Vol.0316 生活編 〜ミセス・ダレカの不思議な家 その2〜

アニメ映画「となりのトトロ」をご存知ですか? 日本を代表するアニメ・プロダクション「スタジオジブリ」の大ヒット作です。子どもがいるご家庭であれば、「家にDVDがある!」という方も少なくないでしょう。うちも例外にもれずビデオがあります。(温の時に買ったのでビデオですが^^;) 子どもに付き合って何度観たことか。息子たちときたら、それこそ数え切れないほど観ています。

簡単にストーリーを説明しておくと、舞台は昭和30年代の狭山丘陵がモデルの東京郊外。小学6年生のサツキと4歳のメイは考古学者の父親と山間の廃屋のような家に引っ越してきます。母親は病気で隣町の病院に入院しているという設定です。「おまえん家、おっ化け屋〜敷〜」と地元の子にからかわれるような、五右衛門風呂のあるおんボロの家。しかし、都会っ子のサツキとメイは不思議な家に惹かれていきます。

そのうち2人は、ひょんなことから近くの大木に棲む「トトロ」という、巨大なぬいぐるみのような精霊に出会います。大人には見えないトトロとの心温まる交流。そんなある日、メイが母親会いたさに迷子になってしまいます。大ピンチに、トトロに助けを求めるサツキ・・・と、ここからはジブリお得意の女の子の冒険譚となっていきます。クマのようにもっさり&ほんわかした動物的なトトロが、土地神様だの鎮守様だのという埃を被ったような古臭い精霊のイメージを一変させたことが、この映画の成功の一大要因でしょう。

ビデオを観るたび、息子たちはトトロに目が釘付けですが、私は「おっ化け屋〜敷〜」から目が離せません。「あった、あった、歩くだけでギシギシ鳴る木の階段」「煤けて輪郭がはっきりしない薄暗い天井」「いつもひんやりしていた土間」・・・これらが自分の家にあったわけではありませんが、昭和37年生まれの記憶として脳裏のどこかに仕舞い込まれ、自分でも忘れかけていた懐かしい思い出・・・。

部屋の隅々にまで光が届かない日本の古い家屋。なんとも饒舌な家の中の闇。まさに谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」の世界ですが、昭和40年代のごく始めの頃まで、横浜で生まれ育った私の周りにでさえ、そんな闇の欠片が残っていました。 農地の値上がりでとてつもない土地成金となってしまった近所の農家には、土間や離れ、倉や土塀のある家がありました。私が小学校に上がった頃にはこうした古い農家は、立派な瓦屋根と大谷石の塀に守られた御殿のような家に建て替えられ、姿を消していきました。

ミセス・ダレカの家は小さい積み木のような家で、日当たり良好の明るい洋館です。リフォームもされており、家の中に闇などありません。しかし、足を踏み入れた時から感じていた有機的な印象は、何かが宿っていることを信じさせる説得力がありました。「どの一角にも彼女に愛されている自信と誇りが宿っており、家全体が息づいているのです。掃除や手入れというよりも、心を込めて磨かれた家。その気持ちに応える家。ただの物質が魂を吹き込まれ、有機的な存在になる奇跡のようなからくり。」(メルマガ「ミセス・ダレカ」より)これこそ私の第一印象でした。

夜半に家の中でガタガタしていた音は、ポルターガイスト現象だったのでしょう。同名の映画で有名になりましたが、椅子や食器を動かして音を立てては人間の注意を引いたり怖がらせたりする、騒々しい地縛霊です。見慣れぬ東洋人一家が越してきて、ここに宿っていた彼らが騒いだのでしょう。足のない濡れ髪のお化けが辛気臭く「うらめしや〜」と出てくるのと違って、なんとも賑やかです。妙なところで「西洋社会に来たんだなー」と、感慨深いものがありました(笑) 最初こそ薄気味悪く、電気を消したリビングやキッチンにはできる限り近づきませんでしたが、慣れてくるや音もしなくなりました。

朝になると次々に全開になっていたドアは、「まっくろクロスケ」の仕業だと思っています。「となりのトトロ」には、空き家に巣食う丸く小さな煤のように黒い、無数の精霊が出てきます。これがザワザワっと部屋のすみや天井のはしを動く様は、いかにも日本の古い家にありそうな光景です。実際に見たことがなくても、なんとなく納得してしまう存在感があります。サツキとメイは何度かその姿を目にしますが、一家が家に落ち着き始めるや、まっくろクロスケたちは一列につながって窓から空へ帰っていきます。

ガレージ、物置、床下、そして家の一角であるランドリールームのドアが次々と自然に開き、敷地内の建物のドアはすべて開いたことになります。その一つ一つから、まっくろクロスケが出て行ったのでしょう。ザワザワと空に上って行く黒いリボンをぜひ見てみたかったものです。全開になったランドリールームのドアの前に立った時、怖さや不思議さより可笑しさがこみあげてきました。「ヘンな家。ホントにお化け屋敷ね。でも、これで終わりかな?」とも思いました。以来、心当たりのないドアが全開になっていることはなくなり、宿っていたものは去ったようです。そして、不思議体験は次の段階へ。(つづく)
(←風水の基本。今では玄関に鏡を置いて一応「魔よけ」しています^^;)

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「マヨネーズ」 「マム、日本人もコレを信じてるんですか?」 子どもと一緒にトトロのビデオを見ていた香港時代のお手伝いさん、フィリピン人のジーナにそう言われたことがあります。コレと言いながら、彼女はまっくろクロスケを指差していました。「フィリピンにもあるんですよ。何ていう名前なんですか?」とも。「ちょっと、ちょっとぉ〜。敬謙なカトリック教徒じゃなかったの? こんな迷信じみたもの信じてていいのぉ?」と冷やかすと、「だってホントにその辺にいますからね〜、こればっかりは・・」と苦笑しながら言っていました。まっくろクロスケの英語かタガログ語の名前を聞いておくべきでした!

西蘭みこと