Vol.0277 NZ・生活編 〜サモアン・モーニングティー〜

「外にする?中にする?」 身長163センチの私が軽く見上げる大柄なメリーは、ベランダに続くリビングに立って言いました。眩しいくらいの晴天。私は迷わず、「外!」と答えました。木製のベランダには手ごろな大きさのデッキチェアとテーブルがあり、彼女はマグにたっぷり入った紅茶とマフィンを運んできました。「このマフィン買ってきたの。今朝は時間がなくてね。ほら、ガソリンスタンドのところにベーカリーがあるでしょう? 何とかっていう名前の。あそこで買ったのよ。初めて入ったわ、あの店。」

「メドウベーカリーでしょう?」「そうそう、そんな名前だったわ。おいしいのかしら?」 彼女はちょっと訝し気にマフィンを摘み上げ、口に運びました。私はその表情を見て吹き出しそうになりました。メドウベーカリーと言えばこの界隈だけでなく、シティー在住者にまで名前を知られた有名な店です。「メドウバンクに住んでいる」と言っただけで、「美味しいパン屋さんがあるでしょう?」と、何人もから聞かれるほどです。その店をして「何とかっていう名前の店」と呼び、「おいしいのかしら?」と訝る天下無敵のメリー! 彼女はここに住んで丸3年のはずです。

彼女との出会いは「レモン物語」に書いた通り、レモンの縁でした。子供同士が同級生だったこともあり、その後急速に親しくなりました。移住後、初めてできたキウイの友人です。しかも生涯初めてのパシフィック・アイランダー、サモア系の友人。私は一目で彼女が好きになりました。170センチはありそうなすらりとした背格好。不必要に微笑まない厳しい表情。堂々とした体躯に相応しい、威厳のある雰囲気。世間一般の親が忘れつつある、年長者としての自覚と責任をしっかりと担っている姿勢は潔いほどです。

ご主人は教会の牧師、子どもは5人。すでに成人している養子がいるものの、10歳の長女アリシャを頭に、善の同級生の8歳のイライジャ、5歳のノネ、生後8ヶ月のタナまで計4人の子育ての真っ最中。たった2人の子どもを在宅の夫と一緒に世話しているだけでヒーヒー言っている私の、この体たらく。彼女は常にタナを腰骨に乗せて片手で抱きつつ、子ども達を外まで呼びに来たり、キッチンに立ったりしています。

長女のアリシャは学校中で知らない人がいないくらいの有名人です。ピアノやバイオリンなど5、6種類の楽器が弾けるだけでなく、春休みには音楽関係の代表団に選ばれ、半月もオーストラリアに行っていたほどの腕前です。しかも成績優秀、スポーツ万能。褐色の肌に整った目鼻立ちがひときわ映える華のある美人。才色兼備の典型です。常に弟3人の相手をしていることもあり、面倒見のいいしっかり者でもあります。メリーは彼女の音楽レッスンのために、週に何度も子ども全員を連れてクルマで送迎し、シーズン中はイライジャのラグビーの送り迎えもこなしていました。これをお誕生前のタナに乳を含ませながらやってのけるのですから、同じ母親としてまったく頭が上がりません。(↑メリーとタナ。いつもこの状態。彼女主催のパジャマパーティーにて)

「ハンサム・ウーマン」という言葉がピッタリな格好良さ。近所でベビーカーを押しながら、長い足でパワーウォーキングをしている姿を見かけたら、間違いなく彼女です。タナの散歩は彼女の日課で、クルマで午前中に出かけると晴れでも小雨でも、よく2人を見かけました。黙々と歩いているのに、こちらに気付くと気さくに手を振ってくれます。私は彼女にぞっこんでした。そのメリーから、忙しい合間を縫ってモーニングティーに呼ばれたのです! 私は庭の花を抱え、嬉々として出かけていきました。ちょうど夏の初め、11月初旬のことでした。

「メドウベーカリーって有名らしいわよ。私も1回しか入ったことないんだけど」と正直に言うと、彼女は「あら、そうなの?」と言いながら破顔一笑、輝くように笑いました。時折目にするこうした笑顔には、普段の表情とのコントラストもあって、曇りがちの夜空にふと月を見つけた時のような清々しさを覚えます。もちろん、近所の有名店を素通りしている者同士、相通じるものもありました。彼女のケーキは逸品で(「父の日改革」に登場しています)、時間さえあれば美味しいマフィンを焼くことなど朝飯前だったことでしょう。

「どうやったらアリシャのような子を育てられるの?本当に優秀よね。誰でも知ってるし・・・」 愚問とはわかっていても、聞かずにはいられませんでした。メリーの横顔がかすかに緩みましたが、「あの子は本当によくやってるわ」と言ったきりでした。レッスン、宿題、弟たちの面倒の合間、寸暇を惜しむように自転車で近所を疾走するアリシャを見るたび、「そうは言っても、まだ10歳なんだよね」と思いました。私に気付くと、かなり遠くでも"Hi"と言って手を振り、挨拶も完璧でした。「アリシャはメリーの子ども時代そのものなんだろうな」と思いながら、愚問の答えを見つけるべく彼女の生い立ちに耳を傾けました。(つづく)

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「マヨネーズ」 実は密かに「友だちが欲しいな〜」と思っていました。どんな友だちかというと、マオリの友だちです。ご近所にもマオリ一家がいるものの、お付き合いは子ども止まりで親御さんにお会いしたことはありません。そんな矢先、グレン・イネスのジムに通っている夫が、「今日初めてジムで話しかけられたよ」と言って帰ってきました。場所柄ポリネシアンが圧倒的に多い場所。「もしや?」と思ったら案の定、マオリの人でした。「えっ?日本人?マレー人かと思ったよ」と言われたそうですが、夫をマレー人と間違えるとは、なかなかマレー人を知ってると見ました。やっぱりいいなぁ、グレン・イネス♪

西蘭みこと