「西蘭花通信」Vol.0487  生活編  〜友情〜                        2009年7月10日

いつものようにチャリティー・ショップでのボランティアの後、頼まれたライ麦パンとチョコレートクロワッサンを買って89歳の友人ベットを訪ねていくと、ベットの友人ジュリア(仮名)もやってきました。彼女は50代後半でベットの友人の娘さんです。友人が亡くなるときに、「娘を頼む」を言われ、以来親子ほど年の違う2人は友だちになりました。

ジュリアはシングルマザーで、家政婦をして生計を立てています。派遣エージェントを通じて紹介された数軒の家を回るのですが、その中の一軒が身寄りのないお年寄りの女性の家でした。掃除や洗濯など身の回りの世話をするうちに、お互い無類の動物好きということもあり親しくなり、雇用関係を超えた友人となりました。彼女は常々ジュリアに、
「私に何かあったら犬の面倒をお願い。」
と頼み、ジュリアはその度に必ず引き取ることを約束していました。

仕事とは関係なく独り身の彼女を訪ね、話相手になったり犬の散歩を手伝ったりしながら、数年が過ぎました。ジュリアは彼女からすっかり信頼され、銀行に行ってお金を下ろしてきたり、貴金属の管理も任されるようになりました。そのうち高齢の彼女は病気になり、日に日に容体が悪化していきました。

(2008年に他界したキウイの友人の日本生まれの柴犬フォックス→

とても聡明で優しい犬でした。彼女も生前は引きとり手をとても心配していましたが、叔父宅に引きとられたようです)


病気が進むと彼女の姪という人から連絡が入り、姪は自分が後見人だと名乗り出ました。いよいよ彼女が入院すると、姪は頻繁にやって来ました。そんなある日、引き続き仕事を依頼されていたジュリアが彼女の家を訪ねると、姪が徹底的に片付けた後でした。何のためなのかわからなくても、彼女がとっておく古新聞をジュリアは処分したことがありません。しかし、姪はそうしたものも含め、いろいろな物を捨ててしまいました。

物の置き場も変わっており、不安に思ったジュリアは彼女の弁護士にこの一件を報告しました。それ以降、病身の彼女からの依頼で弁護士が全権を一任されることになり、これがジュリアに対する姪の心証を徹底的に悪くしてしまったようでした。後日、彼女は亡くなりました。ジュリアは約束通り犬を連れ帰り、その日から面倒を見始めました。

亡くなった彼女は生前に遺書を残しており、その中に思いがけず、
「ジュリアに財産の12分の1を分与する」
という一文が入っていました。連絡を受けたジュリアはとても驚いたものの、彼女の友情と思いやりに心から感謝しました。彼女の不動産は65万ドル相当(3,900万円)の価値があるとかで、ジュリアには5万ドル以上が贈られるはずでした。

しかし、これに異議申し立てをしたのが例の姪でした。彼女はジュリアが犬を勝手に連れ出したと主張しました。犬は姪が引き取る約束だったと言い出したのです。さらに部屋を片付けたときに確かにあったダイヤの指輪が紛失していたとして、ジュリアに嫌疑をかけてきました。その上、亡くなった彼女が過去3年以上全く連絡を絶っていた独り娘も、姪のクレームに便乗してきました。彼女は入院していた病院に娘との面会謝絶を申し出て、一目も会わずに亡くなったというのに!(ジュリアは勘当の理由を知りません)

クレームは派遣エージェントにも送られ、問題を恐れたエージェントは真偽を確かめることなく、契約期間を残したままジュリアの他の派遣先を取り上げてしまいました。ジュリアには弁護士を雇ってクレームに対抗する財力も気力もなく、ただただ亡くなった彼女との友情を惜しみながら、犬だけは手元に置き(なぜか返却も求められませんでした)、エージェントとの契約を自ら解消し身を引きました。

考えてもいなかった遺産金など惜しくはありませんでした。しかし、この不況下に仕事を失ってしまったことと姪や娘の弁護士から届く心無い手紙に大変傷つき、ジュリアはすっかり体調を崩してしまいました。
「管理を任されていたから彼女の宝飾品はみんな知っているけれど、姪の言うようなダイヤの指輪など最初から無かったわ。」
と、つぶやくジュリア。今でも彼女の好きだったバラを持ってときどきお墓参りをしているそうです。

「私たちは友だちだったのよ。」
この一言が、ベットを訪ねる私の心象にピタリと重なります。
たわいもない話をし、
20年も前に亡くなったベットのご主人の逸話に笑い、
猫をなで、
一緒に庭木を眺め、
散歩に付き合っては昔のオークランドの話を聞き、
独り身と病身を嘆く彼女を慰め、
必ず次の電話か会う約束をして帰ってくる――

きっとジュリアもそんな時間を亡くなった女性や、ベットと送っているのでしょう。そこに「友情」以外のなにかがあるとはとても思えません。

亡くなった女性のご冥福とジュリアの再起を祈ります。

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「マヨネーズ」
ジュリアは仕事の面接を受けてきたところでした。話を聞きながら、
「あの〜、ジュリア。もしこのジャケット気に入ったらどうかしら?ボランティアのディスカウントで5ドル(300円)なんだけど。」
私はベットにどうかと思い、ボランティア先から預かってきた刺繍の入ったブラウンのニットジャケットを差し出しました。ベットにはやや大き過ぎ返却するつもりでした。

5ドルは嘘っぱちでした。いくら古着でもこれだけの品をそんな値段では売りません。ジュリアのプライドを傷つけることがないのなら贈ってもいいぐらいでしたが、2回しか会ったことのない彼女がどう受け止めるかわからず、差額を持つことで応援することにしました。

袖を通すとあつらえたようにピッタリで、大振りな刺繍が彼女の金髪によく映えました。偶然ながら3人とも一番好きな色がブラウンでした。

「これで二次面接もバッチリよ!がんばって。」
新たな友情の始まりを感じています。

西蘭みこと

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