Vol.0247 「NZ・生活編」 〜レモン物語〜

考えてみれば、最初からレモン続きでした。ニュージーランドに着いて24時間も経っていない2日目。クルマで流していた時に、一人でレモネードを売っている8才の女の子に会ったことは、「成功移住者への道を外れて その2」に書いた通りですが、今ではその子の家の一本隣の通りで暮らしています。子どもたちも友だちになり、もちろん彼女は私たちがあの日のお客だったことに最初から気づいていました。

越して来た新居はレモンがたわわになる家で、初日からジュースにして飲みました。翌日、引越し荷物の中からレモン搾り器を探し出し、以来、絞っては飲み、飲んではもぎ、の繰り返しです。今では手の届くところの食べ頃なものはすべて取り尽くされ、良く熟れた実は上の方ばかりになってしまいました。それでも、子どもが木に登って取ってきたり、自然に落ちてきたものを拾ったりと、なんとか間に合わせています。

引越し後の数日は、毎日雨でした。学校まで子どもの足で20分くらいですが、ついつい慣れない道を濡れながら歩かせるのもかわいそうかと、クルマで送迎していました。そんなある日の朝、向かいの家の奥から、息子の学校の制服を着た3人の子どもが、傘を差して出てきました。少し大きな女の子が小さな2人を促すように歩いています。制服のポロシャツは男女共通ですが、3人とも女の子のように見えました。「こんな雨でも子どもだけで行くんだ。偉いな〜。でも、日本だったら台風だって何だって子どもだけで行くんだから、いずれは温と善も・・・」と思いつつ、3人を見送りました。

その数日後。引っ越して5日目の金曜日の夜。子どもが寝付いたばかりの9時半頃、私はキッチンで洗い物をしていました。リビングにいた夫が「誰か来るぞ!」と突然言い、「誰かって、こんな時間に?」と言うか言わないかのうちに、カギがかからない裏木戸が開いて、女の人と女の子が庭に入ってきました。驚いてフランス窓になったガラスのドアを開けると、褐色の肌の母親らしい女性が、「こんばんは。近所の者ですがレモンを一つもらえませんか?夫が魚料理を作ってるんですが家になくて」と言いました。

意外な訪問にさすがに驚いたものの、彼女たちこそ、業者以外で私たちの家を訪れた最初のお客さんでした。「ええ、もちろん。いくらでもどうぞ。でも手が届くところに良さそうなのがないので、これを・・・」と、すでにもいであった3、4個を差し出しました。女性は「ありがとう」と言ってから、ごく自然に「いつ越してきたんですか?お子さんは?」と聞いてきました。簡単に自己紹介をし、10才の温と7才の善がメドウバンク・スクールに通っていると伝えました。すると、それまでニコニコしていた女の子が目を輝かせて"On?"と言い、女性もほぼ同時に"Zen?"と言いました。

女の子はアリシャと言い、温の隣のクラスでした。日本人転校生のことは知っていたものの、ここにいるとは知らなかったそうです。母親のメリーは「イライジャはZenと同級生よ!」と言うではないですか!確かに、善はこの変わった名前を毎日のように口にし、彼と一番仲良くしているようでした。まさかご近所とは!翌朝、前夜の事を善に伝えると、彼は朝食もそこそこにイライジャ家にすっ飛んで行きました。以来、暇さえあれば一緒に遊び、登下校も一緒です。雨の日に見た3人は、彼らだったのです。

越してきて1ヶ月以上経った春休み早々、善は近所で遊んでいる時に、友だちの家の郵便ポストを少し壊してしまいました。本人が「ラグビーしてたら、蹴ったボールが当たった」と言ったので、叱らずに「人のお家のものなんだから、これからよく気をつけてね」と釘を刺すに留めました。ところが後になって温が、「善がみんなとケンカして、蹴ったから壊れたんだよ」と、言うではないですか!すぐに外へ出て家の前で遊んでいた本人に真偽を正すと、「ボクが蹴ったの」と言って、ワ〜と泣き出しました。仲間うちでも1、2番目に小さい善はからかわれ易く、ややもすれば仲間外れにされ、こういう事態となることも読めました。それでも嘘はいけません。

「ボールが当たったんだったらわざとじゃないよね。だからママ、怒らなかったでしょう?でも、蹴ったんだったらわざとだよね?それに嘘をついたのは悪いことでしょう?だから、今度は怒るよ。嘘つく子にはお家にいて欲しくないから、帰ってこなくてもいいよ」と言って、家に入りかけながら、「"この次、嘘ついたらね"と言い足すのを忘れたな・・・」と思ったものの、「まぁ、わかるだろう」とそのまま引っ込みました。

その後、小雨が降り出したものの、善は帰ってきませんでした。とうとうお昼の時間になり呼びに行こうとしていると、「ママ〜、レモン取った!」と言って裏木戸から勢い良く飛び込んできました。手には大きなレモンを持っています。こんなに熟れたのは相当高いところにしか残っていなかったはずです。思わず、「自分で取ったの?」と聞くと、「そう。ずっと上まで木登りしたんだよ」と、まだドキドキしているのか顔が上気しています。「そう、すごいね。ママでも届かなかったのに。どうもありがとう。さぁ、お昼にしましょう。」そう言うと、大きくうなずいて上がってきました。雨の中、一人で反省しながら健気に考えたのでしょう。またしても、レモンがとりなしてくれました。

******************************************************************************************

「マヨネーズ」 「食べるばかりで花が咲かないんだったら、いずれはなくなっちゃう!」と、毎日、米のとぎ汁を根元にかけながら心配していたレモンの木。ここ1、2週間、三寒四温の気候の中でもちゃんと小さな花をつけ始めました。おかげで、しばらくレモンを切らさずにすみそうです。そのうちマーマレード作りに挑戦です。

西蘭みこと