「西蘭花通信」Vol.0403  NZ・生活編 〜二都物語 ナイトメア編〜  2006年7月1日

7人制ラグビーの国際大会「ウェリントン・セブンス」の初日。吸い込まれそうな青空の下、レモンイエローの座席が映える「ウェストパック・スタジアム」は光源のように輝きを放っていました。天気も気分も上々で、これを翳らすものなど何一つ思い浮かびませんでした。グラウンドには選手の姿も見え始め、私たちの興味はそちらに注がれていました。
    (鮮やかな座席。手前は荒削りなプレーが魅力のケニアチーム→)

「ここって、ファミリー・スタンドでもお酒が飲めるのね。」
そんな事に改めて気づいたのは、何試合かが終わってからでした。周りの大人はビールかワインかソフトドリンクか、とにかくスタジアム専用のプラスチックボトルを手にした人たちばかり。ほとんどはアルコールを飲んでいます。まだ始まったばかりだというのに、階段席ですから私たちの周りにも空のボトルが転がってきていました。

10年以上通いつめた「香港セブンス」で定席にしていた家族連れの集まる3階席も、ニュージーランドに移住してきてから15人制ラグビーの試合があるたびに出かけているオークランドの球場「イーデンパーク」のファミリー・スタンドもアルコールが厳禁なため、私たちは屋外といえどもビールの匂いが立ち込める中で観戦したことはほとんどありません。しかし、子どもたちは気にも留めていない様子で声援を送っていました。

その間もコスプレ集団が何組もやってきて、
「あっ、ここ空いてる。すぐに○○たちを呼ぼう!」
と、携帯電話を取り出し、
「あっ、○○?こっちけっこう空いてるよ。えーっと、席の番号は・・・」
とみな同じことをしています。全席指定のはずなのになぜ空席を探しているのでしょう?
(子どもの姿などまったくない一般席。まっ、ご自由にどうぞなんですが→)

中には、
「あなたの席何番?この辺は何番の席なの?」
と電話をしながら、聞いてくるグループもありました。初めは丁寧に答えていましたが、彼らが目の前に立ちはだかって試合が見えないばかりか、友人が見つけやすいようその後もずっと立っているということがわかり、次第に、
「自分の席に座ったら。」
と相手にしないことにしました。

気が付けば周りをグルリとコスプレ集団に囲まれ、到着した時に何組かいたはずの家族連れはほとんどが姿を消していました。みな2日間の通し券を持っているはずなので、予選といえどもNZを含めたん強豪チームの試合も見ずに、開始後1、2時間で帰ってしまったとは考えられませんでした。試合自体は夜7時過ぎまで続くのです。これはどう見ても席を移っていったと見るべきでしょう。コスプレ集団はひっきりなしにやってくるばかりでなく、同じ勢いで立ち去っていく人たちでもありました。常に2,3人から十数人のグループで動き、来る時も去る時も、ほぼ全員がアルコールを手にしています。
(他と見分けがつかないファミリー・スタンド。子どもの姿はほぼ皆無に→)

「ちょっと席を替わってくれない?」
「もっと奥に詰めてくれないか?」
だいぶ席が埋まってきた頃を境に、今度は盛んに声をかけられるようになりました。
「ここは私たちの席なんだけど。」
と断ると、
「OK」
とあっさり引いていくグループから、
「Why?(なんで?)」
と食い下がるグループまでさまざまでした。

Why?―― 
こっちが聞きたいくらいでした。自分の席に座っていながら、どうして他人と替わらなくてはいけないのでしょう。理由は簡単です。私たちは通路に近い出入りしやすい席にいたので、絶え間なく移動していく彼らには都合がいい場所だったのです。

「指定席とは名ばかりで本当は自由席なのね。これじゃ何のためのファミリー・スタンドかわからないわ。
その苦い事実を認めざるを得なくなっていた頃には、前の何列かが総立ちとなり試合がまったく見えなくなってしまいました。8歳の小さい善などとっくに何も見えず、階段の先の方で一人で立って見ていました。
「見えないんで座ってくれませんか。」
と何度か声をかけたものの、一瞬でも座ってくれればいい方で、後はニヤニヤしながら
「そっちも立てば?」
と言わんばかりの視線を投げかけられるのがおちでした。

スタジアムまで足を運んでいながら試合が見られない―― 
大概のことには鷹揚な私たちもここに来て、事態の深刻さに愕然としました。自分たちも"よりよい席"を求めて、彼らのように移動すべきなんでしょうか? せっかくこんなにいい席を手に入れていながら? 夫とも相談しましたが、
「それは本末転倒だろう。」
と留まることにしました。となると、後は果てしない我慢比べです。大柄のキウイがいろいろなものを着込んだり被ったりして、ここぞとばかりのコスプレに出ている隙間から試合を観るなど至難の業です。

けっきょく、私たちも立ち上がったり階段に出たり・・・。
子どもも椅子の上に立ったり、前の方へ見に行ったり・・・。
その間も絶え間なく人が行き来し、その度に席を立って彼らを通し、今度は通した人数だけの別のグループが出てくるのを再び立って通し・・・。
やっと全員が落ち着いたかと思うや、今度は数人が出てきて代表でビールを買いに行き・・・。

夕方にかけて一段と人が増え、彼らのアルコール摂取量が増すと状況は一段と悪化してきました。もう5分と続けて座ってはいられず、絶えず声をかけられ、彼らが運び込む大量のビールやケチャップがたっぷりかかったフライドポテトをかけられないよう、立って身を避け・・・。 試合は佳境に入っていくというのに、それどころではありませんでした。

「なんてみじめなラグビー観戦!」
失望と怒りと、とっくに無言になっていた子どもへの不甲斐なさで、私は絶望していました。ここに来ることを移住前から楽しみにしていたというのに。毎日インシュリン注射を打たなくてはいけない老ネコを、意を決して預けてきたというのに。

何よりも失望したのは、選手への敬意などひとかけらも感じられない野次や無遠慮の蔓延でした。緊張が高まる試合前のウォーミングアップ中の彼らの間に割って入る若い女性。それを笑って見ていながら制止もしない警備員。
「なにが"イベント・ピープル"よ、ふざけんじゃないわよ!」
この国で、初めて怒りが心頭に達する思いを味わいました。
(つづく)

相変わらずゲホゲホしてますが、なぜか立て続けの更新´。`; これまでの話はリンクからどうぞ。
「二都物語 ウェリントン編」 
「二都物語 ホスピタリティー編」

「二都物語 ホームシック編」

「二都物語 コスプレ編」 
「二都物語 スタジアム編」 


西蘭みこと