Vol.0356  NZ・生活編 〜21世紀のその日暮らしX〜      2005年11月2日

「仕事をしてみないか?その、永住権のためじゃなくて、本当に今うちの会社で、香港や台湾、中国、韓国、日本市場がわかる人を探してるんだ。」

アプリコットでスタッフィングされたスプリング・チキンに、大好きなかぼちゃとブロッコリーが添えられたメインディッシュを食べながら、キウイの友人にこう切り出された時は、狐につままれたようでした。まったく予期していなかった身に余る申し出に、英語が一言もわからないかのように、ただただ呆気に取られていました。
                   (友人お手製のスタッフド・チキン。お楽しみの時→)

彼のいう仕事とは、ある業界向けのコンピュータソフトの販売でした。特殊な業界の特殊なソフト。私が携わってきた金融業とは、どんなにこじつけても結びつかない業種ですが、アジア・ビジネスとなるとぐっと身近です。日本、香港、台湾には住んだことがあり、中国も広告代理店に勤務していた時、さんざん出張していた場所です。土地勘もあれば、現地の人との商談・接待も、ずい分とやりました。売るものが広告からソフトに代わるだけで、思ったほど突拍子もない話ではなさそうです。

その2ヶ月前の今年3月、私は自分名義でニュージーランドの永住権を申請し、4月には移民局で面接を受けていました。担当官は提出した書類をめくりながら、
「これで仕事があればね〜、絶対に永住権が出せるんだけど。働いてみる気はない?たった3ヶ月でいいのよ。」
と残念そうに言い、職業欄が「自営業」となっていることが受け入れられない様子でした。彼女の反応を見る限り、私の申請への答えは「NO」でした。

これに先駆ける昨年12月、移民局は永住申請条件を緩和し、雇用のない申請者でも条件さえ合えば、永住の道を開くことを決定していました。私はこれにより申請資格ができたと判断し、急きょ自分の名前で申請してみることにしました。それ以外は当初の計画通り、在宅で夫とともに自営業を営むつもりでした。そのため担当官が、「あなたは条件を満たしている」と言いつつも、雇用を要求してくることが解せずにいました。

彼女が二の足を踏んでいた一番の理由は、私の申請を認めれば、担当している案件の中で雇用がないまま永住権を出す第1号となるからです。彼女が前例を作りたがっていないのは明白でした。
「雇用がなくても例外的に認めることもあるけれど、基本的には雇用が条件よ。あなたのケースは例外にならない。」
と何度も言われ、
「とにかく仕事を探してみて。こっちも検討してみるけど。」
というところで、面接は終わりました。

夢にまで見た永住権。起業をすべて夫に任せ、私が外で仕事を見つけさえすれば、手にできるのはほぼ確実でした。担当官が求めていたのは雇用契約書だけでした。彼女にしてみれば、その一枚ですべての必要書類が揃うことになるのです。
「またサラリーママに戻る?毎朝スーツを来て、シティーのどこぞに出社する?しょっちゅう日本や香港に出張して"安全で安定した将来性のあるニュージーランドに投資しませんか?"とでも言って富裕層の資金をかき集めてくる?」

「ありえない。」
私はひとり小さく頭を振りました。

友人にはその辺の経緯を冗談交じりに話していたとは言え、まったく寝耳に水だった仕事の誘い。しかも、その業界は夫の得意分野で、彼のコネクションがフルに使えます。 「香港なら◇◇、上海なら○○や△△、日本なら□□」 と、真っ先に連絡すべき、夫筋の取引先まで思い浮かんだほどです。
「ソフトの内容とセールスポイントに関しては特訓を受ける。次に、まず香港に出張してと。業界用といえども汎用品だからユーザーフレンドリーにできてることでしょう・・・」
気持ちとは裏腹に、頭の中ではどんどん段取りができていました。

あとはテーブルの向こうの夫に目配せした上で、
「ありがとう。面白そうね。やってみるわ。」
と答えればいいばかりでした。毎日出社する必要がない、家事との兼業にはもってこいの仕事。3ヶ月以上働けば、間違いなく永住権がおりるでしょう。私は普段から即断即決なので、ピンと来さえすれば夫にも相談せず即答する方です。夫は夫で、「やりたいなら、やれば。」と、常に私の判断を尊重してくれます。しかし、私は答えられませんでした。友人には深く感謝しつつも、
「考えさせて。」
と言葉を濁しました。

賢明に生きるのであれば、ここで仕事を引き受け、永住権をものにすべきでしょう。友人への感謝をかたちにし、自分への後ろめたさを帳消しにしたいなら、それなりの契約が取れるまで働き、私の雇用が彼らの無駄にならないようにすればいいのではないでしょうか? 想像以上に大変なはずですが、不可能ではなさそうです。しかし、それは私が心から望んでいることでしょうか?
「働いてみる気はない?たった3ヶ月でいいのよ。」
と言った担当官に、
「それが本当に移民局の望むことなんですか?」
と切り返していた私が、永住権のために働くことなど、ありえるんでしょうか?

「与えられると信じること。そのためにはできる限り、彼らのように真実を生きること。」
「ミュータント・メッセージ」(マルロ・モーガン著)を読んで、オーストラリアのアボリジニの一部族、「真実の人」族の生き方を知り、見よう見まねで彼らに続こうとしている私にとり、何度目かの試練でした。

「試されている。」
この2年間で、何度かこんな局面を経験していました。退職した時も、移住申請がほぼ却下された時も、そう感じたものです。その度に、自分の信じるところに従ってきました。

「賢明に生きるより、真実に生きよう。」
私は電話を手に取りました。(つづく)

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「マヨネーズ」
今年も11月と同時にセミが鳴き始めました@@!カレンダー読めるの?

西蘭みこと