「西蘭花通信」Vol.0507  生活編  〜ブルースプリング・レポートVol.13:急転直下〜 2010年2月9日

温(16歳)の「ニッポンお留学」が決定して3日。初日は家族会議で一致団結、2日目は「受験資格なし」という事実に撃沈、3日目は気分一新、帰国子女枠での大学受験に照準を変え再び3人で話し合い。しかし、誰も新しい照準に身が入らず、本人は生返事を繰り返すばかりでした。2月はNZの新学期。こうなったら残りの12、13年生(日本の高2、3)をしっかり終え、日本の大学を目指すしかありません。

付き添いで日本に行かなくてよいのであれば、私も根を詰めて仕事をする必要がなくなりました。気抜けしてしまったこともあり、その日は1日中、資料を読んだり家事をして過ごしました。夫もエンジンがかからないのに任せ、帰国子女の大学受験についてネットで検索していました。温は部屋にこもったきりで、善(12歳)も空気を読んで静かでした。

「温には大学受験のほうが有利かもしれないな。」
いろいろ調べ上げた夫の結論でした。海外経験があっても日本語力や学力全般が「いかに国内の生徒に近いか」を問う高校受験より、「海外での高校卒業資格」「3年以上の海外滞在」「英語の小論文」などを条件に、経験と語学力を問う大学受験のほうが帰国子女としての真価を発揮できるというのです。確かに「受験して入学する」ということだけを単純比較するのであれば、温には大学のほうが向いているようです。もちろん、倍率など本人以外の要因を度外視しての話ですが。

しかし、日本へ行く目的が日本語を習得して1日も早く日本の生活に溶け込み、帰国子女という特別扱いを必要としない一学生になるためであるならば、温は一刻も早く日本へ行くべきで、「条件が有利だから」とあと2年も待つべきではないでしょう。運良く大学に入れても言葉が不自由ならば、講義中など「お客さん状態」になってしまいます。外国人留学生であればそれも経験でしょうが、日本人の温にとっては由々しき事態です。

さらに、大学のクラスなどあってなきがごとき。選択科目ごとに散り散りになってしまえば親しい友だちを作るのは容易ではなく、ましてや日本語の遅れを手伝ってくれる人を科目ごとに見つけるとなったら至難の業です。入学しないことには話になりませんが、入ったら入ったで苦労が目に見えている分、親としては温の決意がより大きく花開き実を結ぶであろう高校入学を願ってしまうわけです。

正直な話、大学受験は私にとり心躍るものではなく、2週間後に照準を合わせ猛烈に動いてきた後では、なんと遠い話に思えることか。
「日本で進学するにしろNZで進学するにしろ、あらゆる可能性を残しておくためにもあと2年の高校生活をしっかり送ることね。」
と、ありきたりなことしか言えませんでした。ほんの半年前まではオークランド大学に通う姿を親子で思い描いていたというのに(この話はコチラでも)、話が二転三転した今はどんな姿も思い浮かばなくなってしまいました。

その晩、夕食の時間に電話が鳴りました。その時間の電話は善の友だちか、近所に住む89歳の友人ベットのどちらかに決まっています。善に出てもらおうと思った矢先、夫が「僕が出るよ」と部屋に入りました。すぐに善か私が呼ばれるものと思っていたら、呼ばれませんでした。この時間に夫に電話が入ることはまずないので、
「もしや?」
と思っていると、かなり話し込んでいます。

電話を終えた夫は、
「千葉県の教育委員会からだった。特例で温に願書を出してくれるそうだ。」
と言い、思いがけない吉報にみんな飛び上がらんばかりでした。私は「でかした、千葉県!」と思わず叫んでしまいました。電話を受けた担当者が約束通り上司に相談してくれ、わざわざ国際電話で結果を知らせてくれたのです。「私学か夜学か通信教育へ」という横浜市の返答からちょうど24時間後に迎えた大どんでん返し。千葉県は温に対して可能性の扉を開いてくれました。

温は深く静かに喜びを噛みしめていました。心の芯から嬉しそうです。「がんばる」という一言には夢の実現への期待と、授けられた機会への感謝がこめられていたはずです。一家で、
「千葉県、ありがとう!」
の気持ちでいっぱいでした。こうなったら与えられたチャンスをものにすべく、全力で当たるのみです。
「突っ走ろう!」
私は腹を括りました。

「後で詳細を送ります」の言葉どおり、夜11時半過ぎに教育委員会の担当者から夫宛 にメールが入りました。日本時間で7時半過ぎ。
「公務員でもこんなに遅くまで働いているんだ。うちのために残業させてしまったなら申し訳ないなぁ。」
と夫婦で言いつつ、民間サービスに遜色のない対応に感動しました。一枚の扉が開かれるや、奥に向かって次々に扉が開いていくようで、運命の誘(いざな)いを感じるほどでした。(つづく)

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「マヨネーズ」
現実にはすでに温の入試は終わり、今は結果待ちの状態です。さすがに張り詰めていた気も緩み、先週末からは友人に会ったり、受かったときの新生活のためのセットアップに動いています。  

その中で意外にも温が興味を示したのが、料理。NZではインスタントラーメンを2、3回作ったことがあるぐらいでしたが(しかも素ラーメン)、日本に来てからは真剣です。  

今月7日、私たち2人は揃って誕生日を迎え、温は16歳、私は48歳になりました。友人宅で手作りケーキに迎えられ、一生忘れがたい誕生日になりました。


西蘭みこと 

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