「西蘭花通信」Vol.0434  生活編  〜12年目の試練X〜       2007年2月21日

(これは連載です。これまでの話は
「12年目の試練」
「12年目の試練U」

「12年目の試練V」
「12年目の試練W」
でどうぞ。

(当時から移民直前まで約7年暮らしたハッピーバレーにある教会。夜になるとステンドグラスがきれいでした→)

寅年の私が36歳を迎えた1998年は、当時暮らしていた香港のみならずアジア全体が金融危機でボロボロになった年でした。日本も例外ではなく、97年の山一證券や北海道拓殖銀行の経営破綻でいつ晴れるともしれない金融不安が厚い雲のように垂れこめ、円安が進んでいました。大変な時期に試練の年といわれる、干支の最終年を迎えてしまったものです。しかも、女の36歳は厄年でもあるそうで、私はかなり腹をくくっていました。

覚悟していた年明け早々のリストラは、直後に希望していた職種への転職というアクロバット的な展開で「吉」と出ました。
「厄年といってもこの程度。年女も捨てたもんじゃない。」
私は完全に高をくくっていました。ところが、実際の問題はリストラどころではありませんでした。香港に進出していたとある日系企業の資金繰りが怪しくなり、不本意ながらも資金を貸し出したことで、思いもかけない金銭トラブルに巻き込まれてしまったのです。今考えても浅はかだったと認めざると得ませんが、あれこそがどうしても乗り越えなくてはいけない試練だったのです。

資金を提供していたはずの私たちが、なぜかインターネットの裏情報サイトで、夫が「会社のカネを使い込み」、私が「株で運用している」と書き込まれてしまいました。書き込んだ主は知りようもありませんが、夫の個人情報がかなり細かく書かれていたことから、関係者から話を聞いた部外者が興味本位で書いたもののようでした。これまでの人生で味わった最悪の不条理。夫が傷つくのは承知の上で彼にもリンクを転送しました。

「借金を踏み倒そうとしている。」
私の頭の中で鐘がガンガン鳴っていました。まるで火事を知らせる火の見やぐらの鐘のようです。この手の勘はまず当たります。実際、融資していた企業の態度は日に日に硬直し、資金繰りがいよいよ厳しくなっているのが手に取るようにわかりました。そのうち、
「金を借りた覚えはない」
「借用書はでっち上げ」
「それ以上言いがかりをつけると訴える」
という耳を疑うような展開になってきました。

私たちは住み込みのフィリピン人のお手伝いさんに正直に問題を打ち明け、協力を仰ぎました。彼女は涙ぐんで口惜しがりながら全面的な協力を約束してくれました。4歳になっていた長男・温にも、 「大事なおもちゃを貸してあげた子が、そんなの知らない、借りてない、って言って返してくれなかったらどうする?」
と、親がどんな状況に置かれているかをできる限り丁寧に説明しました。
「1人でも多くの人を味方につけなければ。」
必死でした。

友人知人にも金銭トラブルに巻き込まれてしまった事実を積極的に知らせ、私たちに関する良からぬ話を聞いたらぜひ知らせてほしいと頼みました。それまでは相手の企業のこともあり、資金を提供していることを誰にも言ったことはありませんでした。しかし、もはや「沈黙は金」ではなくなっていました。相手の態度が一変して以降、親しい友人から、
「○○さんが、西蘭さんたちがお金に困ってるらしいって言ってた。」
という話を聞きました。私たちは○○さんに1度しか会ったことがなく、ほとんど面識のない人でした。噂が独り歩きを始めていました。行動を起こすべき時です。しかし、企業相手に一個人がどうしたらいいのでしょう?

毎晩毎晩、夫婦でどれだけ話し合ったことでしょう。同僚を通じて弁護士を紹介してもらい、政府の法律相談所で別の弁護士にも会いました。頼りになりそうな友人に片っ端から連絡をとり、東京やシンガポールまで電話をかけまくりました。その結果、
「相手の資金繰りは相当悪い」
「個人による企業相手の訴訟は事実がどうあれ個人に不利」
「訴訟に持ち込んだ場合、勝訴しても私たちの金銭的・精神的負担がかなりになる」
など、多くのことを学びました。個人の問題で弁護士に会うなど生涯初めての経験でした。

仕事の方は、98年の終わりに合併することになってしまった転職先から再び転職し、それなりに順調でした。しかし私生活はさんざんで、出口が見えないまま年が明け99年を迎えました。2月に37歳の誕生日を迎え、私の年女も厄年も終わったはずでしたが、目の前には暗闇が広がるばかりでした。3月に入り、それまで夫任せにしていた相手との交渉にたった1度だけ加わりました。相手の社長の東京の自宅に電話を入れ、直談判に出たのです。

まず挨拶と自己紹介をし、提供した資金の半分は私のものなので、借用書上に名前はないものの私も資金提供をしていることを告げ、その上で返済を求めると、
「奥さん、あなたもかわいそうだね〜。西蘭に言いくるめられたんでしょう。ボクも被害者なんで気持ちはよーくわかる。口惜しいですよね。とんでもないヤツですよ、あいつは。一緒に正義のためにがんばりましょう、ねぇ、奥さん。」
と言われました。

「私は被害者ではありません。債権者です。貸したお金を返していただきたいのです。」
と答えた瞬間、相手が電話の向こうで固まるのがわかりました。金融機関の人間でもなければ、普段の会話にそうは使わないであろう"債権者"という一言が資金繰りに追われる社長の神経を鷲づかみにしたことは想像に難くありませんでした。これは彼にとり、"取り立て"と同義語だったはずです。
「アンタ、誰に何言ってのか、わかってんだろうな!」
電話の声は同一人物とは思えないほど凄んだものになりました。(つづく)

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「マヨネーズ」

「さっさと書かないと、次の年女48歳になっちゃうよ〜☆」
と、自分で自分に喝を入れて書いております
^^; 再び配信滞り気味で、すいませーん(伏)

西蘭みこと