Vol.0320 生活編 〜ミセス・ダレカの不思議な家 その4〜          2005年6月22日

「じゃ、温くんと善くん、お預かりしまーす。」 息子の日本人同級生のママの声が、狭い庭に響きました。「ありがとうございます。お願いします。」 私は息子2人を託しながら、手が合わさる思いでした。11月初旬。4日後に迫った子どもの学校の学園祭に出品するビーズ・アクセサリーの納品前日。翌朝には作品を実行委員長に手渡す約束になっていました。事情を知っている彼女が、気を効かせて子どもをクルマで送ってくれた上に(息子は普段、徒歩通学です)、夕食付きで預かってくれたのです。予期していなかっただけに、どんなに嬉しかったことか。「助かった!」 飛び上がりたいくらいでした。

「家の中はグチャグチャだけど、良かった、玄関だけは掃除してあって」 彼女のクルマを見送った時、ふとそう思いました。忙しい日になるのがわかっていながら、その日は朝から玄関のポーチとガラスのはまったドアを水洗いしていました。夕刻までビーズに没頭し、顔を上げた時には部屋の中も外も真っ暗でした。「できた!600個全部できた!」 テーブルにビーズを広げたまま、私はヨロヨロ立ち上がり米を研ぎ始めました。子どもがいなくても夕飯の用意はあります。その時、電話が鳴り、出てみると実行委員長でした。

「どう?進んでる?」
「ちょうど今、全部終わったところよ。」
「そうなの?近くにいるんだけど、取りに行ってもいいかしら? 5分で行くわ。」
約束は翌朝だったのでちょっとびっくりしましたが、断る理由はありません。
「どうぞ、どうぞ。散らかってるけど。」
「これで明日学校に行かないで済む」と思うと、それはそれで助かりました。

すぐに彼女が現れ、「わー、懐かしい、こういう家。私もこういう家で育ったのよ」と言いながら、積み木のような我が家に入って来ました。玉子のトレーに整理してあるアクセを2人で数え、600個を無事、納品しました。「あとは当日を待つだけ」と思うと、ふ〜と力が抜けるようでした。ビーズを持って彼女をクルマまで送り、家に入ろうとした時、再び思いました。「良かった。玄関だけは掃除してあって。」

その時急に、「あれ?前にもこんなことがあったよね」と、思い当たりました。いつ誰が来た時だったかは思い出せませんが、不意の来客があり、見送った時に「玄関を掃除しておいて良かった」と思ったことがあったのです。つい先日も、ポーチをデッキブラシで水洗いして家に入るや、誰かがドアを叩きました。開けてみると片耳だけに十数個、鼻と唇にもそれぞれピアスをした、ツンツンヘアの若い女性が立っていました。彼女は「ハロー」と飛び切りの笑顔をたたえながら、「ここにサインを」と言って、小包を手渡してくれました。まるで私の掃除が終わるのを、どこかで待っていたかのようなタイミングでした。

「そうか!ポーチを掃除すると誰かが来るのか! しかも、いい事をもたらしてくれる人が。今日はポーチだけじゃなくて、ドアまで洗ったから1日に2人もママが来たんじゃないかしら? 先日の友人からの小包も頼んでいたもの以外に、本当にありがたい物がどっさり入ってたし・・・」 十分考えるに値することでした。何せ「世の中に偶然はない」と言い切っている人間ですから、この不思議なからくりを知りたいと思いました。 (←午前中はネコの昼寝場所。後がガラスのはまったドア)

それから何回か掃除しては様子を見ましたが、誰も来ませんでした。「相手が神様系じゃ、何も起きっこないか。疑ってかかってるってことだからね。ご利益(りやく)誘導型は通じないんだろうな。やっぱり無心でなくちゃね!」と反省し、以来、自分でポーチを洗うのを止めてしまいました。折りしもオークランドは夏。月に何度もゲストをお迎えしてはガーデンランチをしていたので、キッチンにこもって食事の用意している私の代わりに、夫か11歳の温が来客の前に洗うようになりました。それは4月まで続きました。

4月のある日、とうとう8歳の善に頼むことになり、そばであれこれ教えていました。「奥から掃除して階段まで来て、最後にきれいな水を流すの。」 理屈ではわかっても、なかなか上手くできません。「まだ善にはキツいかな?」と思いながら途中で代わり、「こうやって、こうやって」と見せながら、掃除を終えました。善がデッキブラシを片付けに行き、私が家に入るや、ドアをノックする音。善が戻ってきたのかと思いましたが、ガラス越しに映っているのは2人の大人の影。驚いてドアを開けると、「あなたのために祈らせて下さい」という、キリスト教団体の人でした。
(引越し以来初めて徹底的に玄関周りを掃除し、モーリシャスで買ったお気に入りのクレオール・ハウスを飾りました。その後、この日にからくりに気づき・・・詳しくは2004年11月3日の「さいらん日記」で→)

「学校のママ、パンクの配達人ときて、今度は宣教師・・・。無心で善に教えてたから、こうなったの?」 年配のポリネシアン系女性が穏やかな声で読み上げる聖書の一節を上の空で聞きながら、意表をつかれた"鮮やかな手口"に舌を巻いていました。あまりにボーっとして見えたのか、英語を解さないと思われたようで、後に控えていた上品な白人男性が、提げていた往診かばん大のかばんの底をがさごそやりながら、ヨレッとした日本語のパンフレットを見つけ出し、「これを」と言って差し出してくれました。「このタイミングでドアをノックしてくれたのは、決して偶然じゃないですよね?」と思いつつ、大切なメッセンジャーに心から"Thank you for coming"とお礼を言いました。(つづく)

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「マヨネーズ」 風邪が大流行のニュージーランド。一部では学校閉鎖もあったようですが、息子たちの学校は際どいところをすり抜けました。ところが、善が突然発熱。「ママー、頭が痛ーい」と夜中に泣きながら、カチカチ山のような熱い身体で私たちの寝室へ走ってきました。妙なところで流行に追いついた西蘭家^^; 
みなさまも、お気をつけ下さいね。

西蘭みこと