Vol.0240 「NZ編」 〜寄り添って−My thoughts are with you〜

ニュージーランド沖の最果ての海で一人の漁師が亡くなりました。船上に設置された魚を加工するための機械に下半身が巻き込まれ、氷点下の海上でまったく身動きが取れなくなってしまったのです。片足が切断され、下半身全体が大きな歯車状のものにしっかりと挟まった状態で1日耐えたものの、彼はそのまま息を引き取りました。ヒュー・ホープ、61歳。彼にとって長期の漁に出るのは、これが恐らく最後になるはずでした。

テレビで別の船についている同じ型の機械を見ました。くしのような歯が両側からしっかり噛み合うようにできていて、どこにも隙間が見当たりません。「これに挟まれたら・・・」と思うだけで、いかに彼が耐えがたきを耐えたかが偲ばれました。事件の翌日にはレスキュー隊がヘリコプターでの880キロの危険な飛行を成し遂げ船に降り立ちましたが、一目で「機械から外せる見込みはない」と判断せざるを得ない状況でした。外せたところで、大量出血とショックで助かる見込みはなかったといいます。彼らは痛み止めや水分、酸素ボンベを供給し、少しでも苦しみを和らげる努力に徹しました。

ホープは息を引き取る前に妻と子供たちからのファックスを受け取りました。船員たちはその返答に、彼から家族への別れの言葉をビデオに収めようとしましたが、あまりの激痛にごく短い言葉に終わったそうです。船は25時間をかけて、救援のための特別チームと妻の待つ南島の最南端の町ブラフまで戻ったものの、彼は陸地を目にする前に亡くなりました。

夕刻に約50人が見守る中、船は港に入りました。ある地元の女性はホープの死をラジオで知っていたにもかかわらず、哀悼の意を捧げるために船の入りを見届けに来たと語りました。ホープはこの町の人間ではありません。南島の反対側、北端に近いネルソンの出身ですから、集まった50人のほとんどは彼を直接知る人ではなかったのではないかと思います。この件を新聞で読んだ時、ふと頭をかすめたのが"My thoughts are with you."という英語のお悔やみの言葉でした。「私の想いはあなたとともにあります」という直訳は、「ご愁傷様です」という日本語よりも遥かに心に響きます。

駆けつけたブラフの女性のように、ニュージーランド人は普段から、不幸に見舞われた他人にごく自然に寄り添っていきます。さまざまな事件の報道を通じて、今まで何度も同じような場面に出くわしたことがあり、このメルマガでも「珊瑚と嵐と白いリボン その3」などで取り上げています。その視線の低さ、温かさ、問題に対する率直な行動は、そういうものが期待しづらい環境にあってこそ気づくものではないかと思います。 ここでは"My thoughts are with you."を地で行っているのです。

ホープの死が新聞の一面で報じられた2日前には、ロシア学校人質事件で人質となった子供たちの言葉が新聞の一面にびっしりと並びました。発言そのものは通信社や大手英紙などから集めたものでしたが、その国の最大発行部数を誇る新聞の一面の半面が、人質の子供の写真と発言で埋まった国が果たして他にあったでしょうか?「NZは小さい国だから他に大きなニュースがなかったのでは?」と言う意見もあるでしょうが、ニュースのない日のトップニュースほど、各紙の報道方針を物語るものはありません。

やはりここにも、視線の低さ、温かさを感じました。まるで大の大人が7歳の男の子の言葉を聞き漏らすまいと膝を折って背を丸め、耳を近づけているかのようです。彼らに自分の言葉で直接語らせ、解説を最小限に控えることで、事件の矛盾がより浮き彫りになってきます。「彼ら(テロリスト)は大人を殺し、ぼく達のことも殺そうとしてたんだ」と語った男の子は、自身の経験を語った時点では父親がすでに死亡していることを知りませんでした。しかし、記事を読んでいる私たちは少年を助けに行った父親もまた人質に取られ、殺されてしまったことを知っています。 気持ちは遠いロシアの7歳の少年に、自然と寄り添っていきます。

大人が子供に「痛みのわかる人になりなさい」と教えるのは簡単ですが、その意味するところを身をもって示し、抽象的な教えを日常にまで引き寄せることは容易ではありません。しかし、キウイたちはそこを実に自然に、驚くほど率直に行動で示します。せっかくこの地にあるのだから、問題を抱えた友だちに「電話しようと思ってたの。大変だったわね」と後から言うのではなく、その渦中に「大丈夫?何か手伝える?」と言えるようになろう。苦しむ人に寄り添い、その人が苦しみを抜け出し、もう一度光を見られるよう心から祈ろう。想いはあなたとともにあるのだから・・・。

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「マヨネーズ」 昨日、1ヶ月の検疫を終えたネコが家に帰ってきました。香港で再検査のために獣医に預けた2週間も含めれば1ヶ月半ぶりに家族が揃いました。検疫所では糖尿病持ちのトラ猫チャッチャが一時非常に危ない状況になったりもしました。今年2月の白猫ピッピのガン発病、その後の生死をさまよった闘病から思い起こせば、今こうしてみながNZで一堂に会せることが本当に奇跡のようです。私たち、特に私の都合に付き合ってがんばってくれた猫たちには感謝しても感謝しきれないくらいです。
(←自宅とはいえ見知らぬ場所に2匹ともCDプレーヤーの後ろでブルブル。「ここどこだニャン?」でもそれも最初の数時間だけ)


西蘭みこと