のNZ。晴天に恵まれ行楽にはもってこいの毎日ですが、雨が全然降らないため、この季節になっても水やりに追われています。けれど1年で一番好きな季節の到来。文句はないですよ〜(笑)

西蘭みこと 

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