Vol.0231 「NZ・生活編」 〜成功移住者への道を外れて その2〜

「まずは子供をビクトリア・プライマリー(小学校)へ入れて、それからレミュエラ・インターミディエート(中学校)に通わせるのよ。息子だったら絶対、オークランド・グラマー(高校)に入れなくっちゃ。それが、成功した移住者ってもんよ!」と、移住3日目、時間にしてニュージーランドに降り立って48時間もしないうちに、見ず知らずだった韓国人に諭されてきた夫は、話を私に伝えると、「世の中いろんな人がいるよね〜」と感心しながらも、「まぁ、うちはいいよ。メドウバンク・スクールで」と言い、早々に"成功移住者への道"を外れてしまいました。

(↑メドウバンク・スクールの高学年キャンパス)


事の顛末を微笑ましく聞いていた私も夫の意見に100%賛成でした。たとえそれが一流への道であったとしても、私達は子供に出来合いのレールを歩かせるためにここへ来たわけではないので、それが目標で来た人と進む道が違って当然です。モーテルのオーナーは「子供の教育のためにここへ来た」と、きっぱりと言い切ったそうです。韓国では自国の子弟をインターナショナル・スクールに入れることが禁じられているので、「子供に英語教育を」となれば、あらゆる手段を講じる必要があるのでしょう。

モーテルに宿泊していた間、かなり頻繁に出入りしていたにもかかわらず一度も韓国人らしい男性を見かけませんでした。もしかしたら母娘だけで切り盛りし、父親は本国で仕事を続けるという、アジア移民によくある別居移住だったのかもしれません。「もしそうなら、そこまでして受けさせる"教育"って何なんだろう?家庭からも学ぶものってあるよね?」と、思わず素朴な疑問が口をつきました。それに対し夫は、「すべての"教育"は学校で・・・ってことなんじゃないか?」と淡々と応えました。そういう考えもあるのかもしれません。

子供をメドウバンク・スクールに通わせることは1年半前の下見の時に決めており、親子ともすっかりそのつもりできました。この学校に決めたのは何度もお話してきたように、家族ぐるみの付き合いのある長男の元担任の先生が働いているからで、校内を見学させてもらってからは敷地内に川が流れ、それに吊り橋がかかり、川岸には緑に囲まれた半円の屋外劇場まであるという環境にぞっこんとなったからです。

しかし、私はNZに着いて2日目、時間にして24時間以内に、もう一つ「この学校にして良かった」と思う経験をしていたのです。着いた翌日の日曜日、学区内で不動産探しをしていた時、家の前に小さなスタンドを出しレモネードを売っている小柄な金髪の女の子に出くわしました。「一杯10セント(約7.5円)」と書いた紙を張り、1人で"店番"をしていました。ちょうど喉も乾いていたので、みんな一杯ずつご馳走になりました。レモンのつぶつぶに混じって種まで入った手作りで、乾わききった喉に染み入るおいしさでした。

「これはアルバイト?」「そうです。」「いつもしてるの?」「いいえ、今日が初めてです。」「お金をためて何か買いたいものでもあるの?」「いいえ、来年、イギリスやフランスに旅行に行くので、そのために貯金するんです。」 年の頃で言えば善と同じ7、8歳でしょうか? 私の片言の問いかけに、まるで学校の先生にでも応えるかのようにかしこまって答えてくれ、その礼儀正しさと社交性に、「なんてしっかりしてるんだろう!」と舌を巻きました。

「学校はメドウバンク・スクール?」と聞くと、さすがにちょっと驚いたようでしたが、大きくうなずきました。「この子達もあなたの学校に行くつもりなの。よろしくね。学校は好き?いい学校?」とさらに尋ねると、嬉しそうに「大好き!」と言ってから、"It's cool!"と付け加え、これにはそれまで黙っていた息子達も思わず笑わされました。お互い手を振って分かれると、「ママー、売れたよ〜♪ コップ洗って〜」と、大声で叫ぶ声がクルマの中まで聞こえ、再び大爆笑。

「あんな子がいる学校で良かった」、心からそう思いました。息子達にはどんな時でも、どこにあっても、どんな環境下でも、前向きに生きて欲しいと願う私にとり、何よりも彼らに知って欲しいことは、生きる知恵と愉しみです。私自身もそれを追い求めている最中で、常に彼らに背中を見られている身ではありますが、試行錯誤の中にあってもこの指針に揺るぎはありません。「名門校を出た成功移住者になんかならなくて構わない」と思った時、日曜の午後に一人で気丈にレモネードを売っていた女の子のことを、つい思い浮かべていました。

夫が諭された翌日、私達はモーテルを変えました。毎日と言われていた部屋の掃除が丸1日なかったり生ゴミがそのまま残っていたり、暖房をつけていても夜中に目が覚めてしまうほどの寒さにほとほと困っていた矢先、夫がもっと広くてきれいで、安い場所を見つけてきてくれたので、引っ越すことにしました。再び170キロの荷物をまとめオーナーに別れを告げると、「本当に別の道を行くんだなぁ」と、感慨深いものがありました。

チェックアウトしたその足で、クルマの窓が埋まるほどの荷物を積んだまま見に行った家は、家族全員が一目で気に入った掘り出し物でした。思い描いていた理想の家を遥かにしのぐ条件で、日当たり、間取り、庭の造り、暖炉やキッチン、裏庭に続くベランダまで、信じ難いほど求めていた通りのものでした。すぐに契約することなり、不動産屋で書類が揃うのを待っている間、「そうそう、この物件はどこの中学校の学区になるの?長男はあと半年で中学生なんだけど・・・」と聞いてみると、彼女らも「う〜ん、どこかな?」と即答できず、わざわざ学区リストで調べてくれました。そして、「レミュエラ・インターミディエートだわ。けっこう、いい学校なのよ!」と言って、私達に向かって親指を立てて見せました。

西蘭みこと