Vol.0236 「NZ・生活編」 〜ロード・オブ・ザ・鍋−鍋物語 その3〜

モーテルのセラミック鍋にヒビが入ってしまったため、私たちはモーテルを引き払う前から6点セットの鍋を買い込み、鍋に限っては自前となりました。さっそく翌日、炒め物をしようと浅く大きめな片手鍋を取り出しました。鍋もフタもすべて空気の入った、押すとプチプチ鳴るビニールにくるまれ、更に入念にビニール袋に入っています。ところが、袋から出すやいなや、「やられたー」と思わず舌打ちしてしまいました。まっさらの鍋の側面がはっきりとくぼんでいるのです。何か鋭く硬い物で打ち付けたような、鋭角な凹み。

箱の中は鍋とフタしか入っていませんので、こんなに硬いステンレスにくっきりと傷を残せるようなものは見当たりません。ビニールの包装もいかにも開けた形跡のないものだったため、どうやら製造段階で付いた傷のようです。買った店で支払いを済ませた後、箱が軽いのを不審に思い開けてみたら、思いもかけないものがゴロゴロ出てきて大笑いしたのは前回お話した通りですが、その後、鍋とフタのサイズが合うかどうか、同じシリーズの商品かどうか慎重に1セット分を揃えました。しかし、しっかりとビニールでくるまれた鍋やフタそのものまでは開けてみていませんでした。

慌てて他のビニールも開けてみると、果たして一番小さいフタのガラス部分を囲むメタルの縁が、かなりゆがんでいました。ただし、フタが閉まらないほどではありません。凹みとゆがみ。どちらも店の問題というよりもメーカーの問題のようです。そして、どちらも見た目と私の満足度の問題で、調理そのものには影響しません。さて、どうするか? 「どこに連絡すればいいんだろう?」改めて箱の脇に書いてある英文を読もうとすると、最初に目に飛び込んできたのが「25年保障」の文字!

「そんなに保障してくれなくてもいいからさぁ〜、最初からちゃんと作るか、検品してよ〜」と、チカラが抜ける思いで、なおも読み進めていくと、「保障は素材もしくは製造上の問題のみが対象」となっています。ニュージーランドの常識では凹みとゆがみは製造上の問題になるのか?調理に支障がないという点では"問題"にされない可能性もあります。しかも、「製造ミスでの部品交換は会社側の判断次第」とも書いてあります。私は広げた鍋を前にして悩みました。これが香港だったら「ガオチョーアー!!!」(広東語で「どうなってんのよ〜」といった意味)と店に持ち込んで、別の品と交換してケリがつくでしょう。でもここはNZ。まだ店内にいるうちに発覚した問題に対してすら、あの対応だったのですから、いったん家に持ち帰ったものになど、どう対応されることか?

選択肢としては、@買った店に持ち込んで他の品と交換する→ただし、買った時の状況から判断して同じ在庫がない可能性が高く、交換できないか他の支店に行くように言われるか? A直接メーカーに持ち込む→この手のサービスセンターは郊外と決まっており、そこまでわざわざクルマを飛ばし、しかも「これは保障の対象外」と言われる可能性もあり。と、どうも腰の上がらない方法ばかり。いずれの場所でも、「こんなことのために交換に来たの?」という視線を浴びる公算も相当高そうです。この国へ来て10日足らずでしたが、その辺の勘所はすでにできていました。商品交換でなく修理となれば、凹みやゆがみを反対側からかなづちのようなものでトントンと叩いてお仕舞いになることでしょう。

新品の鍋を揃えることは移住後の楽しみの一つでした。期待が大きかっただけに目の前の鍋が恨めしく見えました。「ちゃんとビニールまではがして見なかった私がバカだった」と思う一方、「そんなに安くもないのに、この程度っていったいどういうこと?」と、行き場のないスカッシュボールのように凝り固まった不満が頭の中で跳ねていました。「ここまで消費者が緊張を強いられなきゃいけないんだろうか?」私は考え込みました。「そのためにはどう対応すべきか?いつも疑い深く、バカを見ないよう、鋭い眼光で買い物をしなくてはいけないのか?そうでなければしょっちゅうこういう物をつかまされるんだろうか・・・?」 夫は、「まぁさ〜、これがキミの選んだ国なんだよ」と、我関せず。

「受け入れよう。」その時、突然そう思いました。その瞬間、スカッシュボールは頭の中から消えていました。「消費者の権利という意味では交換を求めることは正しいかもしれないけど、とにかく使えるんだから、これで良しとしよう。そして料理をする時、この凹みとゆがみを目にするたびに自分の度量に満足しよう。それでいい。使っていれば、いつかはこんな傷もできるかもしれない。ここで暮らして行くんだから、今までのやり方は忘れよう。」発想を転換してしまえば、これからの買い物も緊張を強いられることはないでしょう。私はキッチンに戻り、凹みのある平鍋で予定通り炒め物を始めました。

それから1週間後。いよいよモーテルのチェックアウトの日。「あの鍋に50ドル払えだってさ、どうする?」私がケンカした上海人と話してきた夫が報告に来ました。「冗談でしょう?20ドルよ!」と言うと、彼はニヤニヤしながらレセプションに戻り、「25ドルで手打ってきた」と言って戻ってきました。"中国人には半額、東南アジア人には3分の1、インド人には10分の1"。アジアで長年暮らした教訓から言えば、中国人の言い値の半額は落とし所としては妥当でした。夫も十分、その辺を押さえています。山のような荷物とともに鍋も箱ごとクルマに積み込み、私たちはいよいよ新居へと向かいました。

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「マヨネーズ」 夫が空気入れを買ってきました。ボールに空気を入れ始めるやいなや、先端の針のような部分がポキリ。「やれやれ」と言いながら再びクルマを飛ばして買った店へ。「同じような交換・返品の人がズラ〜っと並んでたぞ」と言って帰宅。受け入れよう(笑)

(←子供たちはさっそく近所のラグビーチームに加入。毎週2回汗を流してます。家でもすっかりラグビーづいてネコの額ほどの裏庭で友だちとボールを追う毎日。)

西蘭みこと