Vol.0299 生活編 〜ダンナの唄〜

「ダンナはなんにも言わないけれど、ダンナの気持ちぃ〜はよくわかる〜♪」と、「りんごの唄」の替え歌を大声で歌いながら、はたと気がつくと、その先は「ダンナ、可愛いや、可愛いやダンナぁぁぁ」 思わず爆笑しながら「可愛いねぇ」と言ったら、そばで聞いていた夫が「ボクのために歌まで作ってくれて、ありがと」と脱力した表情でボソッ。ちょうど結婚14年を迎えた私たち。しかし、立ち上げ準備中の仕事が忙しく、「子どもを預けて、2人でご飯でも♪」などという話は、とっくになくなっていました。

私たちはロングターム・ビジネス・ビザ(LTBV)という、起業家のための事業ビザでニュージーランドに移住してきたため、ビジネスの立ち上げは必須でした。実際に移住してきて暮らし始めてみると、驚くほどたくさんのビジネス・チャンスがあることがわかりました。景気が絶好調なことも追い風で、さまざまな企業がさまざまな人材や事業計画を模索しているところでした。ですので、取引先を見つけたり、事業計画を持ち込んだりするには非常に恵まれたタイミングです。

事業環境が良いことは幸いですが、当然ながら、それ頼みでビジネスを成功させることはできません。無から有を生じる「生みの苦しみ」は当然あります。ましてや夫や私のように勤め人しかしたことがない人間には、勝手がわからないことも多々あります。頭ではわかっていても、月末にどこからも給料が振り込まれてこない現実に慣れるまで、少々時間がかかったほどです(笑) 入金がなくても家賃は自動引き落としで毎週きちんきちんと落ちていき、買い物だ、ガソリン代だと支出は止まりません。「すごい勢いでカネがなくなってくぞ」という、夫の声には感動さえこもっていました。

出金と入金のアンバランスを手っ取り早く是正するためには、しち面倒臭い起業などせず、さっさと計画を変更してサラリーマンに戻ってしまうという手もありました。実際、そんな機会もあり、夫は迷っていました。いくら夫婦で何でも分担してやってきたとはいえ、世間一般には一家の長として、移住においては申請人本人として、性格的にも私よりはるかにきめ細かい質でもあり、責任と負担をずっしりと感じていたようです。

私は彼の責任感に感謝しながらも、放っておきました。一緒になって考え込んでいては、2人で足元をすくわれかねません。何も試してみないうちから、ああでもないこうでもないと話し合っていれば否が応でも否定的、悲観的になってしまいます。冷たいようですが、彼が背負っている漠然とした重荷を一緒に背負おうとはしませんでした。そうすることは重たい荷物の存在を認めてしまうだけです。そんなものは白日の下に晒し、中身が空っぽのただの大きな箱であることを暴いてしまった方がいいと思っていました。

そのため、「すごい勢いでカネがなくなってくぞ」と言われれば、「いいじゃない、移民局から"2、3年の生活費を持ってこい"って言われて持ってきたんだから、それを使ってれば。いくらなんでも2年も3年もこのままってことはないでしょう」と言って取り合いませんでした。今に始ったことではありませんが、銀行の残高にも1ヶ月の出費の総額にもまったく興味がなく、夫が教えてくれても頭に残りませんでした。知っているのは最大の支出である家賃くらい。個人的に興味を持っていたのは1日の生活費を20ドル(約1500円)に収めることだけでした。生活費の件はメルマガにもしたくらい楽しいもので、ゲームは今でも続いています。

「ネクタイ締めて毎日会社に行った方がいいんだろうか?」と振られれば、「それがここまでやって来てまでしたいことなら、すれば。ネクタイが締めたいんだったら、家でも締めてりゃいいじゃない。今の会社はここよ」と言い、2人で爆笑したこともありました。いろいろなビジネスの可能性があっても、成功が保証されたものなどあるわけはありません。確実、安定という意味では、勤め人に戻ることが魅力的に見えても仕方ありませんでした。仕事さえあれば、今の条件ならば永住権も漏れなく付いてきます(笑) 

「せっかくここまで来たんだからさ、お互いやりたいことをやろうよ。」 何か相談されるたびに私がそう言い切るので、夫は口をつぐむしかありませんでした。本当にやりたいことがそうそう見つかるものではないのは明白なので、取りようによってはずい分冷たい物言いです。しかし、それこそ自分で見つけるものであり、人が勧めたりましてや家族がプレッシャーをかけたりするものではないので、私はこの主張に固執しました。有言実行で、私自身もビーズ道具一式、パラソルに折りたたみ机を持ち、あちこちのクラフト・マーケットに参加してはビーズ・アクセサリーの行商に出ました。

その後、夫は最後まで残っていたサラリーマンへの道を断り、気持ちを一つに固めたようでした。方向性は当初の計画通り起業で一本化され、数年前から登記だけはしてあったペーパーカンパニーが実態のある会社として稼動し始めました。銀行の法人口座も家計同様に出金ばかりですが、最近ではすっかり慣れ、夫も「すごい勢いでカネがなくなってくぞ」とは言わなくなりました(笑) 「生みの苦しみ」は「生みの楽しみ」となり、2人でああでもないこうでもないと話し合っては試行錯誤を続ける毎日です。そのあおりで、私のビーズ行商はここ2ヶ月お休みしています。移住後8ヶ月が経ちました。

(↑本当にやりたいこと、というこで夫は子どもラグビーのコーチにもなりました)

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「マヨネーズ」  「一応プライバシーだからさ、こういうメルマガ送ってもいいか見てみて」と、1メートルと離れていない隣のパソコンの前にいる夫にメールを送りました。目を通した本人から、「これで読者のみなさんにボクの苦しみが伝わるなら」と、了承が出ました。 

西蘭みこと