「西蘭花通信」Vol.0509  生活編  〜ブルースプリング・レポートVol.15:わらしべ〜        2010年2月14日

1月17日に突然決定した、長男・温(16歳)の「ニッポンお留学」は1ヶ月も経たないうちに失敗に終わり、一家を挙げてのてんやわんやは幕を引きました。友人たちに電話を掛け顛末を知らせつつ、「でも、いい経験になったと思うの」と言っていると、温が不満そうに言いました。
「"残念"って言われるのはいいけど、"いい経験"って言われるのは嫌だ。全然いい経験じゃなかった。」
と言うのです。

文字通り英訳すれば"great experience"。確かに希望校に落ちた人に言う言葉ではありません。しかし、友人たちも異口同音に"いい経験"と言い、日本語では共有できる感想でした。
「結果だけを考えれば"残念"だったけれど、結果が出るまでの事も考えたら、やっぱり"いい経験"だったんじゃない?」
私は解せずにいる温に語りかけました。

「たった2週間ちょっとだったけれど、自分から進んで漢字ドリルをやり、毎日毎日、小論文を書いて、短い間でも日本語が上達したと感じない?日本でおばあちゃんと暮らすと決めたとたん、『何でも自分でやらなきゃっ』て覚悟したでしょう?毎日お弁当を作って、学校の帰りにスーパーへ行くつもりだったでしょう?そういう一つ一つがとても"いい経験"になったと思うの。現実しなくても、『できる、やろう』と思ったことは大事よ。」

温は浮かない顔のままです。学校帰りにスーパーに寄り、揚げたてのコロッケを買うのを楽しみにしていたので、「実現しなけりゃ意味ないよ」と言いたげです。
「なによりも、今回、挫折を経験したことは"いい経験"だったと思う。」
私はさらに続けました。以前だったら語彙の限られている温には使わなかったであろう『挫折』という言葉を、敢えて使ってみました。本人はその言葉を知っていたのか、雰囲気から察したのか、意味を聞き返してきませんでした。

「NZだったら小学校から大学まで受験というものがないでしょう?行きたい学校を選べない代わりに、入れないということがないじゃない。大学も高校時代に積み上げたクレジット(成績如何で取得できる一種の持ち点)が足りていれば誰でも入れる。だからNZで育つと試験で試される経験がないまま社会に出てしまう。それをいいと言う人もいるけれど、ママやパパはある程度の年齢になったら、試験を通じて試されることは大事だと思っているの。がんばった後に『上には上がいる』ことを知ることは悪くないと思う。」

「NZは小さい頃からちょっとでもがんばると、周りが『グッド・ボーイ!』『ユー・アー・グレート』って、すごく誉めてくれるでしょう?でも社会に出たら、誰もそんなことを言ってくれないっていうのは、もうわかるでしょう?」
温はすでに高校1年を終えており、この年になるとある日突然、梯子を外されるような、いや、崖から突き落とされるような経験を何度もすることになります。保護者の私たちですら、教師たちの掌を返したような発言に耳を疑うことがあるのです。

今ドキの日本で増えているらしい「褒められて伸びる子」もいつかは現実に直面します。褒めて下駄を履かせられていた分、現実が一層厳しく感じられる可能性があります。ですから分別のつく年齢になったら、自分の実力を知ることは悪くないと思います。受験は子ども自身が実力と努力を天秤にかけ、選択と(結果に対する)責任を担っていくという意味で、自立と覚醒を促す素晴らしい制度だと思います。(ただし、商業主義や大人の思惑などが複雑に入り込み、とんでもないことになっているのも事実でしょうが)

今回の不合格は間違いなく、温への覚醒になったことでしょう。スポーツの勝敗と違い、物事には努力しても叶わないこと、理由を知りえないまま失敗に終わることもあることを、身をもって知ったのです。16歳には"いい経験"です。これを大学を卒業した後、社会人になってから初めて経験していたら、どうなっていたでしょう?6歳のアドバンテージは小さくないと思います。

"いい経験"はこれにとどまりません。「転んだときは藁でもいいからつかんで立ち上がれ」というのは、昔話に教えてもらうまでもない話です。今回の経験を通じ、温がつかんだものが『料理』だったのではないかと、私は密かに思っています。76歳になる祖母との同居に備え、帰国以来、毎晩料理を教えているうち、温は意外にも興味を示し、不合格を知らされた当日もテレビで観たレシピを試したく、自らキッチンに立ちました。

出来上がった「水菜入りのアサリのボンゴレ」は会心の出来で、祖母も夢中で食べていました。アンチョビソースの塩加減、タイガープローンの赤と水菜の緑が散らばる春色のパスタは見た目にも美しく、
「これは絶対、十八番にしなさいね。」
と祖母が念押しするほどでした。本人も作り上げた自信と結果の味に大満足のようでした。

わらしべをつかんで長者にならなくても、料理を覚えて食いっぱぐれないでいてくれたら、親としては御の字です。料理は食材の買い出しで経済感覚や家計のやりくりを覚え、限られた予算と時間で結果を出す管理能力を鍛え、添加物や農薬などを通じて健康や環境問題を実地に学ぶ貴重な場です。腕を上げれば人を招いて社交性を磨き、もてなしを通じてインテリアやテーブルセッティングにも目配りができるようになる可能性を秘めています。

「上等じゃない。」
NZに帰ってからもこれが続くことを夢見る母なのでした。(つづく)



(これはNZに戻ってから作ってくれたパスタ・サラダ→
パルメザンとフェタのチーズ2種類入りのリッチにして温の大好きなタイプのメニュー。インスタントラーメンしかできなかったのから大進歩。よしよし、その調子!)


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「マヨネーズ」
結果が出てしまったのに飛行機がいっぱいで帰れずにいます(涙) 1週間連続でキャンセル待ちを入れていますが、どうなりますやら。

冬季オリンピックがいよいよ開幕ですね。夏季は観ないのに冬季は楽しみで、できるだけ観たいと思います。               

西蘭みこと 

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