Vol.0252 NZ・金融編 〜銀行チャチャチャ その6〜

親しくなった凸凹銀行のディーンに、「クレジットカードを作りたいんだけど・・・」と持ちかけると、彼の顔から笑顔が消えました。ニュージーランドでは一般的に、永住権のない人にはカードが発行されません。彼は返事に窮してしまったのです。いったん手にすれば、限度額まで打ち出の小槌のようにお金が引き出せるクレジットカード。銀行にしてみれば主要業務の一つではあっても、問題が生じた時にはなんの担保保全もない、泣く泣く償却するしかない危うい資産でもあるのです。

私たちは永住権がないどころか、その時点でNZに来て2週間も経っていない、銀行にしてみれば、どこの馬の骨とも知れない者でした。新居の住所こそあっても引越し前で、依然モーテル住まいの身でもありました。傍目には観光客と見紛うただの外国人でしかありません。カードを取ってさんざん使い、フラリと国外へ逃げられたらそれでおしまいです。彼らにとっては最も信用ならないハイリスク・グループでした。

「限度額はいくらでもいいの。ほんの数千ドルあれば。インターネットで買い物をしたり、旅行に行った時、ホテルで支払い保証したりするのにカードが要るでしょう?その程度に使えるものでいいの。」私は腰の引けているディーンに言いました。彼は力なく微笑みながら、首を軽く横に振っています。「○×は"認可されるかどうかわからないけど、試してみる価値はある"って言ってたわ。預金の残高は同じよ。この間、全額あなたのところに移しかえでしょう?残高が信用の足しにならないかしら?」

ディーンは私たちが○×の当座預金口座を1日で解約して、自行に乗り換えたことを良く知っています。「○×はカードを出すって言ってたの?」と、初めて身を乗り出してきました。とかく横並びになりがちな銀行の弱点、邦銀に限った話ではないようです。「ええ。」私はしれっと言って、「申請用紙もくれたのよ。」と付け加えました。それを聞いてディーンはあわてて目の前の専用ホルダーにぎっしりささっている申請用紙を一枚抜き取り、虫眼鏡がなければ読めないような細かい字の条項を読み始めました。永住権の有無が本当に条件に入っているかどうかを、確かめたかったのでしょう。

カードの発行と永住権の関係は、当然ですが法律で定められている訳でも何でもありません。各行がそう決め、業界の慣わしになっているだけです。ですからそれを守るか守らないかは各行次第です。ある顧客のリスクを「取れる」と思えば発行し、その分のビジネスを手に入れればいいのです。もちろん、「取れない」と思えば断るだけの話です。結果的にその分のビジネスがライバル行に行ってしまっても、顧客に十分な信用がないと判断したのならそうすべきです。

私たちは事業ビザで移住してきたため、給与証明が取れません。この点だけは数ヶ月経ったところで解決する問題ではないので、NZ入りして10日ほどという早い段階ではありましたが、私は凸凹に声をかけてみることにしたのです。ディーンは私たちが自営業であることを承知しているため、永住権がないことに加え、二重にためらっているようでした。「今までのカードの利用状況は良好よ。未払いで問題を起こしたことはないし、必要だったら香港の銀行から証明を取るけど。それから、香港の定期が近く満期になるので、また送金してくるつもりよ。」私は彼の躊躇を見据えて言葉を続けました。

「今、カード持ってる?コピーを取りたいんだけど。」慎重ながらも、とうとう彼が話に乗ってきました。「嫌味かな?」と思いつつ、私は普段ほとんど使っていないプラチナカードを出しました。香港では97年のアジア金融危機以降、貸出先に悩んだ銀行が一斉に個人業務に走った時期があり、どの銀行も住宅ローン、クレジットカード、投信・保険販売にこぞって力を入れました。その結果、一部の銀行では付き合いがあればほとんどサインのみで、年会費無料のゴールドカードを高価な加入プレゼント(「ゲームボーイ」をもらったことも)と一緒に送ってくるような一時期があったのです。

プレゼント目的でいくつかのカードに入ってみましたが、実際にはマイレージのポイントの溜まりが断然速い、有料のベーシックカードを使っていたため、無料カードは家に放置したままでした。使っていないので、もちろん問題も起きません。ところが、銀行によってはカードの利用期限になって再発行する際、"優良顧客"として勝手にアップグレードし、プラチナカードを送ってくるようになりました。こうして香港ではゴールドカードの価値がなくなり、プラチナが溢れ、「アメックスのブラックカードを持って初めてステータス」と言われるほどのカード・インフレが起きてしまいました。

ですから私たちのプラチナカードにはなんの価値もありません。しかし、こんな時に少しでも信用の足しになるのであれば、日の目を見られるというものです。「通常の月間利用額は?」「ニュージーランドドルで1000ドルちょっとかな?」「うちの預金以外の資産は?クルマとか不動産とか・・・」「どっちもあるわよ。不動産は海外だけど」急に話が進み、ディーンはカードのコピーへ、私は申請用紙の記入へ。資産項目は「海外資産」と断った上で書き入れました。戻って来たディーンはコピーを手に、「とにかく、やってみよう」と言ってくれました。(つづく)

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「マヨネーズ」 「出かける時は忘れずに」は昔懐かしいジャック・ニクラウスのアメックスの宣伝ですが、香港ではカードを「出かける時は忘れずに」、家に置いていきました(笑)使い勝手のいいのが1枚あれば十分で、スリにでもあったらそれこそ厄介でしたので・・・。

西蘭みこと