Vol.0324 NZ編 〜不動産チャチャチャ−メドウバンク〜           2005年7月6日

「ハロー♪」 うららかな日曜日。不意にキッチンのドアが開き、友人のジョスリンが雑誌を抱えて顔を出しました。勝手口とはよく言ったもので、彼女はよくこうして"勝手"にやってきます(笑) 「アポなしで突然訪ねるのはキウイのマナー♪」と言いながら、おみやげのケーキを私に手渡し、さっさとテーブルに座わって雑誌を広げ始めました。

「見て見て、この家。なかなかいいのよ。後でオープンホーム(売却物件の下見会)に行ってみようかしら?」 彼女が抱えていたのは売却物件のカラー写真が並ぶ不動産のフリーペーパーで、バックナンバーや新聞の不動産欄も持ってきていました。ジョスリンは最近、家を売ったばかりです。不動産市場が非常に加熱していた1年半前に買った家だったので、私は内心、「希望する売却額にこだわっていたら売り損ねるのでは?」と気を揉んでいました。現に、オークランドの戸建住宅は売りに出してから平均1ヶ月ちょっとで売れていくというのに、彼女の家は売却まで2ヶ月以上かかりました。

その間、彼女の心配を間近で見聞していたので、ほぼ希望する金額で売れたと聞いた時には小躍りしたいくらいでした。しかし、いざ売れてしまうと、「今まで買った4軒の家は全部儲かったのに、どうしてあの家だけはダメだったのかしら?」と、本人はかなり不満気です。あれほど「売れなかったら?」と気に病んでいたのに、咽元過ぎれば・・・ということなのでしょうか。それで今は、「今度こそ失敗しないように」と気を取り直し、フリーペーパーをめくって家探しという訳なのです。

「やっぱり買うの?」と尋ねてみると、彼女はハッとし、いたずらを見つけられたかのように「ううん、ちょっと見てるだけ」と口ごもり、「賃貸も探してるわ」と言い添えました。「メドウバンクもいいわね。この辺でも探してみようかしら?」 彼女は私のご機嫌をうかがうように話の矛先を変え、私たちの積み木のような家を褒め始めました。「本当はこれぐらいの家でもいいのよね」という正直な感想が彼女らしく、思わず笑ってしまいました。私は彼女がこの時期にもう一度家を買うことに、一貫して反対していました。
                  (ジョスリン好みの童話の挿絵のような家。メドウバンクにて→)

「ねぇ、ジョスリン。前の4軒はどこでローンを組んだの?」
「銀行よ。」
「でしょう? だから儲かったのよ。」 
彼女は雑誌から顔を上げ、驚いてこちらを見ています。私はお茶を淹れながら話を続けました。
「今回は金融会社でローンを組んだでしょう?」
「そうよ、銀行はひどかったわ。私のビジネスをすごく気に入ってくれたのに、それはウェリントンでの話で、ビジネスをたたんでこっちに来たばかりだとわかったとたん、掌を返したように話を打ち切ったわ。」
と、いまだに腹立たしげです。

「酷なようだけど彼らは正しいわ。不慣れなオークランドであなたがウェリントンと同じようにやっていけるかどうか、彼らには確証がないでしょう? 銀行は定期収入がある勤め人が好きなのよ。あなたに普通の勤め人より収入があっても、それが不安定であればリスクと見なされちゃうわ。特にここで一から始めようという場合はね。私たちも同じよ。彼らにとってはハイリスク・グループなのよ。」 私は言いにくいことを苦笑いにまぶして言ってみました。 

ジョスリンは苦笑するどころか、涙ぐんでしまいました。「そういう話はよくわからないわ。金融会社の人は優しくて親切だったわ、最初はね。その後、金利が上がり始めて何がなんだかわからなくなって・・・」 ここから先は彼女にとって二度と思い出したくない経験だったことでしょう。十分察しがついたので、私はそれ以上彼女に語らせたくはありませんでした。淹れたてのお茶を出すと「いい香りね。ベルガモットが入ってる?」と話を反らしてきたので、「確かオレンジよ」と答え、話題を遠くへ押しやってしまいました。

金融会社(ファイナンス・カンパニー)とはいわゆるノンバンクで、平たく言えばサラ金です。何らかの事情で銀行ローンが組めない人たちの受け皿ですから、当然、貸出金利は高く設定されています。ジョスリンの話から察するに、金利の変動をストレートに顧客転化できるよう最初から変動金利が採用されていたらしく、期間限定の固定金利が普通の銀行ローンに慣れた身には、利上げのたびに返済額が上がっていくのでさぞや恐ろしかったことでしょう。さらに不運なことに、彼女のローンが始まった直後に金利が反転し、1年ちょっとの間に実に7回も利上げがあり、彼女は不動産を手放さざるをえなくなりました。

「金融会社で借りることがいけないと言ってるんじゃないの。銀行で借りられないということは、いかにそのローンが無理をしているリスクの高いものかという自覚があるかどうか、そこが言いたかったの。危なくなったら、手に負えなくなる前に手を引く。これは鉄則だわ。今回のようにね。あなたがローン・シャーク(取り立て専門業者)に追われたりする姿は絶対に見たくないわ。」 彼女をクルマまで送りながら、どうしても言っておきたかった一言を付け足しました。彼女は微笑みながら「ありがとう。大好きよ」と言い、いつものように温かくハグをしてきました。天気も良く、不動産の下見には打ってつけの日曜日。その後彼女がオープンホームに行ったかどうかは聞いていません。(不定期でつづく)

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「マヨネーズ」 「賃貸契約も切れるし永住権も取れたことだし、家を買おうか?」と思い、5月末よりオープンホーム巡りを始めました。その中で感じたことをもとに、この「不動産チャチャチャ」が始まったのです。西蘭家の計画は2週連続で十数件を見たところで一頓挫、しばらく様子を見ることにします。連載は読み物としてお楽しみください。

西蘭みこと