「西蘭花通信」Vol.0393  生活編 〜走る人体実験−用意さえ出来ていれば〜  2006年4月26日

前回は、
「しばらくして、また何か変化を感じたり、おへそがピンと縦べそになったりした時にはご報告しましょう。」
と締めくくりました。特に変化もなく、おへそもピンとはほど遠い状態ですが、急きょ続きを。というのも、思いがけず大学時代の仙人系友人、ウニオくんから興味深いコメントが寄せられたので、本人の許可をもらって転載します。

人がエネルギーを取り入れる方法は、
大きく言えば二つ。
それは食事と呼吸。

呼吸法をマスターしたヨギ(ヨガマスター:みこと注)や仙人は
何日も食べないで平気だと言う。
僕の知り合いでも、一年間ヨーグルトやこんにゃくドリンク、
水だけで通した人がいる。
あるインド帰りの女性は、一日一個のオレンジだけで
十分だと言った。

人が活力の元にしているのは、栄養や酸素そのものじゃなく、
インドではプラーナと呼ばれている、食物や大気に満ち満ちている生命エネルギー(エーテル)のことらしい。

命ある食べ物は、エーテルが強いし、正しい呼吸法は
たくさんのプラーナを取り入れる。

自然―その多くは植物―は、エーテルそのもの。
動物と違って基本的にアストラル体(感情・思考・意思)がないから。
その分、純粋に生命エネルギーで満ち溢れている。
自然は相手を選ばないし、自分と他者を比較することもしない。
美しい風景や自然、それだけでなく、美しい笑顔、美しい涙、美しい声、美しい出会い、美しい場所、美しい絵、美しい関係 
    (満たされるような光景。ポイント・イングランドにて↑)
―― すべての純粋な美にはエーテルが満ちている。
僕等は用意さえ出来ていれば、それらから十分なエネルギーを
受け取ることができる。

純粋な感動と充実感に包まれているとき、人は余計な欲望を感じない。
心から充たされているときに、必要以上の食欲を感じることはない。
逆に言えば、それほどに現代人(少なくとも先進国と呼ばれている国に住む人種)は
食べ過ぎている。
ストレスから、充たされない想いから、過食が日常化している、とも言えよう。
現代病の大半は、食べ過ぎのせいだと聞いた事がある。
(以上、ウニオくんのメールから)

この手の話は、
「もう常識。ここに書いてあることは全部知ってる。」
という人から、
「1日1個のオレンジで生きるだなんて新興宗教?なんだか怪しい。」
という人まで、意見が180度分かれることでしょう。私自身はと言えば、香港時代は知識としてこういうことを学びつつも、
「そういうことってあるんだろうな〜?」
と、ぼんやりと遠巻きに肯定する程度でした。なにせ実感がないので「そんなの常識」とはとても言えませんでした。

ニュージーランドに移住後、これまでメルマガでもたびたび書いてきたように、時間に余裕が出てきたせいか周囲に目を配れるようになり、その周囲たるやオークランドの住宅地ともなれば水や緑に溢れる場所で、どっぷり都会暮らしを続けてきた私にもわかりやすいかたちで、さまざまな変化を感じるようになりました。小さな変化でも何度も同じことが起きれば、鈍った感性も多少は目覚めるというもの。

「これはしない方がいい―した方がいい」
「ここには行った方がいい―行かない方がいい」
ということに、自分の意思とは関係なく"気づく"ようになった気がします。1年前に書いたメルマガ「地の利・天の利」ではそんな発見を記しました。

そんな日常の中、プラーナ、エーテル、アストラル体といった聞きなれなかったカタカナ言葉が少しずつ生活の中に入り込んできたのを感じています。こうした言葉は他の言葉に置き換えにくく、プラーナは「気」とも言えそうですが微妙なズレも感じ、今ではプラーナと呼ぶ方が性に合ってきました。(日記「さいらん日和」の「プラーナと遊んだ日」ご参照)それらの存在をおぼろげながらも認め始め、理解が実感へと変わりつつあるのかもしれません。

ですから、今の私はウニオくんの言う、

「すべての純粋な美にはエーテルが満ちている。僕等は用意さえ出来ていれば、それらから十分なエネルギーを受け取ることができる。」

という言葉に大きな希望を感じます。現在のいわゆる経済先進国では飽食が蔓延し、その結果、子どもにまで及ぶ不健康、肥満や老いへの病的なまでの恐れにより、途方もない無駄と無理が渦巻いています。
「痩せたいけど食べたい」
はつい最近までの私自身の姿でもあり、私もまた無駄と無理の渦中にありました。

しかし、移住を契機に生活を一変させ、とりあえず無駄と無理からは抜け出しました。1日2000円の生活費で一家とネコ2匹が暮らしているのですから(詳しくはメルマガ「2000円暮らし」をどうぞ)、無駄などあろうはずもありません(笑) 同時にこんな生活を望んでいたわけですから無理というものもなく、心から楽しんでいます。そして今、自分の足で走り始め、体力という金銭に換算できない貯金を溜め始めて気づいたエネルギーの存在――すべてが有機的につながっているのを感じます。からだの声を聞きながら、まだまだ実験は続きます。(今度こそ不定期でつづく)


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「マヨネーズ」
ウニオくんのことは前に「さいらん日和」(8月24・25日分)でも書いたことがあります。風貌も物言いもまんま仙人風で、普通の人ができないことや見れないことができたり見れたりします。東京での在学中は普通の人風に暮らしていましたが、かなり辛かったことでしょう。今は真の姿を偽ることなく自然に暮らしているようです。

「メルマガに載せるのはいいけどさ、"アストラル体"とか書いちゃっていいのかい?」
と心配してくれるところや、
「ジョギング始めて、なんでお腹が空かなくなるかあ??普通は体内の代謝が良くなって、消化力もアップして、やっぱりお腹空くだろ、普通?」
と、普通の人を装う発言が妙に可笑しかったりします。大丈夫、私は偽る必要がない凡人だから真正直ですよ。

西蘭みこと