Vol.0303 NZ・生活編 〜新城市で立ち止まり〜              2005年4月23日

家からクルマでせいぜい15分。レミュエラ以上の繁華街で、最寄りの場所となればここしかないのに、移住以来かれこれ9ヶ月になるにもかかわらず、一度も行ったことがなかったニューマーケット。とうとう行ってきました。それも日本からのお客様をご案内するという、降って湧いたような理由で。そうでなければ、まだまだ出向くことはなかったでしょう。お洒落な目抜き通りだけでなく、リトル・チャイナタウン風にアジア系ショップのアーケードがあるとは聞いていましたが、私にしては珍しく、なぜか足が向かずに来ました。よほどご縁がなかったのでしょう。

いざアーケードに足を踏み入れれば、「おー、確かに☆」と言いたい亜洲世界! すれ違う人がバリバリの北京語で話しているかと思えば、後ろの方からは広東語で子どもを叱る声も聞こえてきます。入口のスポーツショップにはバドミントン用品がびっしり。いきなり、なんとも濃ーい亜洲(笑) 大きなフードコートとスーパーの前に八百屋、肉屋、ケーキ屋、美容院と門前横丁よろしく小さな店が並ぶ様子も、なんとも正しいアーケード。ここまで濃いとアジア人以外は入りづらいのか、ほとんど白人を見かけませんでした。
(←「YONEX」のロゴが懐かしかったです)


こういう場所は何のためらいもなく、中国語で話せるのがいいところ。ふらりと肉屋に入り「有没有牛筋唖?」(牛筋ある?)と聞けば、「今天没有唖。可能星期五有。説不定。先打個電話来。」(今日はないよ。金曜ならあるかもね。はっきり言えないから先に電話して来なよ)と、なんともまぁ、あっけらか〜ん(笑) 中国語は敬語がないので、初対面でもこんなものです。(後日出直し、しっかり牛筋を買って来ました。金曜日に入荷しますが品薄らしく、店頭に並ぶことは少ないそう。多めに要るのであれば要予約とのこと)
         (→「サムズ・チキン」という名前でしたが、牛、豚、マトンなんでもあります)
他にも思わず立ち止まってしまった店が何軒か。まず、「港式麺包西餅店」。さて、これはなんでしょう? 力づくの日本語のドテ勘であれば、「"港式"はお洒落なウォーターフロントかなんか? "麺包"って、麺というか春雨でも包んだ春巻きとか? しかし、"西餅"って? お餅に西も東もないでしょう!(降〜参)」とでもなりましょうか? 正解は、「香港式パン・ケーキ屋」で、まあ「香港式ベーカリー」ってとこです。「港式」はズバリ「香港式」。「西餅」は「西洋餅」のことでケーキとなりますが、日本語的には笑いが取れます。

中華社会で「港式」とは、「うっそぉぉ」というような外見でも、一応お洒落の代名詞(笑) 食べ物だったら本当はそうでなくても、「本場の味=おいしい」ということになります。ですから海外の飲茶は盛んに「港式」を謳いますが、深い意味はありません。日本で「手打ち風」「イタリア風」というものが決して手打ちやイタリア製でないように、「○○風」や「○式」は本物ではない証明かもしれません(爆) 「港式西餅」の特徴は味より何よりデコレーション! コッテコテにやるのが「港式」。看板の写真もいいとこイってました。

もう一軒、「おぉ、これは!」と思わず立ち止まってしまった店があります。「大哥大手提店」です。さてこれはなんでしょう? 「"大哥大"はあまりに中国語過ぎて意味不明としても"手提店"と書いてあるんだから、これはもうハンドバッグ屋以外ないでしょう」と、自信を持ってお答えの、そこのあ・な・た。残念、それが違うんです。中国語の「手提」は携帯電話のこと。しかし、私が思わず見入ってしまったのは、「大哥大」の方です。広東語での読み方は「タイコータイ」。携帯電話というものが普及し始めた今から15年以上前の80年代の香港での、携帯電話のニックネームでした。

「大哥」が「大きい兄貴」なので、それにさらに「大」がついて、「ビッグビッグ・ブラザー」ってとこでしょうか? 新しモノ好きの香港人はバカ高い「大哥大」に飛びつきました。当時の携帯ですから高さが20センチくらいあり、羊羹を2、3本くっつけたような大きさでした。今なら笑い話ですが、その太さですからしっかり立ちました。しかも10センチ以上の小指ほどもある太ーいアンテナまであり、「こんなものアメリカ人以外、誰が作るだろう?」と思うような真っ黒で大味な代物で、メーカーはモトローラのみでした。

それをこれ見よがしにテーブルの上にデーンと立て、5つ星ホテルで食事をしていた香港人。握っても掌が電話の回りを一周しないほど太いので、引っつかんでは大手を振って歩いていた香港人。当時は携帯電話代が非常に高く(今は激安)、着信も有料なので電話がかかって来るとすぐに切り、普通の電話をタダで借りて話していた香港人。(香港はオークランドの市内通話のように通話料というものがありません) 電話がかかって来てもすぐには出ず、周囲に呼び出し音をさんざん聞かせ、自分が携帯を持っていることを十分知らしめた上で、おもむろに「ワァイ?」(=もしもし)と大声で出ていた香港人。

「大哥大」という名前にはこんな思い出、80年代の香港がギューっと凝縮しています。たった漢字3文字で、当時の香港の勢い、活気がこんなにも鮮やかに蘇ってきます。一時代を鮮やかに彩った言葉だからこそ、当然今は死語です。その言葉に、こんなところでお目にかかれるとは! 思わず足も止まるというもの。もちろん写真にも撮りました。話のネタに香港の友人に送りたいくらいです。ほんの数十分立ち寄っただけなのに、想いは遥か遠く80年代の香港にまで旅をしていました。入口に立てば出口が見通せる、新城市(=ニューマーケット)のミクロアジア。たまに訪れては昔を懐かしむことにしましょう。

(↑壁画には香港名物の「ビクトリア・ピーク」と「中国銀行ビル」の他に、地味〜な「ジャーディン・ハウス」も。このビル、アヘン商人から身を起こした英資グループの総本山。知ってて描かれたんだろうか?単なる偶然?)


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「マヨネーズ」   「ニュージーランド移住記録」ともっともな名前でありながら、まったく情報提供を目指していない私たちのホームページ。やっとみなさんにお馴染みの地名が出てきて「少しは情報?」と思われた方、こんなミクロな内容で二重にすいませーん^^;

西蘭みこと