Vol.0380  NZ編 〜すべての道はパシフィカに〜           2006年3月12日

「そっちのレーンに入れてくんないか?」
窓を全開にした左のクルマの若いドライバーが話しかけてきました。数百メートル先の玉突き事故現場を前に、お互いかなり低速走行だったとはいえ、そこは高速道路。話しかけられるなど、思ってもみませんでした。夫が一段と減速すると彼は私たちの前のクルマにも声をかけつつ、更にその前に入っていきました。開いた窓からはボリュームいっぱいの音楽が流れています。周りには大音量の音楽を流しているクルマが、他にも数台ありました。

「行く前からパシフィカだな。」
夫の一言に思わず苦笑してしまいました。まったくその通り。速度を緩めて初めて、周りが私たちと同じ一所に向かっていることに気付きました。
パシフィカ ― Pacifika 
すべての道はそこへ向かっていたのです。

パシフィカとは、毎年3月にオークランドで開催されるポリネシアンの一大イベントです。ニュージーランドの先住民族マオリの参加もありますが、実際のところは南太平洋にルーツを持つパシフィック・アイランダーの祭典で、主役はどう見ても「アイランダー」と略称される、彼らです。会場となる大きな湖のある野外公園は、サモア、フィジー、トンガ、ニウエ、ツバル、クック・アイランドなど島ごとにエリアが設定されており、各入り口の巨大なゲートをくぐる時には、ふとその国へ入国するような錯覚にかられます。 (こんなゲートに迎えられて→)

私は去年初めてこのイベントを知り、民族芸能やポリネシアン料理を堪能し、大いに気に入ってしまいました。芸能と言っても正直、芸術性を問うような洗練されたものではなく、教会で歌ったり踊ったりしているポップな歌やダンスに混じって、伝統的な踊りが披露されるといったあんばいで、非常にカジュアルでアットホームなものです。パフォーマーはそれなりに着飾っているものの彼らの素顔に近い内容で、温かみと親しみに満ちています。

ではアイランダーの素顔とは、どんなものでしょう? 一般論と近所での経験からかいつまんでみると、まず圧倒的に大家族です。子どもが5、6、7人と非常に多く、成人している子から小学生や乳飲み子までが一つ屋根の下で暮らしていることも珍しくありません。結婚が早く、10代で親になる場合も多いので、絶えずたくさんの人が同居したり出入りしたりしており、それはそれは賑やかです(笑) 家族が多いので子どもはよく家の手伝いをし、妹や弟、果ては甥や姪の面倒をみ、買い物に行き、しっかりしています。

アジア人の血を引く人が多い一部のサモア系を除いて、全体的に西洋人より大柄、骨太で、重量級の人が目立つのも特徴です。しかし、体重100キロ以上でも、ラグビー選手のように短距離走の選手並みのスピードで走れたりするので侮れません。もちろん、ただの肥満も多く、糖尿病、高血圧、心臓病など生活習慣病が民族的な健康問題になっており、国が啓蒙活動に躍起になっているのも事実です。

身体が大きく、家族も多いとなると、存在そのものが"ビッグ"です。百聞は一見にしかず。この国で暮らし始めるや、まずこの点を実感しました。自家用バンから、何人もの大人や子どもがゾロゾロ降りてきて、そのうち何人かは赤ちゃんを抱いているなど、その典型でしょう。ビーチに繰り出しても、一家分のスペースだけで敷物を何枚もつなげてちょっとしたリビングルーム並みの広さになっていたりしています(笑)

ビッグな彼らは飛び切り温かい人たちでもあります。大家族のせいか子どもでも人見知りせず、社交性に長け、東洋人を珍しいと思えば臆せず話しかけてきます。肌の色が濃い人の特典でクリクリとした大きな目の輝き、特に子どものそれは視線を交わした時に思わずドキリとさせられるほどきれいで、肉厚な唇とともに引き込まれるような笑顔を作ります。たどたどしい英語で話しかけても、一度として相手にされなかったことがありません。
(←笑いあり、手拍子あり、野次ありのトンガのパフォーマンス)

西洋社会が生まれた時から子どもを1人で寝かせるように、徹底的に「個」を重んじるものであるとすれば、彼らはその対極にいます。川の字どころか幾筋もある中の最も新しくて短い筋として子どもを迎え、一族という「集団」を重んじていく価値観は、遠く島を離れてもしっかり息づいています。教会や親族の集り、民族的なつながり、果てはパシフィカのような機会で、民族を超えた共通の文化・習慣・食事・言語(島が違ってもかなり似ているとか)を見出し確認することで、連帯感を強めていく彼らのやり方は、ニュージーランドという西洋社会にあっても脈々と受け継がれています。

私には、生まれたばかりの息子を赤ちゃん専用のトランシーバーを枕元に置いてでも別室に寝かせるという発想がありませんでした。(アメリカ人の同僚に強く勧められましたが)。かといって家族がとりわけ深くつながった家庭で育ったわけでもなく、大学に入るや当然のように家を出てしまいました。この国で暮らし始め、二つの社会の強烈な個性の狭間で、初めて自分のアイデンティティーの希薄さを自覚したのか、私はアイランダーの価値観に急速に惹かれていきました。家を出て20数年、「個」で生きることにすっかり慣れた身には、ビッグな彼らが目が覚めるほど新鮮で、懐かしかったのです。

今年のパシフィカもお天気に恵まれ、素晴らしい1日でした。朝から終了時刻間際まで公園内をあちこち移動しては、めいっぱい楽しみました。来年もまた、いそいそ出かけていくことでしょう。相変わらず危うい、ふわふわしたアイデンティティーを携えて・・・。


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「マヨネーズ」 ウェリントンの話は途中、香港のみやげ話は手付かず。どーしましょう?

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西蘭みこと