「西蘭花通信」Vol.0451  生活編  〜タビの旅立ち:哀しみの朝〜  2007年11月2日

ほぼ1年前から外飼いにしていたクロ猫のタビ。愛猫ピッピを失っての茫然自失からやっと立ち直り始めた矢先、今度はタビが家の前で交通事故に遭ってしまいました。
「"タビちゃんが道の横で洗濯物と寝てる"って、どういうこと?」
と思って門を出ると、右手の芝地にタビが横たわっています。確かにそばに白いタオルが置いてありました。「うちの洗濯物じゃないな」と思いつつ、
「タビちゃん、そんなところに寝てたら寒くない?」
と声をかけながら近寄り、丸々とした愛らしい顔を見たとたん、私は言葉を失いました。

宝石のキャッツアイさながらに輝く、黄金色の眼の1つが、顔から3センチほど飛び出しています。眼球と顔の間は太い貝柱のような白いものでしっかりとつながっています。
「タビちゃん、どうしたの?」
と言いながらも、私は何が起きたのか瞬時に悟りました。すぐに取って返し、
「大変、タビちゃんが交通事故!」
玄関から怒鳴りました。朝のシャワー中だった夫がシャワールームから「何だって?」と怒鳴り返しています。朝食をとっていた息子たちの顔が廊下からのぞいています。

タビちゃん、タビちゃん、タビちゃん、タビちゃん、タビちゃん、タビちゃん・・・・
私はうわ言のように繰り返し、すぐにタビのところへ戻りました。虫の息ですがまだ息があります。抱き上げるとわずかながらも身をよじって降りようとします。信じがたいことに飛び出した眼にはまだ視力があるようで、はっきりと視線を感じました。もう1つの眼は半分閉じています。いつも輝くほど真っ白だった足先には血がついていました。

タビちゃん、タビちゃん、タビちゃん、タビちゃん、タビちゃん、タビちゃん・・・・
私はタビを抱き上げ、
「誰か、タオルと段ボール持ってきて!」
と、ドアが開いたままの玄関に向かって怒鳴りました。内臓が破裂しているかもしれないので、本来であれば動かさない方がよかったのかもしれませんが、動転していた私には抱き上げて家に入れること以外、思い浮かびませんでした。まだ夜は冷えるので、暖めなくてはと思ったのです。その時、背後で声がして振り返るとお向かいの若い奥さん、アリシアでした。

「かわいそうでしょう?その猫。夜中の1時頃、そこの十字路で交通事故に遭ったのよ。ちょうど夫が帰って来たところで、道に倒れているのを芝の上に移動させたの。」彼女が視線を投げかけた先は、確かに血で赤くなっています。「もうSPCA(動物愛護協会)に通報してあるから、あと10分くらいでバンが迎えに来るわ。なのでドライバーから見えるところに置いておいた方がいいわよ。」

夜中の1時ということは7時間近くもタビは冷え込む夜の道端に横たわっていたのです。その場所は私たちの寝室から6メートルと離れていませんでした。壁1つ向こうでタビがそんな辛い思いをしていたと知るや私は泣き崩れてしまいました。私のあまりの取り乱し方にアリシアはやや狼狽気味に、
「知ってた?この猫の飼い主って・・」
と聞いてきました。

(←こんなに美しい眼だったのですが・・・・)


「知ってたわ。野良猫になってからはうちでずっと面倒をみてたの。うちには病気の老猫が2匹いて家に上げられなかったから床下で飼ってたんだけど・・・」
と震える声で答えると、
「そうだったの?!知らなかったわ!てっきりこの辺の近所みんなでエサをあげて、好きなところで寝てるんだと思ってたわ。うちのベランダにも良く来て、ジミー(彼女の2歳の息子)が追いかけ回すんだけど嫌がりもしないでね、辛抱強かったわ。」

ちょうどシャワーを終えた夫が出てきたので、私は家に戻りスーパーでもらってきたバナナの箱(猫は元々段ボールが好きで、普通の箱より浅く出入りしやすいバナナの箱はピッピのお気に入りでした)にフリースとタオルを入れて持ってきました。どれも3週間前までピッピが使っていたものです。タビを寝かせタオルをかけました。こちらに向かって飛び出た目にやはり視線を感じました。じっとこちらを見ている気がしてなりませんでした。

話をしている夫とアリシアの間にしゃがみこみ、私は艶やかな毛に覆われたタビをなでながら小声で話しかけていました。
「タビちゃん、ごめんなさい。こんな大変なことになっていたのに気が付かなくて。痛かったでしょう?怖かったでしょう?寒かったでしょう?どうして道に寝てたの?アスファルトがあったかかったの?よく朝までがんばってくれたわね。どうもありがとう。ごめんね、せめて夜中に気が付いていたら・・・」

息子たちが出てきたので「お別れ」を言うように言いました。2人とも変わり果てた姿に一瞬怯んだようでしたが、しゃがんで言葉をかけ登校していきました。自分で「お別れ」と言っておきながら私はまだ半信半疑でした。眼以外、大きな外傷はなく、「助かるかもしれない」とも思っていました。
「こんなにきれいな猫が片目になるのは本当に気の毒。だけど今度こそうちで飼って、一生けんめい世話をしよう!」
と心を決めていました。哀しみの朝はその時点で、まだほのかな希望を宿していました。(つづく)

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「マヨネーズ」
10月のメルマガの配信は最終的に3回でした。3回以上配信できたのは3月以来です。ピッピのガン再発に気付いた4月以降、いかに非日常を生きていたか。もちろん、最初の頃は普段どおりの生活で外出もすれば、ピッピも自分で食べていました。しかし、自覚がないものの、心の中は普段通りとはいかなかったのでしょう。同時に仕事の方も猛烈に忙しくなり、哀しみや懸念に浸らないよう、天からの配慮があったかのようです。

来週でピッピの四十九日、タビちゃんの月命日。早いものです。

西蘭みこと

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