Vol.0323 生活編 〜ミセス・ダレカの不思議な家 その5〜           2005年7月2日

「今日じゃないのかな?」 カタンと小さな音を立て、木製のポストのドアが閉まりました。うちは私書箱を利用しているので、こんな風に手紙を待つことはめったにありません。しかし、今回は特別でした。前週の木曜日に思いもかけず、移民局の担当者から「永住権認可」のメールをもらい、慌てて本人に電話を入れると、「おめでとう。認可することにしたわ。正式なレターはもう送ったから明日か、来週早々には届くでしょう。私は明日から休暇なの。詳しいことは帰ってから。じゃぁね〜♪」と、それまでの深刻そうな重い声とは打って変わって、弾んだ明るい声でした。移民局は自宅にしか郵便物を送りません。

翌日の金曜日。手紙は届きませんでした。「いくらオークランド市内は翌日配達といっても、担当者個人がポンと投函するわけじゃないし。移民局のどこかで集配してるんだろうから、まっ、週明けじゃないか」という夫の意見は、もっともなところでした。翌週の月曜日。やはり手紙は届きませんでした。「木曜日に彼女のアウトトレーを出て、金曜日に集配所に集められ、今日仕分けをしてポストに入れて・・・明日じゃないか?」 再び夫の詳細な説明。さもありなんです。とにかく、待つしかありません。

手紙が来ても来なくても認可されたことには変わりないのですが、担当者があれだけ否定的だったため、にわかには信じがたく、私たちはなんとなく手紙に固執していました。急ぎはしませんが、銀行にもコピーを提出する約束になっていました。「明日かな?」と思いつつ、日曜大工のような簡単な作りのポストを離れ、それっきり手紙のことは忘れてしまいました。この辺の私の頭の構造は非常に簡単で、パチッとスイッチを切ってしまうと、すっかり忘れることができます。

翌日昼過ぎ。仕事で出かける夫が行きしなに、「まだ手紙が来てないんだ。いつもだったら11時ごろ配達があるんだけど。明日になるのか、配達が遅れてるのかわからないから、後でポストを見といて」と、言いました。ここに住んでかれこれ1年になるというのに、私は配達の時間など一度も気にしたことがなく、いつもながら夫の細かさに舌を巻きました。その時点で時計は12時を回っていました。「わかったわ」と言いながら彼を見送り、濡れ落ち葉がポーチに張り付いているのを見て、「掃除しなきゃ」と思いました。

昼食の片付けを済ませ、デッキブラシを持って玄関先に戻った時、まずポストを見てみました。DM1枚入っておらず、空っぽです。雨上がりで濡れているのをいいことに、ブラシでポーチをこすり始めました。雨の季節は土足の跡で汚れるのも早いですが、こういうことができるので助かります。子どもの靴跡がしっかり残ってしまったところ以外は、だいたいきれいになり、集めた落ち葉を片付けるついでに周りの雑草も抜きました。雨が多いと盛夏よりも草が茂ってくるものです。

その間、15分くらいでしょうか。ホースを取りに行く前に、もう一度ポストを開けてみました。もちろん、空っぽです。玄関からポストのある門までは5メートルと離れていないので、いくら背中を向けていても配達があれば気がつくでしょう。時間はかれこれ1時近いはずです。「今日の配達は終わったんだろうな。明日かな? いつでもいいよ、必ず来るんだから。」 そう思いながら、私は再び頭の中で手紙へのスイッチを切ってしまいました。考えても自分ではどうしようもないことは、考えない質(たち)です。

(←小さな門と右隣の素朴な木製の郵便ポスト)


ピシャピシャと音を立てながら、きらめく水しぶきがポーチを洗い流していきます。冬場の冷たい季節でも、気持ちがいいものです。「水の持つ不思議な力の中でも、浄化は最も不思議なものの一つじゃないかな?」 そんなことをふと考えてしまうほど、視覚に訴える光景。ホースを置き、部分的にもう一度ブラシをかけながら、最後にポーチの奥から入り口の階段へと水をかき集め、集めた水を一番下の階段から脇の花壇に押し出しました。先日、善に教えた通りの、いつもの手順。

「フー」とため息をつきつつ、前傾姿勢から背筋を伸ばし、洗いたての玄関先を満足気に見ていると、不意に「ハロー」という明るい声がしました。振り向くと、黒いラインの入った赤白の流線型の自転車用ヘルメットを被り、同じ色のポロシャツを着た、若い郵便配達員の女性が、今しもポストに手紙を入れたところでした。彼女はもう1度ニッコリ微笑むとサッと身を翻し、風のように去って行きました。あまりのタイミングに、私はニヤニヤしながらゆっくりと頭を振っていました。「やられたぁ!」 完全にスイッチを切っていたので、その時点で手紙のことはこれっぽっちも頭にありませんでした。

その日届いた唯一の手紙。それは紛れもなく移民局からで、私たちが待っていたものでした。内容を確認するや、私はすぐに神棚に上げました。こんな時、神棚があるのはありがたいことです。感謝の気持ちをこんなに簡単に表せる方法は、そうありません。他の手紙と一緒にその辺にポンと置かずに済むのは幸いです。手を合わせお礼参りをしながら、「お見事!」と、一本取られた感想も素直に漏らしておきました。(完)

******************************************************************************************

「マヨネーズ」 ミセス・ダレカは友人のお子さんの同級生のママらしく、つてをたどっていけばお会いするのも夢じゃないようですが、もちろん、そうはしません。想像を膨らませながら、「彼女はどうしてたんだろう?」「彼女だったらこんな時どうするだろう?」とやっている方が遥かに楽しく、創造的です。もちろんご縁があれば、学校の行事ででもばったりお会いするころでしょう。そんなこんなの試行錯誤の中、とうとう窓ガラス掃除だけは、彼女に近づける秘策が見つかりました。この話はまたいつか。

西蘭みこと