Vol.0369  生活編 〜聖夜の4分〜                   2005年12月24日

目を閉じると、はっきりと浮かび上がってくる情景。天窓にステンドグラスがはまった高い天井。そこは賛美歌が響きわたる教会。たくさんの参列者の間を、大きな花輪を載せた長い箱が見え隠れしながら運ばれていきます。両脇から箱を担う男たち。重そうな真新しい棺が、うつむき加減の人々の間を縫うように通り過ぎていきます。

行く手には扉が開いた教会の入り口。午後の明るい日差しが一束の光となって差し込んでいます。棺を誘(いざな)うように敷かれた光の絨毯。その上を男たちは歩いていきます。棺が過ぎた後の空間を喪服の参列者たちが埋め、逆光を浴びた黒い塊が教会を出て行きます。肩を落とし、目頭をハンカチで押さえ、普段より一回りも二回りも小さく見える人々。

「行ってしまう。」
無数の黒い背中に隠れて、棺が見えなくなった瞬間、ぼんやりと眺めていた情景が急に焦点を結びました。しかし、その中心となるはずの棺はまさに今、見失われてしまったのです。
「これで終わり?まさか?」
居ても立ってもいられなくなり、一塊の人々に詫びながら、押し分け押し分け前に出ます。
「信じられない。もう会えないの?」
なかなか前に進めません。
「エクスキューズ・ミー」(すいません)
「エクスキューズ・ミー」

やっと棺を担う男たちの背中が見え、その間を進む角ばった棺も見えます。中にはあの人がいるのです。
「連れて行かないで。どこにも連れて行かないで。」
喘ぎながら近づき棺に手をかけようとした時、後から誰かに手を取られ、そっと抱き留められました。
「逝ってしまったんだ。もう、戻れない。」
棺は一瞬にして手が届かないほど進んでしまいました。
「止めてぇぇぇ!その人は死んでない。ただ眠ってるだけぇぇぇ」
虚しい声が教会の前庭の明るい日差しに吸い込まれていきます。

ザッザッザッザッ。
掘り起こされたばかりの香り立つ柔らかな土が穴に戻され、あの人の横たわる箱がだんだん見えなくなっていきます。足が、腰が埋まり、胸、肩そしてとうそう頭も土の下になりました。深い穴の中、本当に手の届かないところへと葬られていくのです。
「信じられない。これで終わるの?どうして?どうして?どうして?どうして?」

こんな風に終わるのなら、言っておきたかった、たくさんの「ごめんなさい」。
もっと言っておきたかった、たくさんの「ありがとう」。
そして、言い尽くせないほどたくさんの、「愛してる」。

二人の時間がずっと続いていくと信じていたからこそ言えなかった、「ごめんなさい」。
ここで謝ってしまうのは悔しいと、心のどこかで意地を張り、とうとう言い出せなかったその一言。
今なら言える、何百回でも。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
あなたに直接謝りたかった。
今や、そんなことさえかなわないなんて。

二人の時間がずっと続いていくと信じていたからこそ言えなかった、「ありがとう」。
黙って受け入れてくれる優しさが身にしみていながら、とうとう言い出せなかったその一言。
今なら言える、何千回でも。
「ありがとう。ありがとう。ありがとう・・・」
あなたの優しさに、存在そのものにありがとう。
今や、そんなことさえかなわないなんて。

二人の時間がずっと続いていくと信じていたからこそ言えなかった、「愛してる」。
愛していることも愛されていることも空気のように当たり前になっていて、とうとう言い出せなかったその一言。 今なら言える、何万回でも。
「愛してる。愛してる。愛してる・・・」
どうして、この言葉を雨のように降らすことができなかったのでしょう? ずっと愛していたはずなのに。
今や、そんなことさえかなわないなんて。

これから幾万の後悔と愛惜を抱いて、幾年の時間をひとりで生きていきます。あなたがいたら二人でできたたくさんのこと、二人で行けたたくさんの場所、二人で育めたたくさんの愛をひとりで大切にしながら、一緒に生きた思い出を心の墓標として、ひとりで墓守を続けていきます。雨の日も風の日も、病んでも老いても、一緒に生きられなかった時間をひとりで生きていきます。それが後に残った私にできる、唯一のこと。
「フォアギブ・ミー」(ゆるして)
「フォアギブ・ミー」

目を開けると、そこはいつもの部屋。あの人がソファーにいます。暖かい部屋にはスローなクリスマスソングが流れ、これといった予定もないまま、二人で過ごす何気ないひと時。こんな時間がどれほどかけがえのないものか、聖夜のたった4分のイマジネーションは教えてくれます。こうしてまた1年を終え、新しい年を迎えられる幸せ。もめ続けたわだかまりも、許せないと思った裏切りも、「二度と信じない」と思った自分の弱さも、足跡のように置き去りにできそうです。

素直になって謝ろう。
勇気をもって信じてみよう。
多少のことがあっても二人でいられる以上に大切なことはないのだから。
一緒の時に感謝するのであれば、それを曇らせるものは部屋の外の木枯らしに流してしまおう。
今年もありがとう。
今日のこの日を一緒に過ごせてありがとう。
今ならこの一瞬にさえ、感謝できる。

穏やかに今年を締めくくり、素晴らしい年を迎えましょう。
そしてこれからも与えられた時間を慈しみながら、肩を並べて生きていきましょう。
愛しいあなたに、メリークリスマス。

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「マヨネーズ」 聖夜に二人でこっそり、タイ産の辛〜いインスタントラーメンを食べてる西蘭夫婦で〜す^m^
西蘭みこと