Vol.0365  NZ・経済編 〜金利の朝・為替の夜W〜        2005年12月7日

明日12月8日、ニュージーランドは今年最後の「金利の朝」を迎えます。度重なる警告を発していたドクター・ボラードのみならず、今では、比較的楽観視してきた民間銀行(ごく一部にタカ派も)、シンクタンク、OECD(経済協力開発機構)、世界的な発言力を持つ米投資銀行や格付機関までが、ニュージーランド経済の見通しに悲観的になっています。

「緩やかな調整」などというマイルドな表現が消え、代わって「NZ経済は来年、"急速に減速"する」(ゴールドマン・サックス)という断定的な表現が臆面もなく出てくるようになりました。ほんの10月上旬まで、「利上げは十分。景気は抑制されており、金利は当面高止まり」と言っていた国内のハト派も、最近ではタカのお面を被って出歩いています(笑) 

原油を始めとする世界的な資源高の中、南半球諸国を筆頭にここ数年は資源を持つ国にスポットライトが当たってきました。今では金までもが記録的な値上りとなっています。NZは鉱物資源こそ限定的ですが、食肉、乳製品、羊毛、木材、魚介類といった資源の一角をなす一次産品の輸出国です。経済規模が小さいため常に資金の供給が需要に追いつかない高金利体質、オーストラリアと違ってテロの脅威がない平和な国というイメージで、世界的な景気鈍化で運用先に悩んでいた外国人投資家にとり、理想的な投資先となりました。

実際、彼らがほんの一部の資金を投入してみるや、規模の小ささもあって見る見る通貨が上がり、高金利に漏れなく為替益までついてきて予想以上の高利回りを手にすることができました。好調な運用成績は追加資金や新たな市場参加者を呼び寄せ、資金が押し寄せてきました。しかし、それらは高い利回りを求めて世界中を瞬時に移動する足の速いカネで、NZ経済に根付く企業投資などには向かいませんでした。

キウイたちは「足長おじさん」からの恩恵もあり、急に金回りがよくなりました。条件さえ合えば頭金がなくても住宅ローンが組めてマイホームが手に入るようになり、気軽に海外旅行へ行き、洒落た輸入品を思う存分買い、あっという間に中流社会の仲間入りを果たしました。夫婦共働きが実現して世帯収入が2倍になるなど、ここ2、3年で生活が大きく変わったキウイは相当いることでしょう。

がんばって働いて金持ちになり、稼いだお金を遣って豊かな生活を実現する―― それ自体は素晴らしいことです。しかし、移住以来、厳密に言えばその前から、密かに気になっていたことがありました。そこが私の中でクリアにならない限り、この豊かさを諸手を挙げて歓迎できないばかりか、それから距離を置いてみたいとさえ感じていました。その疑念とは、「労働生産性」です。

硬い言葉ですが、1人の労働の結果、単位時間当たりにどれだけの生産量や価値が生み出されるかを測る数字です。生産性が高ければ高いほど、労働力が効率的に活用されていることになります。1時間で10台の機械が組み立てられる人と、3台しか組み立てられない人では、前者の方が効率が良く、高い報酬を得るのは当然でしょう。

実際に暮らし始めたNZで真っ先に感じたのは、景況感と労働生産性のギャップでした。例外はあるにしても、社会全体に残業をする習慣がなく、平日の4時半から始まる子どもラグビーの練習に、驚くほど大勢のパパがラフな服装で集まってきます。ボランティアのコーチを引き受けた夫が、「ボクもそう思われてるんだろうけど、みんなどんな仕事してるんだろうね?」と苦笑するほど。思った以上にサラリーマンが多かったのにも驚きでした。

(平日の昼間の水泳大会にもパパがこんなに集まります。個人的にはとても好きなライフスタイルです。うちももちろん夫婦で参観→)

この他にも、法律で保障されている休日出勤の手厚い手当て、西洋社会的な長期休暇、年末年始の官民ともども2週間の休み、果ては1日であれば医師の診断書がなくても病欠が認められるため、「月曜日のズル休みをどうするか」という話題が新聞で取り上げられる事実―― これらは良し悪しにかかわらず、労働の効率化とは逆行しています。限定的な労働生産性の伸び(実際、過去15年間で1%しか改善していません)、外貨の稼ぎ頭である輸出業者の苦戦を考えると、「この景況感はどこから?」と首を傾げざるを得ませんでした。

その結果行き着いたのが、歴史的な低失業率で妻も働きに出るなどして世帯収入が増えたこと(これは世帯当たりの労働時間が増えただけで、効率化を意味しません)、「足長おじさん」のおかげで借入が容易になったこと。その二つが結びついて不動産投資が進み、資産インフレが起き、見た目の資産価値が上がったこと、という筋立てでした。

借り物の豊かさ―― そう信じられた時、私には無縁のものだと感じました。(ここから先は「キウイベアの冬支度」の通りです)借りたものはいずれ返さなければなりません。住宅ローン、割賦販売で買った商品、クレジットカード残高、ボーナスを当て込んで使い込んでしまった生活費、大学進学を支えた学生ローン・・・。本当に必要だったものも、さして必要でなかったものも、返済しなくてはいけない点では一緒です。明日の朝が明けた後も見慣れた風景がずっと続いていくことを祈りながら、「足長おじさん」たちを見送る日が近づいているのを感じています。(完)


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「マヨネーズ」 普通、ここまで市場の見方が揃った時にはそうそうパニックは起きないものです。ただし、市場参加者の自覚がないままFXのレバレッジを上げていたり、夫婦共働きを大前提に住宅ローンを借り、景気悪化でどちらかが職を失ったりすれば、何か起きたときの個人の動揺は大きいかと思います。シートベルトをしっかり締めていきましょう。

西蘭みこと