2005年10月24日(月) 三連休最終日
今日はレイバーデーと呼ばれる、日本でいう「勤労感謝の日」で、ニュージーランドはお休みです。この週末は「レイバー・ウィークエンド」と言われる三連休でした。前回更新の後は、ただもうお子ちゃまたちにご奉仕してました(笑)
金曜日は連休を前にめちゃくちゃハイになった子どもたちがドドドドドォ〜となだれ込み、外でボールを転がしていたかと思ったら、今度はベッドに転がってみんなでゲーム・・・と、平均4、5人が出たり入ったり。そのうちの1人がお泊りとなり、夜は雨が降る中、5人で13人制ラグビー「リーグ」の試合へ。(この件はメルマガ「別世界のフットボール」でどうぞ)
土曜日は近所の子が朝食前からやってきました。せっかく子どもが4人も揃ったので、前に「掲示板」でおなじみのアライグマ♂さんに教えてもらった、「チョコレートスプレッド&バナナスライス・サンド」という禁断の朝食に。これがキライな子はいないでしょう(笑)
案の定、全員目がキラキラ。「イタリアン・シェフに教えてもらったのよ〜♪」と、もったいつけて言うと、みんなの目はもっとキラキラ。きっと「イタリアに行けば、こんな朝ごはんが毎朝食べられるのか♪」とでも思っていたことでしょう。いくら熱いアンコールがあっても、そうは問屋が卸しません。あとはチーズサンドやBLTサンドにスイッチ。それもぺロッと平らげてました。朝からスゴーい食欲。
昼も6人で恒例の中華ヌードルをズールズル。夕方にはみんな解散ながら、実は全員がそれぞれの家族とNZ国内ラグビーの州代表選手権(NPC)の決勝戦を観に、「イーデンパーク」へ。結果は「オークランド」の優勝でオークランダーは大喜び。2月から始まったシーズンも、この試合で本当の本当に最後です。これから3ヶ月、本当にオフになるのかと思うと残念ですが、選手も生身の人間、オフは必要ですよね。(←エセ兄弟のダグとイサ。ダグはこの日の最優秀選手に。また、来シーズンに会おう!)
昨日はビーチ・ピクニックへ。友人の友人なども集まって、最終大人8人、子ども9人というポリネシアン家族並みの大所帯になりました(笑) 泳いだり、釣りをしたり、潮干狩りをしたりとさんざん遊んで、初夏の1日を楽しみました。これから長いオークランドの夏が始まります。今のところは日光皮膚炎も出ずに、快調な私。がんばるぞー! (久々の晴天→)
連休最後の今日は、温が夕べからお泊りでクラス一のスリランカ系ゲーム王のところにお邪魔していていないのに加え、昨日のピクニックに一緒に言ったマリオの一家が、ランギトトという大きな無人島に善も連れて行ってくれたので、なんと家に子どもがいません。もう1回言っちゃいます、
家に子どもがいません♪(オーホホホ)
「やった〜」と夫婦で万歳三唱の後、掃除機かけと洗車に勤しむ夫。「キウイライフにひとかけらの経済を」(間に合うかな?今夜の配信)の原稿を書きながら、洗濯機3回回して洗濯に励む私。なんてJimmy(地味)な夫婦! でもランチには、2人でラップをパクつきながら、発表されたばかりのイギリス・ツアーに向けたオールブラックスのメンバー談義に花を咲かせ、それはそれでゆっくりできました。さて、今夜はコックル貝で何を作りましょうかね?
2005年10月21日(金) 本当にやりたいこと
「掲示板」の方にも書き込んだのですが、友人からのメールが興味深かったのでご紹介します。ちょっと占いっぽくもありますが、なかなかスルドい結果が出たので面白いなと思いました。
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自分の本当にやりたいことを見つけたい人へ
まず6ヶ月以内に自分がやりたいことを5つ書いてください。 紙に書くのがポイントです。
1.
2.
3.
4.
5.
書けましたか? 本当にやりたいことの答えは、このリンクにあります。
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私の場合、
1. オーブン料理を極める
2. もっと書く時間と機会を作る
3. 気に入った家を見つけて引っ越す
4. 資格を取るためにあるコースに行く
5. あるボランティア・グループに入る
という、まぁ、そのう非常にささやかな内容でした。 さっそく、リンクをたどってオリン☆さんという方のブログへ。これはキャロル・アドリエンヌさんの数秘術セミナーで紹介されたものだそうです。それによると、
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1つ目に書いた答えはあなたの頭で考えだしたもの
2つ目は、すでに経験ずみで、できると知っているもの
3つ目の答えが一番重要で、これが本当に自分が今やりたいと思っている答え
4つ目は情熱を感じているもの
5つ目は将来やる必要はあるかもしれないけれど、今は準備ができていないもの
3つ目がキーなのです。3つ目の答えは何でしたか?
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ということで、私の場合は、「引越し」がキーでした。6、7月頃の盛り上がりからは一頓挫してしまい、ここ1ヶ月くらいは探してもいませんでした。それでも、「今後6ヶ月以内」と言われると、ぐっと現実的な感じがします。不思議なことに、一目で気に入った家を1年後になって買った経験が2回もあります。見つけた時に気持ちは固まっていたのですが、工事中だったり、夫の反対に遭ったりで、実現するまでに1年かかりました。
そのため、「今回も思い立ってから1年くらいかかるのかな〜」と心のどこかで思っていた節もあったので、その潜在意識が数秘術によってあぶりだされたのかもしれません(笑) 風水でも数字を非常に重視し、自分の体験でも数字に教えられることが多いので(そう言えばこんな経験もありました。こちらからどうぞ)、数秘術もとても身近に感じます。
1つ目の「頭で考えだしたもの」には降参でした。確かに本当にやりたいのは「スチーム料理を極める」方で、「セイロで作る西洋料理」とか「あるか、んなもの〜!」みたいなことの方がやってみたいかも、です。最近は新鮮なものを蒸すことに、すっかりハマってます。(←本当にやりたいのはこっちでした)
2つ目の「できると知っているもの」も耳が痛いです。「やりたけりゃ、やりゃいいじゃん!目標なんかにしないでさ!」と、自分でもツっこめます、ハイ。
4つ目の「情熱を感じているもの」も、100%納得。5つ目の「今は準備ができていないもの」もまったく仰せの通り。グループにがっつり入ったら私専用のクルマもいるし、子どもが帰って来た時に誰かが在宅しているよう、夫の協力も欠かせず(NZでは14歳までは法律上「カギっ子」をさせることができません)、起業したばかりの私たちゆえ、「本格的にやるには時期尚早かな〜」とも思っていたので、これも見透かされてしまいました。
いや〜、数字ってスゴいですね。それに気づかせてくれた友人とオリン☆さんに感謝します。
2005年10月18日(火) 11月の駆け込み寺
「来年の11月にまた会うことになるでしょう。」
と言いながら、去年の12月に不敵に微笑んでいたイギリス人皮膚科医。私は去年、移住後初の夏を迎えるやいなや、42年の人生で初めて、日光皮膚炎(多分)になってしまいました。それまではどこぞのビーチ・リゾートで10日間ぐらいゴロゴロしていようが、泊りがけのダイビングで、赤道直下の洋上で数日過ごそうが、な〜んでもありませんでした。それがここへ来たとたん、カユカユカユカユカユ〜(きゃぁぁ)なんでぇ〜???
理由は・・・わかりません。みんなそうなんだそうです。突然始まるものらしいです。北半球の7〜8倍と言われる紫外線のせいとしか言いようがありません。母も妹も以前から日光皮膚炎があるので、何の共通点もない私たち3人にしては珍しく、"3人でおそろ♪"というものができてしまいました。でもウレシくな〜い(号泣) (獣医によるとネコにも紫外線は大敵なんだそうです。チャッチャは顔は焼かない主義のよう。トラ猫も美白?→)
単純計算で10分外にいただけで、北半球の1時間以上の陽を浴びていることになるんでしょう。2時間もいたら恐ろしいことに。でも、バーベキューだ、ピクニックだ、ラグビーの応援だ、と数時間外にいることなど、ざら。果ては庭の草むしりでさえ、1時間に時間制限しなければエンドレスです。
かく言う今も、長雨の後の晴天で思いきり伸びてきた草をガシガシ抜いてきました。ほんのちょっとやっただけでスーパーの袋にして5〜6袋くらいは"収穫"が・・・。果てしないイタチごっこです。でも放っておくと、庭というものは恐ろしく荒れてしまうので、コツコツやるしかなさそうです。
で、今年の目標は「11月になっても皮膚科に駆け込まなくてもいいこと」。さて、どうするか?
2005年10月13日(木) 救世軍ストア
今日は買い出しへ。キウイの話を聞く限り、スーパーでの買い物は週の後半、特にフルーツは木曜日以降がいいとか。週末にかけて商品を拡充しとくんだそうです。確かに土曜午前中のスーパーなど、ごった返していますものね。魚河岸などは土・日と閉まるので、その前に在庫を抱えておくんでしょう。 ついでにちょっと探しているものがあり、いつもの「救世軍ストア」へ♪
この店は持ち込まれた不用品を販売している店で、売上げは彼らの活動資金となり恵まれない人に還元されます。目的の物はなかったものの、なんだかピピッとくるものがあり、食器類をしげしげと見ているうちに、「これはっ!」と思い、選びに選んでな〜んと、31ドル(=2400円)も遣ってしまいました。何でもただ同然の救世軍で、ですよ@@!
内訳は・・・
ボーン・チャイナの真っ白な大皿、中皿、ボールのセット
(やった!4人分)
白いグレビーピッチャー
(かわいいフランス製でした)
ニュージーランド製の褪めた色合いのアンティーク皿
(かなり気に入り、明日の朝食から私のパン皿になるでしょう。1枚だけで残念)
白い縁取りに春っぽいライトブルーのメイン・デッシュ用大皿3枚
(白い中皿を重ねて使ってみます)
白い大皿に重ねたら映えそうな、コーヒー色の厚みのある中皿3枚
(この色にはグリーンのサラダやパスタが映えそう♪)
底が平らな変わった形のガラスのサラダ・ボール
電気コンロ用直径40センチの中華なべ!
(本物の中華なべはガスコンロ用で底が丸く、電気では使えないのでこれは大ヒット♪)
まだなにかあったような? お皿とボールだけで20枚近くありました。ボーン・チャイナも普通の陶器も、みんなひっくるめて「1枚1ドル!(=80円)」というランボーな安さが救世軍ならでは!しかも今回のものは、かなり名の知れたブランドというよりメーカーのボーン・チャイナなので、あと2人分をどこかで買い足して半ダーズのセットにできそう♪目利きされているアンティークショップではあり得ない均一料金。こんなに安くて、なおかつ売上げが誰かの役に立つなんて、ウレシいじゃありませんか。
比較的新しい3人分のセットがかなり出ていたので、同じ人が一気に放出したのかもしれません。彼女(多分)の趣味と自分の好みが合ったようです。4人分だともっと助かるのですが、お客様があって6人くらいで食事をする時は、わざと2種類の食器を交互に組み合わせ隣の人と違うセットにしたりもするので、それなりにこの半端を楽しみましょう。
去年の今頃はここでの生活を始めたばかりだったこともあり、新鮮に見えたマオリ食器を2ドルショップで揃えては楽しんでいました。10セットあるので、うちで大人数の時は必ずこれが出てきます。「この値段なら割っても惜しくないな〜」と思ってましたが、割れません、コレ。さすがマオリ!洗っている時これにぶつかって、他の食器が欠けたりすることも(笑)(←耐久性と重さはピカ一)
今年は1枚当たりの単価がさらに下がって、とうとう1ドル(笑) その日暮らしですからね(自爆) 春らしいセッティングを考えてみます。
2005年10月11日(火) 春休み終了(パチパチパチ♪)
決して子どもといたくないと言ってるわけではありませんが、春休みが無事終わってホッとしている、正直夫婦の私たち(素) 特にこの休みは本当に天気に翻弄され、
晴れ⇒曇り⇒小雨⇒大雨+大風⇒嵐⇒雹⇒再びカパッと晴天+虹⇒この繰り返しX1日に2、3回
・・・はぁ〜´〜`A てな、もんでした。 「春一番どころか何番まで吹くのよ〜」と言いたかったり、虹まで二重に出てたりして、なにもかもひつこかったです(笑)
晴れ間に洗濯物を干し、ホッとして家に入って後ろ手にドアを閉めたとたん、
ザーっ
こんなの何回あったでしょう? 慌てて雨に濡れながら、すべてを軒下に入れ直し、再びホッとして家に入った頃には青空が!
「でも、ここでまた外に出すとな〜」とビビッてしまうと、その日はずっと晴れ。
「うぬぬ。試されてる!受けて立とう!」と、再び干すと、今後は横殴りの雨。
・・・という往復ビンタ。NZで主婦をやるには根性か、あきらめが必要ですね。移住2年生には、まだそのどちらもなく・・・(泣) (ずっとこんな感じでした→)
その間も子どもたちは家の中でワイワイ、ピョンピョン。近所の子、遠くから遊びに来ている子、泊まりに来ている子、
「え〜っと、ランチは何人分?」 と、子どもの頭の数を数えることが何回あったか。お天気ならみんな外に行ってくれるんですが、さすがに10分置きに大雨が降るような日に「外で遊びなさ〜い」にとも言えず、かと言ってゲーム三昧も堪らず、一緒にダイヤモンド・ゲームなど古典的ゲームをやったりしてました。
ひとりの子に、
「これもゲームなの?」
と聞かれてビックリ!
今どきの子には電子音が出る画面の付いたゲームしかないってことなんでしょうか?
「そ、そうだけど。」
と遠慮がちに言うと、
「ふーん。面白いね。」
と言われて、ホッとため息。
それでも、「せっかくだから・・・」と数家族で、かなり怪しいお天気の中、ビーチ・バーベキューを決行した日もありました。最初は強風だけで、プラスチックのピクニックセット用のお皿が飛んでいくのを子どもたちが追いかけ回し、パン一斤(こちらのですから600グラムあります)が風でテーブルから転げ落ちそうになりながらも、ワイン片手にあれをついばみ、これをついばみ。
フィリングをテーブルいっぱいに広げて(これもけっこう飛びそうでした。アルファルファとかコーンチップとか軽もの系多し)、ピタ・ブレッドに詰めては、子どもにしっかり持って食べさせ(お皿はあきらめました)、30個も作ったところで雨が・・・。すぐに本降りになり、叩き付けるような雹まで来て、とうとう断念(涙) 火奉行2人を残し、全員「きゃあああ」とクルマに避難。一瞬でジーンズがぐっしょりになりました。恐るべし、NZのお天気!なめたらあかんぜよ〜(トホホ)
やっと普段の生活に戻ります(ホ〜っ=3)
2005年10月3日(月) オヤヂ系
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、ニュージーランドの総合情報サイトでは指折りの「ニュージー大好き」で経済ちっくコラムを始めて1ヶ月半になります。著者の紹介のところに、これまた最近始めたラグビーブログ「ニュージーランド・ラグビー:オフ・ザ・ピッチ」のリンクを入れてもらったのを知った夫が、
「なんだコレ〜!!!と、思って見てるラグビー知ってる人がいっぱいいるよ!」
と心配してくれました。
「なにが"なんだコレ〜!!!"なの? 素人くさいってこと?」
「う〜ん。なんていうか、"こんなのラグビーブログじゃない!"って言われそう。フツーこんなのないからな〜」
と答えに窮してます。
「ないものがある」(・・って昔の伊勢丹のコーピーですよね?まだ覚えてる人は少ないでしょうが^^A)っていうのもいいじゃないですかぁ(開き直りぃ^ー^v) 視点がめちゃくちゃズレてても、
「こうして私はラグビーの虜になっちゃいました♪」
というところを、まんまお伝えしちゃいます〜♪
しかし、「スポーツと経済」。
この組み合わせって完全にオヤヂ系ですよね^^? 毎朝の「ニュージーランド・ヘラルド」も、家族でビミョーに取り合ってます。真っ先にスポーツ欄でラグビー記事が読みたい夫と、それも読みたいし、ちょうどその裏側に当る経済欄も読みたい私。そこに子どもも絡んで、みんなで奪い合いです。負けた人はその辺に転がっている本紙を読むはめに(笑)(おかげで8歳の善もずい分新聞を読むようになりました。マイナーチームのポリネシアン系選手の長〜いフルネームもス〜ラスラでてきますよ〜)
ということで、家族全員激しくオヤヂ化している西蘭家。今後はラグビーでもかな〜りディープな世界、13人制の「リーグ」も見始めようと、まじめに検討しています。「オークランド」のホームグラウンド「イーデン・パーク」通いに、「ボーダフォン・ウォリアーズ」の「エリクソン・スタジアム」(→)通いが加わる日も近そうです。
2005年10月1日(土) ただ今、春休み中
春休みに入るや、日記の更新がピタリと止まりました。わかりやすいですよね〜(笑) 子どもと24時間一緒だと、何かと時間がないものです。そして今日はもう10月@@! 明日からは夏時間@@! なんだか、追いつけないほどの速さで時間ばかり過ぎていき、夫と2人、「せっかく永住できたのに、この調子じゃどんどん年とって、なんだかあっという間に人生終わっちゃいそうTT」と、笑うに笑えない会話をしています。
今週は来客が続いたこともあり、子どもがホリデープログラムに行ったのは1日だけで(例の「1日1ドル」プログラムです^^; 水泳の日は大枚の3ドル=240円ですが;^^;)、あとは映画(「チャーリーとチョコレート工場」 感想は「・・・・」)、バーベキュー(ラグビーの打ち上げ)、ラグビー観戦(これはほぼ毎週末の恒例行事)に行ったきりで、それ以外は家で過ごしました。お客さまがあればそれはそれで楽しいので、子どもたちも外回りそうじから草むしりまで、ずい分がんばってくれました。
(←「オークランド対ウェリントン」戦。ボールを持って走っているのがウェリントンの名物選手マア・ノヌ。その後でサポートに入っているのがタナ・ウマガ)
「この休みくらいは、どこかに連れて行ってやらなきゃな」と言っていた張本人の夫は、休みが始まったとたんに仕事が立て込み、冬休みの時とまったく同じパターン。不思議なものです。映画もジムもパスなら、来客があっても顔を出す程度で、出たり入ったり。この辺の調整が効かないところが、いかにも駆け出しの自営業です(笑)
そうは言っても、毎朝子どもと一緒にジョギングをし、コーチとして週1回のラグビーの練習は欠かさず、サラリーマン時代には考えられなかったほど子どもと過ごしているので贅沢は言えないでしょう。子どももその辺は心得たもので、夫が夕方に家にいると、「パパ、パスの練習してくれない?」と誘いに来ます。友だちも一緒だったりすると、夫のコーチ魂に火が灯り、「うん、いいよ。」とあっさり出て行きます。こうなると自由業^^?
来週は子どもの友だちのお泊り(すでに「寿司ヨロシク」というリクエストが入ってます^ー^*)、友人一家との釣り&ビーチバーべキュー、ホリデープログラム2回、週末にはラグビーコーチの打ち上げランチ@西蘭家、ということになりそうです。子どもがホリデープログラムに行っている間は「チャ〜ンス!」なので、香港からのお客さまと出かけられそう♪ さぁて、次も更新は1週間後かな?(没)
2005年9月23日(金) 3学期終了
3学期終了と言っても終了式があるわけでもなく、いつも通り、弁当と水とラグビーボールしか入っていないランドセル代わりのデイパックを背負って(この国の小中学生に教科書というものはありません。どうやって勉強してるんでしょうね^^A)、元気に出て行った善。温も学期末のシェアランチ(持ち寄りランチ)用のずっしり重い巻き寿司(4合分)を持って登校しました。さすがに今日はたいした授業もなく、楽しく過ごしたようです。
昨夜は香港からのお客さまがあり、うちにとってはとっても珍しい高校生のおニイさんも一緒でした。いつも年下の子に囲まれるくちの温はニッコニコ。善もラガーのおニイさんとなれば目はハート。3人で盛んにラグビーの話をしていました。ベッドに入ってからも2人で「カッコいいなぁ〜♪」とおニイさんの興奮冷めやらず。もう、うっとり♪という感じ。(確かにカッコいいだけでなく和製リッチー・マッコウという大物の雰囲気)お客さんの帰り際に、善が「ねぇ、また遊べる?」とおニイさんに聞いていて、みんなで大笑い。いくら敬語の「け」の字も知らないとはいえねぇ・・・(親としてはちょっとため息)
今日は予定通り、半年遅れの(!)善のバースデーパーティー@学校でした。お天気に恵まれ、ここ数日ずっ〜と雨だったので、ママたちから「ホントにラッキーね〜」と言われたほど間一髪でした。さて、ここで「善クイズ」です。
「みんな善のいいお友だち?」
「イエース♪」
「そう、ありがとう。じゃ、善のこと何でも知ってる?」
「イエース♪」
「そうなんだ。じゃ、善のお誕生日は何月?」
「ハイ」「ハイ」「ハイ」「ハイ」「ハイ」・・・ と全員の手が上がり、最初の子が勢いよく、 (ラグビーの前のハカ。カパハカ・チームの善はマオリ語もなめらか→)
「9月!」
「そりゃそうだよね、今日やってるんだから・・・でも、違うんだな〜、コレが(笑)」
みんなビックリながら、もうこうなると「1月」「2月」・・・と順番に攻めるしかなく、4番目に答えた子が「3月」で正解でした(爆) 不思議な家だと思われたでしょう(自爆) (「ボクのハカを写真に撮って!」とウィリアム。カッコいいよ〜→)
「善はどこから来たでしょう?」
「日本!」
「う〜ん、日本人なんだけど、前に住んでいたところは〜?」
「中国!」
うっ、今や香港も中国。ここでノーとは言えません。ビミョーな回答。誰だ?そこで自信なさげに小さい声で、
「韓国ぅ?」 とつぶやいていたのは(笑)
(けっきょく、いつでもどこでもラグビー→)
「善の苗字はなんでしょう?」
と聞いたら、これまた全員の手が勢いよく上がりました。ところが、
「スペルを言ってね!」
と言ったら、かなりの手がスルスルスルと下がりました(笑) でもクラス一の「書き取り王」がみごと当てましたよ!ありがとう〜♪
前半のゲームは私の担当で(みんなの顔ぶれを見たとたん、「このメンツで温の司会はきついかも」と即チェンジ)、パン喰い競争ならぬ「ヘビ型グミ喰い競争」(こんなものがNZにはいっぱいあります)で、みんなピョンピョンパクパク。いつもの「風船割り」も棒が裂けるほど盛り上がり(怖)、スプーンにパスタを載せて走らせたら、パスタを手に握って走るズルが続出で順位はメチャクチャ(こらこら) もうルールの説明だけで、声が枯れそうです。明日はガラガラかもしれませんT_T;
後半は夫にバトンタッチでスポーツ、スポーツ、スポーツ、スポーツ・・・。みんな今頃ぐっすりでしょう。親もかなりキテます。あっ、でもメルマガやらなきゃ!
2005年9月21日(水) ブログのしわ寄せ
気がついたら前回から早1週間。これじゃあ、週報「さいらん日和」ですTT 嵐になったり雹が降ったり、雲ひとつない晴天になったり、相変わらず目まぐるしいオークランドのお天気。ラグビーブログを立ち上げたまではよかったのですが(よろしかったらこちらからどうぞ)、日記にしわ寄せが来ているような^^A 「ホント、時間って有限なんだな〜」としみじみ。
しかし、しみじみしている場合ではなく、週末にかけては大忙し。明日は海外からのお客さま、明後日は子どもたちの3学期終了(4学期まであるので学年末ではありません)でのシェアランチ(持ち寄りランチ)と続きます。また「これっきゃない!」の巻き寿司ですよん、モチロン。温などクラスメートから「寿司だよね?」とさり気なく念押しが入っている状態で、「子どもが卒業するまで巻き続けるのかTT」と腹をくくってます。
明後日は学校が終わったら、そのまま校庭で善のバースデーパーティーをやります。「3月生まれがなぜ今頃?」というのは聞かないでください(没) 単にやってなかったので、重い腰を上げてやることに。その割には、校庭で「タッチラグビー&ゲーム」というしょぼい企画ですが、ご家族の送迎の手間を考えると、お迎えだけで済むのでいいかな〜と。これを家族総出でやります。(温は司会、私はケータリング、夫はレフリーと荷物運び)
プロのマジシャンを呼んで会員制クラブの部屋を借り切って、ビュッフェのケータリングもあれば専任のウェイターまでついて・・・なんて、思い出すだけでも赤面なことを香港でしていた後なので(懺悔)、もうその手のものにはまったく未練がありません。(あれは香港のインターナショナル・スクールのカルチャーと割り切るしかないんでしょうが、行ったり来たりのお歳暮と同じで、呼んだり呼ばれたりとなかなか止められないものでした。それも言い訳なんでしょうが。)
土曜日はラグビー観戦で「オークランド対ノースランド戦」へ。日曜日は子どもラグビーのうちのチームだけの打ち上げBBQ@ミッションベイ。なんだか穴場があるそうで、楽しみです。持ち寄り企画なのでアイランダーくんファミリーの持って来るものに興味津々@@ 「おばあちゃんがいる家はアソコとアソコ♪」と狙いを定め、"これぞパシフィカ版おふくろの味"が食べられたらいいんですが〜(祈)
あとはお天気を祈るばかり。(←いよいよあと3週!)
2005年9月14日(水) 勇気と自信
日本の総選挙が終わりましたね。大学で政治など専攻していた夫は非常に客観的に、「自民の大勝利になるんじゃないか?」と、早々に言ってましたが、本当にこんなに地滑り的な勝利になるとは。日本の友人からは、「残念」「惨敗」「これから日本はどうなるの?」など悲観的なメールばかり届くところをみると、みんな少数派だったようです(笑) 私の友人らしいです(爆) 本当にどうなっていくんでしょうね? 友人に書いたメールの返事を転載してみます。
コイズミは、外交は零点。
靖国はマイナス。
でも、郵政はプラスじゃないかな?
民営化したって手紙は届くって。
(「BLACK」の「K」が写ってなくて残念〜。グリーン(緑の党)の縦看のいたずら。「グリーンもGO BLACKって言ってるぜ」。オールブラックスの試合があった日、球場近くで見つけたもの。選挙をここまで遊べる気心が好きです。もちろん、オールブラックスは「トライネーション」で優勝♪→)
他の国がみんなとっくに成功してるんだから(失敗した国なんて聞いたことない)、すっきり民営化してみたらいい。それが日本の閉塞感の打破、改革の手応えになるんだったら、この際やるのが何党(というか、誰)であってもいいんじゃないかな、確実に実施してくれる党(というか、人)なら。
日本には一歩も二歩も前に出てほしい。どうせ政策なんてみんな似たりよったりなんだからさ(これは今のNZにも言えることで自責の念もこめて・・・笑) 特に今回は保守が改革を唱え、革新が守りに回り、遠くから見てるとどっちが右か左かよくわからなかったよ。
今の日本は外交より(元々何もしてないんだから^^;)、内政だと思う。
民族として必要なものは、勇気と自信。そして有言実行・・・じゃないかな?
幸運を祈る。
2005年9月9日(金) 生きる者と逝く者と
前回の「8月を終えて」でホッと一息つくやいなや、今度は私たち一家にとってとても大切な人、デビッドの訃報に接し、再び考え深い1週間でした。今日はこれから彼の葬儀に行ってきます。ニュージーランドに来てたった1年で、親しい友人の結婚、出産、葬儀に立ち会い、人との出会いは偶然ではないこと、与えられた機会を生かすも殺すも自分次第であることを強く感じています。
それでも今週は何かとお客さんも多く、こんな精神状態でたいしたこともできなかったにもかかわらず、楽しく貴重な時間が持てました。まるで落ち込んでいるところを、励ますために遣わされたかのような彼女たちとの温かい時間。ありがたいことです。そう、何があっても生きていかなくては。亡くなった人たちの無念さを思えば、なおさらのこと。もっともっとこの地での時間が欲しかったことでしょう。残された者にとっても想いは同じです。
8月のたくさんの飛行機事故やハリケーン「カトリーナ」でのおびただしい犠牲者、そして今年もその日を迎える、「9・11」で逝った人たち、個人的には故ロンギ首相の死。生者と死者に深く思いを馳せる時間が続いています。
(デビッドに出会い、彼が愛して止まなかったであろうNZで、私たちは生きていきます→)
2005年9月4日(日) 8月を終えて
今週は8月のお客さま(「?」の方は8月18日の日記やメルマガ「餓鬼月」をご覧下さい)への最後のお勤めだったのか、指を切ってうんうん言っていた矢先、猛烈な体調不良に襲われ、水曜日くらいまではかなり没でした。
「そんな〜。なにもかも8月のせいにして〜。ちょっと考えすぎじゃない?」と言われそうで、私も同じことを考えていました。しかし、風邪というにはあまりにも妙な症状が続き、途中で「普通の風邪説」を諦めざるを得なくなりました。症状はとにかく、寒気と咽の渇きのみ。熱は微熱程度でほとんどなく、身体が高熱を発してウイルスと戦っている気配はゼロ。咳は出るものの、これは寒気で身体が冷えているからのよう。私は気管支が弱く、冷房ででもなんでも身体を冷やすだけで自動的に咳が出ます。咽の痛みや赤み、まったくなし。鼻水・鼻づまりもなし。血圧も平常通りやや高め。
どれくらいの寒気かと言うと、ポカポカ陽気が続いたオークランドで、上半身はシャツ2枚(うち1枚は分厚いハイネック)の上にフランネルのパジャマとカーディガンを羽織り、さらにハイネックのフリースを着て、その上に大きなへちま襟のついたバスローブを着て足元まですっぽり包むという重装備。下半身もパジャマの上にスウェットパンツをはき、靴下は2枚重ね。バスローブの上からウールのひざ掛けで入念に足を包むという、ほとんどミイラのような状態。さらに真冬と同じ量の布団をかけてベッドに入るにもかかわらず、寒気で眠れないのです!
しかもその寒気、肩から首筋に集中しており、少しでも温かくするために仰向け以外の姿勢では寝られないほど。寝返りを打てないので朝起きても背中から腰の辺りがジーンと疲れているという有様。横向きになろうものなら、背中がスースーして完全に目が覚めてしまいます。本当に、肩の辺りに体温より一段冷たいものがピタリと張り付いたような状態です。面白いことに、しっかり布団にくるまれたベッドの中の方が寒気が強く、まるで「寝るな」と言わんばかり(笑) 起きている時も寒気を感じるものの、寝ている時ほどではないので、そこまでミイラ・ファッションにする必要はありませんでしたが、かなりの厚着ではありました。
しかし、何かのご縁でこうなってしまったのかと思うと、妙に忌み嫌うものでもなく、「まぁ、鬼門が閉まるまでがんばってみよう」と気長に構え、肩から背中に冷たいものを感じつつも、頭と指先は淡々と仕事を進めていました。誰がなんの目的で尋ねてきてくれたのかがわかれば、何らかの"おもてなし"もできたんでしょうが、鈍くてわからないのと、けっして嫌な感じ(身の危険とか)を受けなかったのとで、ただただぢっと我慢。
気のせいと言えば、気のせいなのかもしれませんが、そうでなかったのなら、戻って来てくれた"誰か"をきちんと送りたいと思いました。そこで、9月に入ってナスに足をつけた馬を3頭用意し、西に向けてサンデッキの手すりに並べてみました。これだけで気分的にかなり楽になり、鬼門が閉まった今日からは完全復活です。昨夜は「オールブラックス」の試合を見に行くほど回復していました。(これだけはどんな体調でも行きますが^^;) 寝る時も1枚ずつ着ているものが少なくなり、今夜からはいつも通りに戻ります。
明日から、やっと本当の9月になりそうです。
(↑友人のクボユウコさんの畑での作品。こんな馬なら鬼にも大人気?「毎年来ちゃうぞ」って^^?)
2005年8月29日(月) 週末はやっぱり・・・
週末に指を切ってしまい、キーボードが打ちにくかったのですが、今日からほぼ復活。(一応、仕事もありますし〜^^A)洗っていた研ぎたての包丁が、右指の第一間接にスーッと入って行くときの感覚といったらもう・・・歯が浮くようでした。指先がお湯で濡れていたこともあり、びっくりするくらい血が出ましたが、たいしたことはなさそうで、包帯でしっかり固定していたら、皮がピッタリくっついてくれました。
この間に思ったこと。いかに右手に頼って暮らしているか。電気のスイッチをパチッとやるのも、ドアノブをクルッと回すのも、何もかも右手。それだけ左脳ばかり使っていることになるんでしょう。あ〜、もったいない! 立派な(多分^^?)右脳はたいして働きもせずに老化していっちゃうんでしょうか? 改めて、「もっと頭を使わにゃ!」と思った次第です。夫がピアノの先生に聞いてきたところによると、ピアニストはアルツハイマーにならないそうです。それは常に両手を同じだけ使うからとか。確かにそうですよね。
土曜日のラグビー三ヶ国対抗戦「トライネーション」はオールブラックスが南アフリカの全勝を見事に食い止め、面白い展開になってきました。ラグビーの話は始めると切がないので、ここでグッとがまんしますが、今回の試合、何が話題って、100年ぶりにニューバージョンが披露された「ハカ」(ウォークライ)! マオリ五人衆がいるにもかかわらず、あえてサモア系キャプテン、タナ・ウマガのリードでド迫力! 「オールブラックス」のHPのこちらからでご覧になれますので、ぜひどーぞ♪
土曜日は善と夫の今シーズン最後の試合、夜は↑の試合を友人宅でライブ観戦。日曜日は善の同級生とその弟も連れて、「イーデン・パーク」へ「オークランド」対「サウスランド」戦観戦へ。万年ビリかブービーのサウスランドがオークランドを1点差まで追い上げ、手に汗握る面白い試合でした。指が痛くても、日に焼けても、週末はやっぱりラグビー三昧♪
2005年8月25日(木) ウニオくんの「天草便り」〜畑編〜 その2
スイカの他に、今年初めて作ったのが、ゴーヤ。
それも沖縄で主流の「あばしゴーヤ」という品種。
苦味が少なめで、普通こちらで作ってるほっそりした、 所謂「レイシ」に比べて体型が丸みを帯びて太い。
今まで数回食べたことはあったが、苦過ぎて味が馴染めなかった。
ツル性で、腐るほど実がつくっていうし。嫁も子供も食わんし。
でも、この苦さにハマルと、ご飯とゴーヤだけでおかずは要らんという世界になるらしい。
確かに、苦味というやつは癖になりそうな気がする。
コーヒー然り、ふきのとう然り、そしてビール然り・・。
そして、立派な実が取れ出して、少しずつ食べること5度目くらいから、 ついに僕もはまってしまった。
細かく切ったものを生で塩もみしただけでもいいし、
さっとゆがいてオカカと醤油でまぶしてもいい。
・・・だそうで、今日はゴーヤの話。この野菜、私が日本に居た頃は「苦瓜」と呼ばれていたのに、「ちゅらさん」のヒットのせいなのか、最近ではすっかりゴーヤになってしまいましたね(笑) 本物っぽく聞こえて、ありがたみが増すんでしょうか? 「苦い」に「瓜」じゃあ、本名(?)とはいえ、あまり商品価を感じないネーミングかもしれませんね。中国語はこの漢字そのままで読み方は「クークワ」です。 「クー」というより「クゥゥゥ」と力を入れて読むので苦さにリキが入ってます(笑)
実家では子どもの頃から、「ふきのとう」、「タンポポ」、「水ぜり」、「つくし」など、春になると食べさせられていました。私と同年輩の人でも「それってナニ?」って言うであろう、「のびる」「ウド」なんかも食卓に載り、小学校低学年としては、苦さと硬さと不味さに、もう涙目でした。少しでも味を感じないよう、夢中で噛んで飲み込んだりしてました(笑)
自分も親になり、「何もあんなものまで子どもに食べさせなくても」と思いますが、昭和ひとけた生まれの母なりの考えがあったんでしょう。まぁ、こういう食べ物を知識として知っているのはありがたいことです。なので、「ふき」くらいのほろ苦さは、私にとって苦いうちにも入らず、大大大好きです。(さすがにここでは見かけませんが。あるんでしょうか?自分で植えるしかない^^?)
苦いものではゴーヤだけがほぼ未体験ゾーンで、自分で買ったことは一度もありません。外食で食べたり、香港でお手伝いさんが何度か作ってくれたりしましたが(フィリピンでも常食しているそう)、子どもに人気があろうはずはなく、いつしか食卓から消えていました。いろいろな人に「おいしいよ〜、クセになるよ〜」と勧められてきましたが、ウニオくんの便りを読んで、「この夏はゴーヤ・デビューしようかなぁ」と密かに思い始めました。
2005年8月24日(水) ウニオくんの「天草便り」〜畑編〜
大学時代の友人で、変わった人がいます。「お前に変わってるなんざぁ、言われたかない」と怒られるかもしれませんが、日本にいた22年間、さんざん「変わってる」「変わってる」と連呼され続けた(海外に出てからも日本人には言われ続けてますが^^;)、私の目から見ても変わってると思えるごくまれな友人なので、あえて敬意を表してそう呼ばせてもらいます。
彼はウニオくん。この名前、本名でもハンドルでもありませんが、本人がこう名乗ってるので、ここでもそう呼びます。「ウニが好きなのかな?」と思ったら、何でもドイツ語だそうで、高尚な意味があるんだそうです。すいませーん、浅博で・・・^^A ウニオくんは私と同期に大学を卒業するや、故郷でもなんでもない熊本は天草に行き、今でもそこに住んでいます。その間に十数回転居を繰り返している私には驚異的なことですが、おかげで今でも連絡が途絶えず、助かります。で、彼からの詩的なお便り。
このクソ暑い中、着実に太っていく野菜たち。
2日にいっぺんは取らないと、オクラは固くなっちゃうし、
キュウリはヘチマみたいに大きくなっちゃう。
どういう精緻な水分循環が行われてるんですかねえ〜、彼らの中で―
と、ダレタ水循環をしているであろう私は、うろんな目つきで彼らを一瞥し、
日が高く上がる前に家の中へ退散〜・・・。
早朝、6時半から7時までの収穫だけの畑仕事。
それでもシャツからパンツまで汗ぐっしょり。
夏は苦手だ。汗っかきの自分を持て余してしまう。
山仕事をしているときなど、真夏は地獄!
下草刈りの重労働に、日射病、くまんばち・・・。
1日に3回も4回もシャツやタオル、パンツを取り換えた。
一度など、お尻にひどい湿疹が出来て痒いの何のって。
あちゃあ、山でタチノワルイ虫にでも刺されたかと思い、 仕方なく医者に診せたら、
「こりゃあ、汗疹ですね」と 一蹴されて、
「嘘でしょう!?」ってな笑い話まである。
何が哀しくて四十過ぎの男が、ケツや背中に汗疹をつくらにゃならんのか!?
だから、夏は嫌い。
だけど、思い切って外で体を動かして、大汗をかいた後のビールが美味いんだな、これが。
だから畑はやめられない。
そういうときに食べるスイカも最高だ。
続きはまた明日♪ (「こっちは春だよ〜」って全然関係ない写真^^♪→)
2005年8月23日(火) 原始人のおやつ
ニュージーランドには「クマラ」という芋があります。日本で言うさつまいものことですが、これがおいしいのなんの♪ 西蘭家では、おなじみの赤紫色の皮のものより、「ゴールデン・クマラ」と呼ばれる白黄色の皮のものをよく食べています。甘さがぐっと増すのと、子どもが手に持って食べるのにちょうどいい大きさで、お菓子代わりにたくさんふかしておくと、あっと言う間になくなります。
スイーツにもよく合い、「クマラ・パイ」はアップル・パイより人気があります。子どもが裏ごしさえ手伝ってくれれば手間は一緒なので、最近はどちらもよく焼きます。今日は急に思い立ち、ビスケットを焼いてみました。レシピもなにもなく、「野菜らしく瑞々しい感じのソフトビスケット」というテーマであちこちネットで検索し、最後はドーナツ地を焼いてしまうという暴挙に出ましたが、食感は思っていた通りのもので、かなり満足♪
さっそく夫のところに持っていくと、一目見て、
「最初の人類が食べてたものみたいだね。」
「なんでそれを現代人のアナタが知ってるの?」
と思いつつ「素朴な外見だね」と頭の中で自動翻訳。一口食べると今度は、 「戦争直後の食べ物って感じだね。」
ときました。「味も素朴だね」と言いたかったんでしょう。
「でも、おいしいね。」
とも。彼の場合、甘いものが口に入ればなんでもいいのです。 (焼き上がりもクマラ色↑)
これから、定番化に向けてあれこれ試してみます。今日はまず、オーブンとオーブントースターの両方で焼き、オーブンの方はトレーにクッキングペーパーを敷いたものと、バターを塗ったもの、トレーも金属と陶器に分けてみました。結果は「陶器+バター」が一番きれいで、中身のモチモチ感も気に入りました。最悪は「金属+クッキングペーパー」。グラタン皿で焼いたオーブントースターのものもなかなかでしたが、量が少ないのがたまにキズ。でも、用意も後片付けもカンタンなのは◎! 次は片栗粉と米粉(こめこ)の量を調節してみましょう。原始人も進化するのです。
2005年8月20日(土) NZ非核化の父、ロンギ元首相を送って
デビッド・ロンギ元首相の追悼式に行ってきました。いろいろ論議はあるでしょうが、指導者と呼ぶに相応しい、ニュージーランドが誇る不出世の首相。先週13日に逝去してからちょうど1週間。形式ばったことを一切嫌った故人の希望で、葬儀は身内だけで済ませたため、有志が今日の公開追悼式を行いました。とは言え、総選挙を控え超多忙なクラーク首相はもちろん、国民党のブラッシュ党首などの政治家を始め、人類初のエベレスト登頂で知られるヒラリー卿など著名人が駆けつけ、一般の人たちと合わせ約2千人が失われた偉大な精神を偲びました。
ロンギ元首相は1983年に労働党党首に就任。84〜89年まで首相を務め、85年に米海軍艦船が入港に当たり核を搭載しているかどうかの通告を拒否したことをきっかけに、原子力船や核を搭載した軍用船の寄港を禁ずる非核法案を提出し、法案は87年に可決されました。これがNZ非核化の礎です。その後、NZはアメリカから今に至るまで目のかたきにされ、政治上のみならず通商上も多大な圧力をかけられていますが、その分、イラク侵略にも迷うことなく「ノー」と言える独立した立場を貫いています。小国にも五分の魂です。 (赤ちゃんからお年寄りまで会場を埋め尽くした人々↑)
逝去後、メディアは連日の追悼企画で、「人民の人」「すべての人にニュージーランド人であることを誇りに思わせた人」と故人を褒め称えています。総選挙を1ヵ月後に控え、政治論議はまさに百家争鳴ですが、「減税で各世帯に週29ドル(2,400円)の還元」云々という話が、彼の死を境になんと軽佻浮薄に聞こえることでしょう。彼の遺志を受け継ぐためにも、この国を何世紀にもわたって守り、キウイであることに誇りに思う政治を行ってくれるであろう人たちに清き一票を投じようと思います。 (アイランダーくんたち→)
目頭をハンカチで押さえながらも、故人の逸話を盛り込んだ数々の素晴らしいスピーチとその間に挟まれたユーモアに、大笑いさせられた追悼者たち。国家、賛美歌、ロック、マオリの合唱と故人にゆかりの音楽が流れ、涙と笑いと喝采と、いつまでも心に残る温かさと。抜けるような青空のもとでの、忘れ得ぬひと時になりました。一国の指導者がこんな風に送られ、偲ばれる国、NZ。今日の日に立ち会えたことを心から幸せに思います。David,forever.
2005年8月18日(木) 8月のお客さま
今日は、な〜んにもしませんでした。実はここ数日、いえ、ここ2週間ほど今ひとつの体調です。もちろん、しなければならないことがあれば普通にしていますが、今日のように外出の予定もなく、今日中に片付けなければいけない仕事もなく、洗濯も1回分はなく、窓も床も目をつぶっていれば汚れが見えないという状態だったので、そのまま何もしませんでした。普段は大のコーヒー好きで、朝と午後のラテを欠かしませんが、昨日は1杯も飲みませんでした。半年に1回あるかないかの事態です。
おまけにいつもはない肩こりまであって、「もしや?」と思い、急に土曜配信分のメルマガを書きました。別のがほぼできていたので、急きょ差し替えです。書き終わる頃には肩のこりもだいぶ収まっていました。「やっぱり、そうかな?」と思いつつもはっきりとは言い切れず、自信はありません。
どうもここ数年、憑依体質になってしまったようです。要は霊的なものが憑きやすい体質のことです。この手のものに詳しくなく、「掲示板」でおなじみのrikaさんのように謙虚に学ぼうともしていないので、いつになっても何がどうなっているのかよく知らないままですが、rikaさんのブログによれば、霊を"お持ち帰り"してしまったりすることもあるそうです。
日本ではお盆が終わりましたが、中華圏ではまだまだ続きます。さすがに20年も暮らした後だと、私にとっては1ヶ月続く中華式の方がしっくり行くのですが、どうもあの世からのお客さまで立て込むこの時期に、何かが降りてきたようです。数年前、最初に経験した時は、てっきり風邪だと思い、薬を飲んだり医者に行ったりしてベッドでうんうんうなっていましたが、どんなに温かくしても背中上半分に濡れたバスタオルを貼り付けられたような妙な寒気、立っていられないほどの悪寒に、「これは風邪じゃない!」と気付きました。 (ニュージーランドでもお参りはこういうところの西蘭家^^A→)
心当たりを考えているうちに、思い当る人がおり、「そうか!」とキャビネットの中の本人の写真を引っ張り出し、その辺にいるんであろう本人に聞こえるように故人を懐かしんだりしているうちに、ふっとそれこそ消えるようにいなくなりました。しかも故人の亡くなった時間に!(ちゃんと時差まで合ってました)「やっぱりね〜♪」とホッとしながらベッドから這い出し、そのままお呼ばれのパーティーにピンピンして出かけて行きました(笑)
お客さまは義父でした。彼の命日にかけて戻ってきてくれたようです。知らない間は苦しく、気がついた時はちょっと恐ろしいような気もしましたが、わざわざ実の息子ではなく私に降りてきてくれたことなど、ヨメとしてウレシクもあり、「いいんですかぁ?お義母さんのところに行かなくて^^?あっ、一瞬で行けちゃうんですかね〜」とか、心の中で語りかけていました。
今回はあまりに軽くどなたかわかりませんが、また義父かもしれません。ここ最近、義母に電話していないので、「電話しなさい」という超愛妻家の催促かもしれません。週末には電話してみましょう。
ということで、次回は帰ってきている霊たちに捧げるメルマガです。お楽しみに♪
(連載の続きをお待ちの方々、すいませ〜ん。話は再び脱線します)
2005年8月17日(水) 密かな夢
「実はさ〜、りんご摘みのバイトってしてみたいんだよね〜」
と、夫に言ったら、
「辛い割には時給換算で4、5ドル(320〜400円)らしいよ。」
と、土に絡むものにまったく興味のない人らしく、つれない返事。
「お金の問題じゃなくて、りんごがたわわになってるりんご園に入れるだけでもいいと思わない?甘い香りがしてさ〜。温ならきっと一緒に来るだろうな。」
「頼むから家族で行こうとか言い出さないでくれよな」という表情で、
「ボクもやってみたいことがあるんだ。」
「なに?」
「郵便配達。」
「@@!」
彼は中学生の時に自転車で、1人で千葉県を一周したくらいのチャリンコ野郎。(もちろん泊り込み) 近所を疾走していく郵便配達人を密かに羨ましく見ていたらしいです。オークランドでは郵便配達人は男女半々ぐらいで圧倒的に若い人が多いです。1日の数時間で集配を同時にこなすアルバイトで、しょっちゅう募集があります。なので、この界隈では配達区域内のことならなんでも知っているこの道一筋の「ポストマン・パッド」みたいな人はいなそうです。
その次にしてみたいのが、グッと現実的なグレン・イネスのスーパーのレジ♪ パシフィカ度が高いお客さんの買い物の中身をさりげなく見せてもらえるし(笑)、休憩室なんかどうなってるのかな〜と、ミョーに気になります(笑) オークランドでは、あるスーパーが休憩室での英語以外の言語を禁止して新聞沙汰になりましたが、キウイが疎外感を感じるほど、激しく多国籍化してるんでしょうね。興味アリアリ。
夫の第二志望は郵便の仕分けだそうで、あくまで郵政一筋(笑) 人がたくさんいてもお互い話すわけでもなく、音楽でも聴きながら黙々と仕事に打ち込んで無になる・・・ってとこなんでしょうかね^^? 「永住権も取れたことだし、なんでもできるぞぉ♪」と言いつつも、りんごの季節はそろそろ終わり、夫も電車やクルマで仕事に出る日々。なかなか夢は遠そうです。
(←お世話になっている私書箱。これに郵便物を入れるのもアルバイトの仕事でしょう)
2005年8月15日(月) やっといつもの月曜日
風邪で1週間学校を休んだ温が、今日から登校しました。親友と仕上げた課題を1週間遅れで持って行きました。さて、これでいつも通りです。さっそく善の「クロスカントリー」と名付けられたマラソン大会へ。(と言っても800メートル走で徒競走大会か^^?)
と・こ・ろ・が、指定された時間よりも10分以上早く着いたものの、善は走った後でしたT_T; この辺のアバウトさは"お約束"で、学校からの案内状にも、「時間は前後20分ずつずれる可能性があります」と書いてあったので、20分前に行かなかった私たちがワルいんですが。子どもがどれくらいのスピードで走るかまで、学校は責任持てませんよね?
相変わらずスーツやYシャツ姿のパパ(うちの夫も)、ベビーカーを押したママ、杖をついたり椅子持参だったりのグランパ、グランマ、きょうだいたちと、ギャラリーは多彩な顔ぶれです。徒競走一つでも用意する物の連絡と一緒に、保護者向けの案内状が配られ、ちょっとしたことでも家族で楽しもう、子どもを見守ろうとするキウイの姿勢は大好きです。
香港のインターナショナル・スクールでもかなり保護者の招待がありましたが、劇だったりコーラスだったりで、ここまで小さな行事には呼ばれませんでした。これを面倒くさいと取る人もいるでしょう。でも、私たちは香港時代には参加できないか、できても会社からランチタイムにタクシーを飛ばし(それでも全部見られずに)トンボで往復するかだったので、今は喜んで駆けつけています。
まぁ、人それぞれでしょう。それでOKなところもまたキウイらしく気に入っています。大人は、知らない子どもにも惜しみなく拍手を送り、子どもも「○○ちゃんのママー」と屈託なく手を振り、サラッとこなれたものです。善は夫との6キロマラソンと最近の朝練の成果か、去年より順位を上げ入賞も果たしニンマリです。
そうそう、はちみつ大根はかなり効いたようです^^v 教えて下さった皆さま、ありがとうございます♪ 一緒に薬も服用していましたが、咽のいがらっぽさが消えたそうで、夜中に咳き込んだ時も飲ませていました。おかげで500グラムのはちみつが、そろそろなくなりそうです^^;
(「スナグル・サック」とかいう、毛布にも、スナップがついていて洋風かい巻きふとんにも、家の中では寝袋代わりにもなるものが気に入って、熱もないのにこの状態だった温。「おいらも中に入れろニャン」と文句を言うピッピ→)
2005年8月13日(土) はちみつ大根
温の咳は相変わらず。「掲示板」で教えていただいた、はちみつ大根を遅まきながら試してみることに。大根は買い置きがあったのですが、たまたまはちみつを切らしており、こんなに遅くなってしまいました。大根を短冊切りにしてビンに入れ、その上にはちみつを山盛りかけておくと、あ〜ら不思議。ものの数時間でビンの中は水浸し。すっかり痩せてしまった大根がはちみつ色のジュースの中でマーマレードのオレンジのようになっています。
さっそくジュースを温のベッドに運び、もう動物実験状態^^; 本人、大根が苦手なのであまりいい顔をしませんでしたが、おっとり派なのでこちらが強く出ると、「うん。いいよ」と、素直に飲みました。2回めはもっとはちみつを足してみたので、かなり飲みやすかったようです。さーて、明日はどうなっていることでしょう? せめて夜中の咳だけでも止まってくれれば。けっきょく、1週間学校を休みました。こんなことは前代未聞で、家族一同ビックリ。咳以外はピンピンしてるので、ますます惜しい!
たいした看病をしているわけではありませんが(素)、家に病人がいるというのは慣れないもの。「やっと寝たから、音がうるさい洗濯と掃除機は後で」とやっているうちに、拭き掃除や庭掃除ばかりになったり、「コショウとチリは使わないで、揚げ物もダメ。温かい口当たりのいいもの」とやっているうちに成人食のようなメニューになったり(笑)、なんとな〜くミョーな展開(笑) 「在宅看護をしている方はすごいなぁ」と改めて思いました。(←よく草むしりしてると思ったら、そういうわけだったのかニャン)
夫は出たり入ったりで、温1人を家に置いていくこともできず、今週は学校のボランティア、買い物、ラグビーの試合の手伝い、ラグビー観戦すべて見送ってずーっと家にいました。本当にず――っといました。香港なら理由はともあれストレスを感じていたでしょうが、ここでは不思議なことにストレス、ゼロ。いつでも庭に出られるからかもしれませんが、自分でもビックリでした。その現実に気づいて「なんだか幸せ〜♪」とうっとりしてたら、「そりゃ、けっこう」と超多動の夫。おかげで仕事がちょっ〜とはかどったような^^?
2005年8月11日(木) 温の風邪
ここ数週間、ロンドンから受注して、ボストンの指示を受けながら、最後は東京に送るという、週末オンリーの極めて"金融ちっく"なお仕事を引き受けていました。それが先々週で終わり、何かと協力してくれた子どもたちのために、先週末は「お子ちゃまサービス・ウィーク♪」と、あれこれしていたのですが、その後から温が風邪でダウン。熱はないのですがひつこい咳で、月曜日からずっと学校を休んでいます。たまたま図書館から借りていた電話帳並みの厚さの本も読み終わり、本当にヒマそうです。
医者に連れて行ったら診察は「上気道炎」。まっ、そうですよね。発熱がない分、解熱で一気に悪いものが出て行くタイミングがなく、悪化もしない代わりに長引きそうです。今日はラベンダーとベルガモットを垂らしたオイルで、胸元をマッサージしてみました。即効性はないでしょうが、本人は気持ちがよかったようで、その後はよく寝ていました。
私自身はマッサージが苦手なのに(全身はもちろん、エステ、フェイシャル、足の裏までどれもダメという女性にしては珍種です)、効用は信じています。特にエッセンシャルオイルは自然の恵みと人類の英知が詰まった小瓶のように思っています。おかげでこちらの手まですべすべです。週末に親友と終えた課題も家の隅に置いたまま、三度の飯より好きなスカウトもラグビーの練習も休んで、なんともかわいそう。どうか少しでも早く、よくなりますように。 (ラグビーチームのトラックスーツ姿で→)
2005年8月10日(水) ミセス・ダレカの家での1年
今の家に越してきて、昨日で丸1年経ちました。引越し初日にベッドが届いたものの、香港からの引越し荷物106箱は翌日の配達になっていたため、布団どころか毛布一枚ない状態でみんなでダウンを着こんで、シーツにくるまって寝たのが昨日のことのように思い出されます(笑)
(←引っ越して来た当初はいつも段ボールで遊んでました)
去年は毎日毎日雨ばかりで、「大変なところに来てしまった」と思っていましたが、今年の雨はかなりお手柔らかで、夜中にたっぷり降っても朝にはカラッとしていることが多く、子どもが大雨の中を登校したのは数えるほどです。でも、草木には十分な雨量で、芝も草も伸びる伸びる。芝刈り、雑草抜きに追われてます(笑)
1年契約が切れるのを機に引っ越すつもりでしたが、気に入った家とも巡り合わず、住宅価格も高止まったままなので、もうしばらくここで暮らすことになりそうです。今になって子どもたちも「別に一緒の部屋でもいいよ〜」と言い出し、(善など「温くんがいないと眠れないかも」とかなり弱気に傾いてます)のんびり行くことにします。
考えたら、シンガポールでも香港でもマンションを買った時は、気に入った物件を見つけてから丸1年経ってから購入していました。その間、何十軒と別の物件も見たのですが、どうしても最初に気に入った物件が諦めきれず、好きな間取りが売りに出るのを待っているうちに1年も経ってしまいました。いずれも値段が上がり高い買い物になってしまいましたが、納得づくだったので買えた時にはホッとしました。今はどちらも売ってしまってありませんが、懐かしい思い出です。このジンクスで行けば、引越しは1年後、来年の5、6月でしょうか^^?
2005年8月7日(日) キウイ式
長男の大親友リンクが泊まりに来ていたものの、まったくいつも通りの西蘭家。朝から昨日の試合で来たラグビージャージ十数枚の手洗いを始め、その後洗濯機にかけとドタバタドタバタ。子どもたちは外でラグビーをしたり、リンク持参のプレステをしたり。昼には毎週恒例の「オープンホーム」へ。ニュージーランドでは14歳以下の子どもだけで留守番させることは法律で禁じられているので、リンクも連れてみんなでレッツゴー!
(↑いつも終わった試合を思い出しつつ、「来週もがんばって」との気持ちを込めて手洗い。今週の善たちは記憶に残る名勝負に7対5で競り勝ち。温たちは四強入り確定で、次は準決勝)
2軒見たもののどちらも対象外。1軒目は買った人が好きに直せるのがウリというか、直さないと住めないという物件^^A なのにビックリするほど高く、早々に退散。2軒目は築40〜50年の理想の物件でしたが、(築100年なんて物件がざらにあるので、戦後の物件は「新しい」方に入ります。築10年など、「ほとんど新築」と堂々と書いてあります^m^;)増築した2階部分の個性が強すぎてパス。夫婦の寝室なのにドアもなく、階段を上がったらいきなりキングサイズベッドがジャジャ〜ン♪ これでは子どももネコもジャンジャン上がって来て、おちおち寝てもいられません。
その後は、たまたま近所だった友人宅に子どもともどもなだれ込み、1,800ドル(14万円@@!)もしたご自慢のエスプレッソマシーンで淹れたおいしいコーヒーをご馳走になりながら、しばしおしゃべり。そのうち、夫のラグビーチームに所属している近くに住む子まで、うちのクルマを見つけて立ち寄ってくれ(「タカのクルマ、ライトつけっ放しだよ」と言いに来てくれたんですが^^A ありがとー、マックス♪)、気がついたら子どもの数は7人に! この辺のアポなしでみんながわらわら集まってくるキウイ式、とっても気に入ってます。引っ越したらみ〜んなご近所になるかと思うと、今から楽しみです。
始まったばかりのラグビー三ヶ国対抗戦「トライネーション」。オールブラックスはいきなり黒星発進(涙) ライオンズ戦の時のような鬼気迫る感じがなく、みんなかなり消耗していたのを感じました。けが人続出も心配です。
2005年8月6日(土) ノーモア ヒロシマ
広島の被爆から今日で60年。ニュージーランドの第一次世界大戦体験をメルマガ「ガリポリの記憶」で長々と語っていながら、いざ母国のこととなると、情けないほど一般的な知識しかないことに愕然とします。2年前に「移住したらなかなかチャンスもないだろう」と、子どもたちを原爆記念館に連れていっておいてよかったです。人類初の原爆被ばくという途方もない経験をしていながら、次世代に語り継ぐための記憶がキウイのガリポリの記憶に遠く及ばない現実を思い知らされています。
今週はメルマガにまでしてしまったNZ免許の試験を受けたり、後半は子どもの友だちを呼んでアレコレしたりしているうちに終わってしまいました。週末のご招待はここ数週間、大人関係が続いたので、今週は「お子ちゃまサービス・ウィーク」です。(それとは関係なくマリオは毎日来ます。おやつを3人分用意しておく日々^^A)
昨日は善の同級生で、先週末に呼んでもらった南アフリカ人リアムくんをお呼びしました。マイカー通学と聞いていたので、パンを持って徒歩で迎えに行き、途中の貯水池の上に架かる橋の上から集まった鴨やプケコ(NZ産の飛べない鳥)にパンをあげ、公園で遊び、30分以上かけて帰宅しました。
リアムは1ヶ月ほど前に移住してきたばかりで、ほとんど道というものを歩いたことがないようで、善やマリオが子どもだけで歩いて登校しているのに驚いていました。南アじゃ考えられないことなのでしょう。「南アは本当に危なくて、知らない人から四文字言葉を言われたり殴られたり、怖いところ。近所のパーティーがうるさくて眠れなくても、怖くて文句も言えないんだ。それが毎週3回はあるんだよ。絶対にNZの方がいい。ここで暮らせて幸せ。」と、たった8歳の子が言っていたのは心に響きました。
今日は温の大親友、サモア系ばりばりアイランダーのリンクが初のお泊りに。実は2人の共同制作の課題(ずっと見ていても何の課題なのか不明^^;)のためだったのですが、荷物の中にはしっかりプレステも(笑)
(←水を少し入れてコルクでふたをしたペットボトルに、空気入れで空気を入れた即席ロケット。本当に飛ぶか実験したら、高さ8メートルくらい飛んでみんなビックリ@@!)
2人は中学生になった初日から大の仲良しになり、よほどウマがあってる様子。(2人とも学校のラグビー部。体重の違いで同じチームではプレーできませんが→)
夜は巻き寿司にフィリピン・アドボ(酢醤油煮)という、初めての子には外れのないメニューで。課題も終わってホッと一息。明日は夕方まで遊びまくりでしょう。
2005年8月1日(月) 生活防衛?
「チャイマ」こと中華スーパーをこよなく愛する西蘭家。今日は中華スーパーの卸部門で小売もやっている倉庫のようなところに行ってきました。「おぉぉぉ!この感じはまるでタイ♪」と一歩は入るや懐かしい。タイにはこの手の「キャッシュ&キャリー」と呼ばれるまとめ売りする郊外店が多数あり、数社が上場しています。インスタントラーメンもコーラも箱売りです。クルマ社会ならではの販売形態なんでしょう。今日行った店はタイ華僑がやっているので、タイ風っていうのはうなづけます。
(こんな列が何列も→)
レジにはグレン・イネスの店でおなじみだった小母さんがちんまーと座っていて、
「あら〜、お久しぶり。こっちの店に変わってたのぉ?」
「そうなのよ。どこ住んでたんだっけ?こんな遠くまで来たの?」
と、思わず中国語でペチャクチャペチャクチャ。こういう状況ではどうしても中国語になっちゃいます(笑)(業務用のもの、スーパーの店頭で見かけないものも→)
「ベジタリアン用のきのこの顆粒だしって最近グレン・イネスの店で見かけないんだけど」
「あ〜、あれは止めたの。好きだった?」
「ガ――ン。重宝してたのに。お願〜い、また入れて(祈)」
「冷凍エビならこのブランドは止めといた方がいいわ(って、自分の商品を^^A でも知ってる、確かにおいしくないんだな、これが・・・)。こっちのは甘みがあっていいわよぉ。」
「この中国製の干ししいたけ探してたの!天然しいたけでおいしいよね?」
「あぁ、それ?大袋なら2ドル(160円)おまけしてあげるよ。」
と、あれこれ買い物指南をしてもらって、割引もあって遠出した甲斐がありました♪ 気になるお値段ですが、さすがにスーパーの店頭よりは安かったです。いつも買っている韓国製の麺を10キロ買ってきました。卸だけあって1.8キロパックと、店頭では見かけないジャンボサイズ(業務用?)もあり!(4人で食べる時は800グラムくらい茹でる家なので、これでも2回分) 日本製のパン粉や李錦記の調味料も安かったのでまとめ買い♪ メルマガ通り、すっかり生活防衛ムードで、春の兆しの中でも冬支度中の西蘭家です。(息子たちが加速度的に大食いになっているという事情も家計を圧迫中^^;)
2005年7月31日(日) 振り出し
5月最後の週末から始まった家探し。あまりにバブリーな実勢価格を知って、途中からかなりトーンダウンしたものの、勉強のつもりでそこそこ条件に合うものがあると見に行っていました。この2ヶ月で20軒近く見ましたが、「ここなら・・・」と思うところは、正直1軒だけでした。その1軒も外から見ただけでしたが、今日とうとう中まで見せてもらいました。かなりの広さがあり(本当はこぢんまりした家を探してるんですが^^A)、手入れされた庭やサンデッキの感じはとても良く、キッチンが独立しているところも気に入りました。
しかし、結論から言うと今回は見送ります。値段が予算の1.5倍で、そこまで無理をする気になれないからです。いろいろ見ていると判断が相対的になってくるもので、「あの家が○○万ドルなら、この家の△△万ドルは安いな〜」と、○○万ドルも△△万ドルも十二分高いのに、だんだん感覚がズレてきてしまいます。株の世界でもそうで、市場でさんざんしゃぶり尽くされたシナリオに乗って「おっ!出遅れ株♪」なんていうのに手を出すとロクな目に合わなかったりします。 (←中もステキでしたが・・・)
相場は水もの。いい時もあれば悪い時もあります。必ずサイクルがあるのでいつか流れが変わります。今は上げ潮目一杯という感がどうしても拭えないので、また仕切り直しでいくことにします。いつかフッとチカラが抜けたような時、頭の中から消えかかったような時に、「Mikoto〜、見に来ない?いいのがあるの。まだ広告出してないんだけどさぁ」と、すっかり顔なじみになったどこぞの不動産屋から電話が入らないとも限りません。
ということで、家探しは振り出しに。明日から8月、心機一転で行きましょう♪
2005年7月30日(土) 週末はラグビーと家探し
今日は快晴。ほとんど2ヶ月ぶりの家族水入らずの週末です。と言っても朝8時半から善のラグビー・チームのチームメートが来ていて、ボーイズたちは朝食もそこそこに庭でパスの練習開始♪ 9時半には家を出てまずは所属するクラブでの善の試合へ。オークランドでも1、2を争う強豪チームと当たり「6対3」で負けはしたものの、みんな体当たりでぶつかって行き、本当にいい試合でした。たった3ヶ月でこんなに上達するなんて信じられないほどです。どの親御さんも息子の成長ぶりに大感激でしょう。去年までは試合中に、「痛い」の「怖い」のとメソメソ泣いている子がいたのとは大違い(笑)
試合の後トンボで帰ってランチをかきこみ、今度は温の試合で再びクラブへ。温のチームはオークランドでも1、2を争う強豪チームなので(実は!)、相手をゼロに抑えたまま50点以上とって楽勝でした。たまたま隣のグラウンドで「21
歳以下」というカテゴリーのクラブチームの準決勝をしてましたが、相手チームには「こっ、これが21
歳@@?」(パタッ)と倒れそーになるくらい、いかつ〜いアイランダーくんたちがゾーロゾロ♪ 夫も「"21歳。子ども3人"なんて選手がけっこういそうだなぁ」と、なかなかの深読み(笑)
(21歳@@↑)
ここから先に行ければプロ契約の道も開けるので、「将来のスター選手が?」とついついセレクターの目になって見てしまいます。相手チームの監督が(彼も長靴を履いたバリバリのアイランダー)後半戦が始まるやいなや、「ボーイズ、あと40分辛抱すればいっくらでも好きなだけ休んでいいぞ。だから、がんばるんだ!」と怒鳴っていたので、思わず吹き出してしまいました。けっきょく彼らは負けてしまい、この試合でシーズン終了。選手は来シーズンまで「いっくらでも好きなだけ」休めることでしょう。お疲れさま〜。
(21歳@@↑)
この間にも速攻で家を一軒見てきました。予算オーバーなかなり高い家だったものの、明らかに傾いておりビックリ。傾いた家、これで2軒目です。もちろん倒れるほど危険な傾きではなく、何十年もそうして使われてきたのでしょうが、傾斜地に建つ家、増改築している家、「リフティング」という平屋を丸々持ち上げて二階家にしている家は要注意です。靴を脱いで裸足で歩くと、足の指先やかかとに妙な圧力を感じるのでけっこうわかります。風水上も日本語の「家が傾く」の意味合いからも、こうした家は絶対に避けたいところ。下見会は土足OKの家でもぜひ裸足で! (剃りが入った21歳と耳が千切れないようテーピングした21歳↑)
2005年7月29日(金) 移民国家の移民社会
善が学校から直接、転校してきたばかりの友だちの家に遊びに行ったので迎えに行きました。感じのいいご両親が出てきてしばし立ち話。1ヶ月前にイギリスから越してきた南アフリカ人の移民でした。思わず、
「永住権取って来たんですか?」と聞いたら、
「もちろん!」という即答。
こちらも経緯を話し、どうも同じ時期に永住権がおりたようでますます親近感が湧きました。 移民国家ニュージーランドでは、国籍の違う初対面の移民同士でもかなり会話が弾みます。
「私たちは3年前に永住権取ったから簡単だったのよ〜。今は大変よね。その後どう?」
と私たちに永住権がおりるまでずっと気遣ってくれたオランダ人がいるかと思えば、
「ロングターム・ビジネス・ビザ(LTBV)は手間とカネがかかる割にはすぐに永住権にならなくて、まいるよな〜」
とボヤく中国人もいます。
移民ママのモーニングティーを企画したら、話が尽きずに「このままランチに突入〜」ってことになりそうです(笑) でも最後は「ここに来てよかった。本当によかった」で〆となるでしょう。今日お会いした2人も、
「アイルランドよりもイギリスよりも、断然ここの方がいい」
と力強く言ってました。同じ英系社会でも断固とした違いがあるようです。
「どうりでイギリス人の移民がどんどん来るわけよね!」
と言って、みんなで大笑い。
息子さんたちは南アフリカのスプリング・ボックスでも、イギリス&アイルランドのライオンズでもない、オールブラックスのサポーターだそうで、しっかりブラック・ジャージを着込んでました。よしよし、応援の次はプレーだよ! (プレーするとこうなります→)
2005年7月28日(木) タカの舞う空
昨日はメルマガ「キウイ・ベアの冬支度W−30年前の冬」を配信しましたが、相変わらずニュージーランド経済の先行きにベア(弱気筋)な私。メドウバンク界隈でもさもさしているこの人畜無害なクマさん、アオテアロア(NZのこと)の大空を眼光鋭く飛ぶタカが気に入っています。そのタカこそ、ニュージーランド中央銀行のボラード総裁です♪ 景況感がこれだけ悪化し、経済成長率も顕著に下がってきているのに、「利上げ、利上げ」と言い続ける彼に対し、マスコミは"hawkish(タカ派)"のレッテルをべったり貼り付け、彼の名前の一部かと思うほど、"タカ派アラン・ボラード"となっています(笑)
今朝、中銀は政策金利を6.75%で据え置くことを発表しました。それ自体は織り込み済みでニュースにはなりません。しかし、政策決定にまつわる短いコメントには「インフレ」という言葉が実に11回も出てきます。「一応ね、今回は据え置くけど、何かあったらすぐ引き上げるからね!フラフラ家なんか買ってんじゃないぞ!(耳が痛い西蘭家^^;) 製造業は製造能力の限界に来てるし、目先こんなに石油が上がってるんだから、これからしばらくの間、インフレは3%なんて越えちゃうんだぞ。いいか? 多少景気が悪くなってきても、利下げじゃなくて利上げだからね!」と、キツーいお言葉^^A でも、この厳しさと真っ当さが好きです♪ (↑7度の利上げにもめげない、銀行と二人三脚の不動産ブーム)
これが英語の原文になると、
"Inflation pressures nevertheless remain present(インフレ圧力は引き続き顕在化しており)"
"in the current environment, monetary policy must remain vigilant(現在の状況では確固たる金融政策は必須で)"
"A further tightening of policy could not be ruled out in the event
of a resurgence in medium-term inflation pressures(中期的なインフレ圧力の再燃に対しては、一段の利上げの可能性も否定できない)"
"Certainly there remains no prospect of a policy easing in the foreseeable
future(当然ながら、近い将来に金融緩和を図る見通しはない)
と、迫力満点。
ボラード・ファンとしては、"remain vigilant"なんて言葉にはグッときますし、"no prospect of a policy easing"と言い切っているところなんかにもシビれます。普通、どこの国の中銀も「○○になる可能性は否定できないものの、△△となる可能性も見極める必要があり、当面は慎重な対応が求められ・・・」と、「いったい○○か△△かどっちなのよぉ?誰が何を求めてるって?受身形使わないで主語をはっきりせい、主語を!」と、ツッこみたくなるようなオブラートで三重くらいにくるんだようなコメントが"お約束"なのですが(笑)、ボラード総裁、言いきってますねぇ。
まぁ、断言しちゃってもここはNZ。世界の金融相場どころか国内金融市場への影響力も知れてるっていう事情もあるかもしれません(自爆)。これがアメリカや日本だったら、さすがにこうは言えないでしょう。
しかも、これが総選挙まで2ヶ月を切っているタイミングとなると、ますますいいですね〜。当然ですが、中銀の独立性はこれくらいでなくっちゃ♪ 政権におもねた発言が微塵もないのはけっこう、けっこう。「そろそろ金利も下がって来る頃だし〜、家を買うなら今がチャ〜ンス♪」なんて言って回っている、万年ハトの不動産屋、銀行の住宅ローン貸出担当と、強持てベビーフェイスのタカのせめぎ合いが続きます。
2005年7月27日(水) 突然のお見舞い
昨日の午後、「実は手術したの・・・」と友人から電話が入り、ビックリ仰天@@! 彼女は旅行から戻ったばかりで、今頃ルンルンのはずだったので寝耳に水でした。しかも独り暮らしで、「昨日からスープしか飲んでない」と言うので、慌てて冷蔵庫の残りものであれこれ作り、今朝、夫とお見舞いに行ってきました。日本にもいたことがある人なのでキウイの割には超雑食系(笑)、「肉じゃが」「鯛めし」「カレーパイ」「アップルパイ」と、「口に合ったらなんでもいいから食べて!」と、届けました。
その後は、縫合跡が攣れて身動きが思うに任せない彼女に代わって、途中だった部屋の模様替えを手伝い、家具の位置を入れ替え、夫がハイファイをセットし、私は掃除機をかけ・・・とやってモーニングティーをご馳走になって帰ってきました。知り合いの少ないニューキウイの私たちと、独り身のキウイの妙な組み合わせですが、どちらも「親戚ごっこ」が気に入っていて着かず離れずやっています。さてさて、「フィシュ イン ライス?」という西洋人にとってはけっこう突拍子もない「スナッパー・ライス(鯛めし)」が食べられたかどうか^^? (木目と緑と深いブルーが基調の彼女のコーディネート↑)
放課後は3日連続でマリオくん登場! 昨日など、善と一緒に制服のまま"フツーに帰宅"し、「ママはGI(グレン・イネス)に買い物に行っちゃった」と言って、夕方まで遊んでました。これから、こんなことがしょっちゅうありそうです。この調子で行けば、肝っ玉かあさんらしいマリオ・ママに会える日も近そうです♪
2005年7月25日(月) 2年目初日
やっと冬休みが終わりました。「休み中ずっと朝寝してたから、大丈夫かな〜?」と思っていたものの、温は6時半ピッタリに自分で起きだし、ストーブをつけて着替え始めました。おーっ!スゴい。NHK番組じゃないけど、「ひとりでできるもん!」
(←休み中一度もつかなかったストーブがついて、ネコも大喜び。「あったかいニャン♪」)
で、こちらもわらわら準備を始め、弁当作り、朝食用意(どちらも簡単極まりなく^^A)とやっているうちに、善まで1人で起きてきて、「おかえり〜」と言いながらバスルームに消えていきました。(大丈夫か?この子の日本語^^;) 夫のジョギングもいつもより早めで、移住2年目に入った西蘭家の朝はすっきりスタート。いっぺんに元の調子に戻りました。
夕方になって、昨日の日記に登場した友人から「いい家が見つかったの〜♪ 住宅ローンはどうしたらいい?」と連絡が入り、知ってることをアレコレ伝授。かなり気に入った家らしく、こちらまでワクワク。いい家といいローン。どちらもそれなりに長い付き合いになるでしょうから、最初が肝心ですよね。ドリームホームがいつまでもスイートホームでありますように(祈) うちはまだまだ時間がかかりそうで、賃貸住まいでも今日もコツコツ家磨き。
そういえば、とうとうあのマリオが遊びに来ました! 本当に噂通りの長身で善より頭一つ分以上大きいです。身体も言葉も話の内容もしっかりしていて、朝から「おかえり〜」の善とは大違い。しかし、2人はとっても気が合うようで、これからちょくちょく来てくれるといいなぁ。「水餃子が大好き!」という意外な情報をゲットしてるので、みんなで包みながらパクパク食べる夕食を企画中♪
2005年7月24日(日) 移住1周年
今日でニュージーランドに移住して丸1周年になりました(パチパチパチ♪) その間の悲喜交々はメルマガ「西蘭家の1年」でお送りした通り。毎年7月24日は感無量に過ごすことでしょう。今夜は家族水入らずで過ごしました。夕食は、家族に「1周年の特別料理はないの?」と痛いところを突かれつつ(汗)、ワイン片手に煮物をつつき、まったく普段通り。
冬休み後半は体調が戻ってきたこともあり、一気に忙しくなりました。「移住1周年だし、お世話になったみんなと会いたいな〜」と漠然と思っていたのですが、「天気もいいし、よし!やろう!!」と急きょ決行することになり、週半ばに日本人ママ+チビちゃんたちで、ワイワイこじつけランチ♪ 大人5人、子ども8人で狭いリビングは溢れんばかり(笑) 近所のアイランダーくんも始まる前から、窓拭きや掃除を手伝ってくれ助かりました♪
昨夜は一転、キウイたちとアダルトな雰囲気で思い出話に花を咲かせた後は、たまたま3家族とも家を買おうと思っていることもあり、思い切り不動産談義に流れ、「ローンはどの銀行?」「金利動向は?」「今は買いか、待ちか?」「金利は固定か変動か?」と話は尽きず、妙なところで急速に"キウイ化"しているのを感じました(爆) まっ、「三度の飯より不動産♪何はなくても不動産♪」というアジア文化圏から来たせいか、この辺のノリはばっちりです。今日も三家三様に「オープンホーム」(住宅の下見会)巡りだったことでしょう。 (↑引っ越すかもしれないと思うと、妙に惜しくなる近所の美しい眺め)
そう言えば、NZ免許への書き換えのための筆記試験も受けてきました。実技は来月。週に1回くらいしか運転していないので、少しは乗っておかないと・・・。ともあれ、明日から普段の生活に戻れるかと思うと、さすがにホッとします。子どもたちも友だちに会えるので、嬉しそうです。そんなこんなで、西蘭家@NZの2年目がスタートです!
2005年7月18日(月) イケてない2人
実はここ数日、風邪気味でした。なにせ数メートルと離れていないところに夫がいますので、彼もすぐに同じような症状に見舞われ、2人でコホコホやってました。風邪というよりも気管支の問題のようで、熱や鼻水など他の症状はなく、ちょっとパッとしないものの普段通りにやっていました。こういう時は身体、特に胸の辺りを冷やすとますます咳が出るので、「温かくして、下半身も冷やさないように」となると、家の中でもかなりの着膨れに。鏡の自分を見て、「まったくイケてない」と小さくため息。
夫も普段より厚着なのに、「たまにはキミのスカート姿が見たいよ。死んじゃう?」と、あくまでも他人には厳しく・・・。しかし、それもとうとう峠を越えたようで、彼は元気に営業へ。私はお客さん続きだったのになぜかスゴいことになっている家の中の片付け、久々の晴天にドォーっと洗濯です。その間にもちょこちょこパソコンに戻り、仕事をしたり、調べものをしたり。明後日にはもっと元気になっていることでしょうから、冬休み中のチビっ子を呼んで、家で楽しく遊ぶ予定。さーて、紙芝居を探しておかなくちゃ♪
日本は「海の日」ですね。私が日本にいた頃はなかった休日なのでピンと来ませんが、暑い夏の日に備えたお休みなんでしょうか。ゆっくり、楽しくお過ごし下さい。
(近所からのオラケイの眺め。春先のようなうららかな晴天です→)
2005年7月17日(日) 週末の夢
昨夜は久〜しぶりに、夜のラグビー観戦のない土曜日でした。何週ぶりでしょう? 特に先週までのライオンズ戦の最後の3週は、毎回友人宅に上がり込んではみんなでワイワイガヤガヤの観戦だったので、なんだか何かし忘れているようなミョーな感じです(笑) キウイの家でのラグビー観戦スタイルも垣間見れて(家でもけっこうコスプレ^^v)、なかなか面白かったです。子どもはもちろん大喜び。
夢その1:「次に引っ越す時はうちも会場になれるよう、せめてもう少しリビングの広い家にしよう!」
今週は打って変わって、キウイの友人と彼女の日本からの友人をお招きして、久々の中華ナイト。「飲茶は朝昼メニューなんだけどね〜。誰も気にしないよね〜」と思いながら、シューマイやハーカオ(エビ餃子)を包み、セイロ4段フル回転でジャンジャン蒸しました。
「お客さんとゆっくり話しつつ、キッチンに立つ回数を最小限に」と思うと、どうしてもオーブンを使ったコース料理になりがちですが、意外にもセイロが強〜い味方になってくれることを実感し、最近は昼でも夜でもお客さんがあってもなくても、けっこう出てきます。クマラ(サツマイモ)をふかしておくと、あっという間になくなりますしね・・・。
ニュージーランドの家はどこもオープンキッチンばかり。かなり高級なお家でもダイニングからキッチンが丸見えだったりします。お客さんがあった日は切に、「オープンキッチンじゃない家に住みた〜い(願)」と思います。古い間取りをそのままにしている家だと独立したキッチンのところもあるんでしょうが、今まで下見した家でオープンでなかったのは確か1軒だけでした。流行なのか、こういう文化なのか?
(←子どもの勉強机より、食卓2つが夢です♪今の勉強机兼食卓)
夢その2:「次に引っ越す時はぜひオープンキッチンではない、ブレックファスト・テーブルが入るキッチンが見つかりますように(願)」
2005年7月16日(土) たまの電車で
昨日は映画「2046」を観てきました。「ウォン・カーウァイ映画だからねー、キレイキレイでこんなもんかなぁ〜」と思いつつも、もうちょっと期待していたので、途中で「電車の時間に合わせて帰ちゃおうか」と思ってしまいました。でも、「こんなに広東語と北京語を聞くこともないし、最後まで見るかぁ」と、気を取り直して最後まで。終わったらスタンドオベーションなのか拍手している人がいました。人それぞれです。
(←映画祭の会場となっているシビック)
映画が終わってテロップが流れ始めてからの"(香港+上海)÷2=40〜50年後の中華世界"が妙にリアルで、思わず見入ってしまいましたが、スポンサーだった「LG」(韓国の金星電子)の真っ赤なロゴがゴールドな映像にこうこうと輝いていたのにはちょっと笑ってしまいました。やっぱりアートよりスポンサーさまさま^^? キムタクも、なんとなーくやりにくそうに見えました(笑) 次は子どもと「ハウルの動く城」へ。
午後はグレン・イネスのホリデー・プログラムに参加している子どものお迎えに、隣駅なのでまた電車で行ってみました。彼らと無事落ち合い、家に帰るために上り電車に乗ったところまではすべて順調。「電車が3分、歩いて5分だから10分以内におうちよ♪」と言っていたものの、な〜んと電車は私たちが降りるメドウバンクには停まらず、隣のオラケイも通過して始発駅のブリットマートに戻ってしまいました@@! オイオイ(号泣)
(終電8時台、日曜運休、乗ったら中で切符を買い、時刻表もこの通りスカスカ。電車ではなくバスだと思えば時間のアバウトさもあまり気にならない?しかし、駅には停まってほしかった〜→)
すぐに折り返す時間だったので慌てて降り、ちょうど降りてきた運転手をつかまえ、「どうしてメドウバンクに停まらなかったのよぉ!」と聞くと、「停まらなくていいって言われてたから」とケロリ。「はぁ?」 多分、電車が遅れ気味で折り返しの時間に間に合わせるために駅に乗客がいなかった小さな駅を飛ばすことになっていたのでしょう。しかし、私たちは乗った時、車掌に「メドウバンクまで」とはっきり言って切符を買っているのです! すぐに車掌が見つかり、「ちょっと、ちょっとー」と言うと、「あぁ!メドウバンク!」と、思いっきり忘れてたぁ〜という表情。すべては彼が運転手に伝えなかったミスのよう(ガクッ)
けっきょく、そのまま折り返しの電車に乗って予定より30分遅れで帰宅。まぁ、時間に追われているわけではなかったので支障はありませんでしたが、温と善は駅を降りたら食べるつもりだったアイスキャンディーがほとんど溶けてしまってガッカリ。(車中禁食ですが、けっこうみんな食べてます。でも頑なに規則を守る西蘭ボーイズ) なんともまぁ、ニュージーランドらしい体験でした。メドウバンクで降りる時、車掌が初めて小さな声ながら"Sorry"と言ったので、これでよしとします。間違ったら真っ先に謝ろうね、社会人クン。
2005年7月15日(金) お手軽冬休み
「どうしよう?何しよう?どこに連れて行こう?」と、頭の片隅では一応考えていた冬休み計画。ほとんど予定も決まらないまま、突入してしまいました。ところがいざフタを開けてみたら、毎朝毎朝「いってきま〜す♪」と、弁当とお菓子を持って元気に出て行く息子たち。夫まで仕事での外回りが続いて、けっこう家で1人になる時間まであるという、信じられない展開に!! 最初はきょとーん? 今はカカカカカカと高笑い。
息子たちが喜んで通っているのは、このサイトではおなじみ、実際の在住日本人にはほとんどご縁のないグレン・イネスでやっている、ホリデー・プログラムです。8歳からしか参加できないので、善は今まで涙を呑んでお留守番でしたが、今回からは大手を振って参加しています。前の晩から用意をし、荷物を点検し(って水着とタオルくらいしか入ってないんですが^^;)、それはそれは楽しみのようです。しかも1日行って、たったの1ドル(80円)。プールに入っても3ドル(240円)です。さすがグレン・イネス価格♪
(時間があればのぞきに行くグレン・イネスの救世軍ショップ。ここで見つけた手作り陶器はかなり気に入ってます↑子どもの物を置いてくることも。この物々交換みたいな感じが好きです)
活動内容は、
月・水・金 : アート&クラフト、図書館、ゲームかスポーツ
火・木 : 2時間の温水プール(水中ラグビーとかしてるそうです@@!)+ゲームかスポーツ
今日はカレンダーを作ってきました。(NZのカレンダーは財政年度に合わせて7月から始まるのが多いです)
毎日10人前後が参加し、アイランダー系、白人系、インド系、西蘭家のアジア系と適当にバラけた顔ぶれや、インストラクターが3人も付いてくれてとことんお相手をしてくれるのも気に入っているらしく、近所のアイランダーくんと3人で日参してます。
4時に帰った後もその勢いで外遊びに繰り出し、お腹が減ると3人で夕食に帰ってくるような状態です(笑) さすがにワルいと思ったのか、アイランダーくんは自宅の木からレモンを30個ももいで持って来てくれました。なかなかカワイイとこあるじゃないですかぁ!(野菜も食べられるようになったしね♪)
・・・ということで、前半は無事終了の気配。今日は開催中の国際映画祭で、「2046」を観てきます♪ 明日は子どものラグビー、家の下見、夜は日本からのお客サマ♪
2005年7月14日(木) テロそしてライオンズ、英国週間を終えて
先週の今日、「ファイト・フォー・ライフ」云々と言ってたのが、ずっと遠くに感じられます。当日はさっさと夕食を済ませ、七夕の用意をし、7時半には家族全員がテレビの前へ。短冊に書き込みをしながら(こんな"ながら"じゃ願いもかないませんよね〜^^A)、募金になる勝ち負け予想受付番号に電話をしたりしているうちに、突然、「ロンドンでテロ!」の第一報。その後は見ていたTV3ではなくスカイの実況中継映像が流れ出し、とうとう番組中断が決まりました。けっきょく、1時近くまでテレビにかじりつきでした。
昨日になって犯人はパキスタン系英国人ということが判明し、イギリス国民、政府ともに二重の落胆でしょう。この悲劇を「9・11」のように、ゆかりのない外国人のせいにできないのですから、今後のマイノリティー政策、移民政策、宗教政策などが見直されるのは必至でしょう。当然、移民を受け入れている他の国でも同様の動きとなるでしょうから、移民の1人として否が応でも動向が気になります。移民にも受け入れた国にも、哀しい現実です。
1986年にパリが史上最悪のテロに襲われている時、その場にいたので、一斉に迫り来る外国人への冷たい視線は重々承知しています。標的になっている危険なパリに住む者として、外国人として、二重に苦しい思いをしました。予定を少々早めて香港に向かったのも、テロが大きく影響していました。あれから20年。同じ宗教的な要因で人類がテロを繰り返しているかと思うと、本当にやるせない思いがします。
テロの2日後には予定通り、オールブラックスとライオンズのテスト・マッチが行われ、1分間の黙祷を経て試合がスタート。すでに2戦2勝で勝ちを決めていたオールブラックスは、ケガということで主力選手の何人かがお休みに。8月からはオーストラリア、南アフリカとの「トライ・ネーション」が控えているので大事をとったようです。(←ライオンズ戦を最後にイギリスに向かったジャスティン・マーシャル)
結果は代わりに出た若手選手とキャプテン、タナ・ウマガの鬼気迫る活躍で、あっさり3連勝。イングランド系が大半を占めるバーミー・アーミーはテロの直後でもあり、さぞやガッカリだったでしょう。勝負の世界なので仕方ないですが。
また12年後に会いましょう!
2005年7月7日(木) ファイト・フォー・ライフ
何だかんだともう7月。しかも、今日は七夕。去年、香港のサービス・アパート(日本のウィークリー・マンション)でニュージーランド出発を前に、近所から刈ってきた短い笹の葉に短冊をかけていたのを思い出します。翌朝、ベランダに出しておいた笹の葉はどこかに吹き飛ばされてなくなっており、「お空に届いた願いはかなうんだよ」と、子どもと一緒に勝手に納得していたものです(笑)
話は飛びますが、NZ在住の方だったら、今夜7時半からぜひTV3を見てくださーい。番組の名前は「ファイト・フォー・ライフ」。今年5回目になる有名な番組ですから、私などが喧伝しなくてもたくさんの方がご存知でしょうが、子どもがかかると死に至ることもある恐ろしい病気、髄膜炎(英語だと"Meningococcal−メニンジョコカル"と舌を噛みそうな名前になりますが)基金のためのチャリティー番組です。
チャリティーというといかにも着飾ったセレブが気の利いたトークショーをしたり、舞台衣装をオークションにかけ、ファン同士が競りあったりというイメージですが、ここはNZ、そんなチャラチャラしたお手軽なものではなく、セレブも身体を張ります。何をするかというと、元オールブラックスのレジェンドや人気キャスターが本気でボクシングをするのです。ラグビーの「ライオンズ」が12年ぶりに来ていることもあって、相手もイギリス系の元有名ラグビー選手など一人を除いて全員ボクシングの素人です。
去年は放映のタイミングが遅かったので、移住直後にモーテルで見ました。誰も知っている顔がいませんでしたが、キャスターが商売道具の顔をボコボコにされながら必死で戦っているかと思えば、片足が義足の元有名選手が義足をむき出しにしながらパンチを繰り出しているなど、見ているだけで涙がにじんでくるほど彼らの熱意が伝わってきました。みな30〜40代のどう見てもボクシングという年齢ではないことも感動的でした。(ホントにみんなこんなですよ・・・笑) 誰もが勝者でした。「チャリティーのためにこんな危険なスポーツを選ぶなんて」という意見もあるようですが、「優しくあるための強さ」がいかにもNZらしく、楽しみにしています。
2005年6月27日(月) 初霜!
霜は降りないと聞いていたオークランド。しっかし、しかし、今朝の西蘭家の庭は真っ白一歩手前くらいまで霜、霜、霜。あまり刈り込んでない芝がツンツクしたまま凍って固まってました(笑) どうりで寒いわけです。善のクラスメートの女の子は学校に着くや、ホッとしたのか「寒かった〜」と泣き出してしまったとか。かわいいですよね^^?
寒さをちゃんと察しているネコは、ストーブの前にでーんと陣取ってました。
しかし、大人だけになったらストーブは消してしまう家。暖まっていたネコは「ちぇ」っと退散。北向きのキッチンは日中はポッカポカで、長袖のTシャツ一枚で十分。あまりの陽射しにブラインドを降ろすほどです。ところが南向きの仕事部屋は深々(しんしん)とした寒さ。1日の中に四季があると言われるニュージーランドですが、家の中にも十分四季があります(笑) ネコは一番暖かい場所を知っていて、陽射しとともに移動してます。
先週末の「オールブラックス対ライオンズ」の試合でライオンズのキャプテン、ブライアン・オドリスコルが肩を脱臼した件は、「ニュージーランドのキャプテン、タナ・ウマガとケビン・メアラムの危険なタックルのせい」ということで、ライオンズ側が記者会見を開くなどして大事に。ケビンはケビンでライオンズの選手に指を噛まれ(!)、こちらの方はすぐにクロ確定で、噛んだ選手は2ヶ月の出場停止に。
私は両方の大ファンです。 (ウマガ→)
ラグビーは最も危険なスポーツだからこそ、尊ばれるフェアプレー。特にウマガはキャプテンシーがあるばかりでなく、誰もが認めるオールブラックスきっての人格者。しかも、かつてはラフプレーが目立った出身チーム「ウェリントン・ハリケーンズ」に、フェアプレー精神を植えつけるのに尽力してきたことで知られる人だけに、キウイとしては「ライオンズとオドリスコルの無念さは理解できても・・・」というところでしょう。
(ケビン→)
猛者ぞろいの選手が何よりも恐れるのが、ケガ。ライオンズはすでに主力選手を2人も失っており、残りの試合ではいずれのチームにもこれ以上のケガ人が出ず、12年に1回のお祭り騒ぎが後味良く、思い出深く終わりますように(祈)
2005年6月25日(土) 初戦はオールブラックスの勝利♪
修理に出していたクルマが戻り、久しぶりに買い物と家の下見ができました。久々のグレン・イネス♪ いつもの魚屋、いつもの雑貨屋、いつもの中華スーパーで買い物をして、なんだかホッ。雨だったせいか人出は今ひとつで、いつもの土曜日午前中のすさまじさはありませんでした。
今日のオークランドは局地的に集中豪雨、雷、雹、竜巻があったようで、オタラ(あの、いろいろあったオタラです^ー^)に住んでいる温の同級生は、「冷蔵庫で作った氷みたいに大っきい雹が降って来た〜」と、あわてて電話してきました。クルマのボンネットに跡がつくほどだったそうです! でも、その時こちらはシトシト雨。その前には晴れ間も出ていて、思わず洗濯してしまったくらい(泣) その後、青空のまま雷が鳴り始め、天気雨→シトシト雨になりました。ニュージーランドのお天気って、やっぱりすごい、読めない!
下見した家はこれまで見た中では唯一気に入り、「ここなら住んでもいいな〜♪」と思ったら、お値段が私たちの予算の約倍とわかり、すごすご撤収。当分は目の保養に徹します。
(←お庭にもほれぼれ。自分じゃこうはできない?)
夜は「オールブラックス対ブリティッシュ・ライオンズ」の第1試合! 友人宅にお邪魔して、大人6人、子ども6人(そのうち5人はラガー)でワイワイ観ました。結果は21対3で、オールブラックスの圧勝。ライオンズは試合開始早々にキャプテンが肩の脱臼で退場してしまい総崩れ、トライのチャンスもないままでした。遠くから来て、アウェイのプレッシャーの中でキャプテンを失うなんて、相手とはいえお気の毒。
フランス人のレフリーもかな〜りニュージーランド贔屓で(なんたってイギリスは「百年戦争」を戦った宿敵^^?)、「こんなことで?」と思うようなプレーでライオンズの選手にイエローカードが出たり・・・(「でもペナルティートライにしてたら、ライオンズはもう4点取られてたぞ」という夫の現実的な意見も)このレフリー、ライオンズ戦には今後2度と呼ばれないことでしょう(笑) そうは言ってもオールブラックスの仕上がりはピカ一。ミスのない確実なプレーにキック。実力と日頃の努力の賜物です。
来週も同じ友人宅で焼き鳥を持ち込んでの第2戦の観戦となりました。全然知らなかったのですが、夫婦とも日本に住んでいたことがあって、フィリピン人の奥さんは「冬の天津甘栗」、キウイのご主人は「ジャパニーズ・カレーライス」が大〜好きだそう。(早く言っててば〜^。^;)意外や意外。そんなこんなで帰宅したのは11時半。夜はかなりの冷え込みです。
2005年6月24日(金) 去年の今日
去年の今日、私たちはウィークリー・マンションへと香港内最後の引越しをしていました。同時にニュージーランド向けの荷物を送り出し、移住に向けて本格的に動き始めていました。認可が出たのが5月31日だったので、その後の忙しさは前代未聞。「香港を経つまでに」という条件で新しい仕事を引き受け、女友だちと伊勢へお礼参りに行き、まだまだピッピの看病にかなりの時間を割きながらも、これはと思うものは自分でパッキングし、ヨガだ孤児院のボランティアだと、夫がフレックスになっていなければ回らなかったでしょう。
ともあれ、咽元過ぎればで、今やいい思い出です。細かいことは「トラウマ日記」を読まないともう覚えていません。家具やテーブルを友人に譲り、アイロン台をテーブル代わりにした、メニュー逆指名、客絶対服従、定員2名までの「みこと屋食堂」なんてのもありました(爆) こういう非常時もなぜか家で食べるのが西蘭流。私以外誰も「食べに行っちゃお〜よ〜」と言い出す人がいないのです。ニュージーランドに来てからもテイクアウェイで夕食を買ったのは後にも先にも1回だけで、ここでは私も完全"宅食派"に(笑)
先週末は善が風邪。今週末はとうとう温にも洗礼が・・・。「水曜日のスカウトに行けなくなったら大変」という「スカウト命」の彼は今から大事を取っています。(おいおい、まだ4日もあるんですけどー・・・笑)
(←とにかく、今までの人生で一番楽しいんだそうです。そりゃ、けっこう)
幸い、あまりのインフルエンザの蔓延に親御さんの希望が通ったのか、どう見ても雨になりそうな明日の子どもラグビーの試合はすべて中止になりました(パチパチパチ) 先週はバケツをひっくり返したような土砂降りの中で決行でした。温のラグビージャージが水分を吸って、「4キロぐらいない?」と思うほど重くなっていたのにはビックリでした。いくら雨天決行のスポーツとはいえ、親としては心配です(素)
明日はいよいよ、「オールブラックス対ブリティッシュ・ライオンズ」の第1試合! 友人宅にお邪魔して、みんなで観る予定。バーミー・アーミーも3万人近くまで膨れ上がっているらしく、12年に1回のお祭り騒ぎが佳境に入ってきました。「こんなにいっぺんに来たら、6月の経済統計に影響出るよね?」なんて考えながら観てるのは私くらい^^? ちなみに5月にニュージーランドを訪れた外国人観光客数は13万5千人。6月もこの調子なら、観光客の4、5人に1人がバーミー・アーミー?! これってすごくないですか? ラグビーの国内リーグ「NPC」も始まり、相変わらずラグビー漬けの週末です。
2005年6月22日(水) スローな夜の寝物語
昨晩、「でんきを消して、スローな夜に入ります♪」と言ってから、キャンドルに火を灯し、子どもと一緒に彼らの部屋へ。善のベッドにもぐりこんで、約束通り、ベッドタイム・ストーリー(寝付くまでのお話もしくは読み聞かせ)の代わりに、「今まで生きてきて一番○○だったこと」を披露することに。途中から暗くて何もすることがない夫もやってきて、家族全員参加。(彼はその後、キャンドルの火のもとゆっくりバスタイムを楽しみました) (南半球の月→)
善:「今まで生きてきて一番怖かったのは、3歳の時にあごを切って病院で縫った時」
「一番悔しかったのはケンカする時、温くんがここの髪の毛を引っ張ること。今もだよ!」
(と言って、もみ上げを引っ張ってみせました。そんなことしてたのか〜)
「一番嬉しかったのは"香港セブンス"の前座のタッチラグビー(タックルのないラグビー)で17トライしたこと」
(あったっけ、そんなこと^^? 彼以外、誰も記憶なし^^A)
温:「今まで生きてきて一番嬉しかったのはスカウトに入ったこと」
「一番悔しかったのはスカウトのキャンプで他のグループが30分で張れたテントを、ボクたちは部品を忘れて1時間以上かかって張った時」
「一番怖かったのはスカウトの水中トレーニング中に、水上スクーターですぐそばをグルグル回ってる人がいたこと」
(キミはスカウトのことしか頭にないの^^?)
「一番哀しかったのはおじいちゃんが死んじゃった時」
夫:「今まで生きてきて一番嬉しかったのは温くんと善くんが生まれた時」
「一番悔しかったのはバリのテロで亡くなったラグビーのチームメートの追悼試合にその前からの腰痛で15分しか出られなかったこと」
「一番怖かったのは夢の中でだけど、犬に追いかけられた時。ホント、怖かった」
(「39年生きてきて、その夢が最悪とはなんとシアワセな人生!」という私のツっこみ)
「一番哀しかったのは、パパもおじいちゃんが死んじゃった時かな? 2日前まで一緒にいたからね」
私:「今まで生きてきて一番嬉しかったのはパパと結婚したこと。パパと結婚しなかったら温くんと善くんも生まれてないでしょう?」
(「ニュージーランド移住じゃないのか?」という夫のツっこみも。これも彼との結婚なしにはなかった話でしょう)
「一番悔しかったのはたくさんのお金を貸してあげた人に、逆にママたちがお金を借りてそのまま取ったと言われた時。弁護士に相談して全部返してもらったけどね。」
「一番怖かったのは善くんが腸重積という、お腹の中の腸の皮がくっついてしまう病気になった時。1歳にもなってなかったのに、もうちょっとで手術するところだったのよ」
「一番哀しかったのは、ママもおじいちゃん(=義父)が死んじゃった時かな?」
と、四人四様。でも、内容事態はドラマチックでもなんでもなく、けっこう平々凡々。各人のこだわりがよくかわりました(その分、残りの3人は「ふ〜ん^^A」と言うしかないんですが・・・夫の犬の夢とか、どうあいづちを打ったらいいやら^^;)はらわたが煮えくり返る思いとか、足がすくむような経験もあったはずなのですが、なんだかスコーンと抜けていて、思い浮かびません。
銀行の所属していた部の解散でリストラに遭った時も、不安よりもなによりも解放感の方が先に立ち、いそいそ水彩画のセットを買いに行ったりしてました。(けっきょく、一度も使わないうちに次の仕事が決まってしまい、そっくりそのままこちらに持って来ましたTT)
善の「一番哀しかったこと? ないな〜、いつも元気だから」っていうのにはみんなで大笑い。
そりゃ、けっこう!
この催しをご紹介くださった読者の方に感謝します。毎年、この日に思い出を作りつつ、普段の生活でも、より明かりのない空間や時間を取り入れていきたいと思います。深く考えずにやっていたこと、習慣化してしまっていることを考え直す、いいきっかけになりました。
2005年6月21日(火) でんきを消して、スローな夜に入ります♪
ただ今、夜7時20分です。前回お伝えした「100万人のキャンドルナイト」参加のためにあと40分で消灯です。子どもたちはその間に就寝しなくてはいけないので、明日の制服を用意して、今ドヤドヤとシャワールームに消えていきました。善は「キャンドルの灯りでシャワーする」と張り切っていましたが、「もちろん、電気で明るいうちに浴びるさ」という現実的な兄を見て気が変わったようです。温はキャンプで慣れてるはずでは^^?
善は今流行のインフルエンザに思いっきり「ビンゴぉ!」となってしまい、先週1日休んだ翌日、張り切って学校にもラグビーにも行ったものの、再びぶり返し(親もバカ^^?)、中耳炎まで起こして(インフルエンザの典型的な合併症だそうです)、土曜日のラグビーの試合、ダンスのパフォーマンス、夜の「キャンドルマス・パーティー」すべて当日ドタキャンしてしまいました(涙) 「でも病院は"スターシップ"にしてね」と国立の子ども病院を指定してくるヤツ!(どうもブランドに弱いタイプ。誰に似たんだか?) けっきょく、土曜の午後になって緊急扱いでスターシップへ。おかげで夫も自分の試合に行かれず・・・。
日曜日も楽しみにしていた、友だちのアイススケート・バースデー・パーティーを泣く泣くキャンセル。月曜日も用心のために休んで、今日からやっと登校(ホッ!) 昨日の新聞には16歳の高校生がインフルエンザの合併症で急逝したという記事が出ていました。
(←もうすっかり元気になって家の中を走り回ってます)
NZ在住の方、お互い十分気をつけましょう。あと、「キャンドルナイト」の失火も・・・ボヤでも起こしたら泣いても泣ききれませんよね? なーんて、そんな事を心配するのはうちくらいでしょうか? みなさん、もっとロマンチックに過ごしていることでしょう。あ〜、こんな日に限って、ワインを切らしている、どんくさーい西蘭家TT
2005年6月17日(金) でんきを消して、スローな夜を
日本の読者の方から紹介していただいたイベントです。みなさまにもお届けしたいメッセージなので、ここに転載します。うちの場合、子どもは9時には寝てしまいますが、ぜひやってみようと思います。
「人工の光で明るくなってしまった地球の夜に、闇の帯が自転とともに移動していく。これは地球大のアートだ」(坂本龍一) って、想像するだにステキですよね。
「100万人のキャンドルナイト」 呼びかけ文
私達は100万人のキャンドルナイトを呼びかけます。
2005年の夏至の日、6月21日夜、8時から10時の2時間、
みんなでいっせいに電気をけしましょう。
ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。
しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。
ある人は省エネを、ある人は平和を、
ある人は世界のいろいろな場所で生きる人びとのことを思いながら。
ブラグを抜くことは新たな世界の窓をひらくことです。
それは人間の自由と多様性を思いおこすことであり、
文明のもっと大きな可能性を発見するプロセスであると私たちは考えます。
一人ひとりがそれぞれの考えを胸に、
ただ2時間、電気を消すことで、
ゆるやかにつながって「くらやみのウェーブ」を
地球上にひろげていきませんか。
2005年、6月21日、夏至の日。よる8時から10時。
でんきを消して、スローな夜を。 (闇から明けてこその朝焼け。
100万人のキャンドルナイト。 今朝のキッチンからの眺め→)
よびかけ人代表、辻信一氏のメッセージ
「私にできること」
南米の先住民に伝わるこんなお話があります。
……森が燃えていた。動物たちは逃げていく。
が、一羽のハチドリだけが、行ったり来たり、
くちばしで水のしずくを運んでは、火の上に落としてゆく。
動物たちは、「そんなことをして一体何になるんだ?」とハチドリを笑った。
ハチドリはこう答えたという。
「私は私にできることをしているだけ」……
地球が熱く「燃えている」今、
ひとりひとりの「私にできること」が問われています。
そう言えば香港にいた頃、こんなメルマガ書いてました。あ〜、懐かしい♪ 香港こそ消した時のインパクトって大きいでしょうね。
2005年6月16日(木) やっと永住権が♪
今朝、宅急便で届いた私たち4人のパスポート。やっと「居住許可」と書いたパスポートサイズのシールが張られて戻ってきました。永住権そのものは5月末におりたものの、パスポートが戻ってくるまではなんとなく心許なく(「移民局に預けたパスポートが数ヶ月も行方不明になった!」なんていう話も聞きますし^^;)、夫と2人、なんとなーく大人しくこの日を待っておりました。トップも「永住権が取れました!」じゃなくて、「永住権申請に認可がおりました。」とかなり控え目です(笑)
(こんな日こそ初心に返って。移住してきた時に機上から撮った一枚↑)
これで無事、永住者となりましたので、改めまして、みなさまよろしくお願いいたします。その割にはしっかり選挙民登録をしてたりして(笑)、次期総選挙には勇んで投票に行きます。永住権を取ると、各種公立大学の学費も安くなるので(今までは留学生扱いの割高料金)、いろいろなことが一段落する来月末くらいから、短いコースに行ってみようかと思っています。今後はライフワークとなる新たな夢に向かって、ぽつぽつ進んでいくことにします。
ここでもワーワー言ってた家探しは、当分見合わせることにしました。私たちぐらいの年齢だと「永住権=マイホーム取得」が一般的のようですが、あまりにもタイミングが悪く時期を改めます。ただし、勉強と相場観の構築を兼ね、良さそうなのがあれば見には行くつもりですが、実際の引っ越しは延期することにします。毎週末連続で十数軒見ただけでもずい分学ぶところが多く、ためになりました。「リースホールド」「フリーホールド」と土地の所有権が英国式なのも、シンガポールや香港と一緒でなじみ易かったです。「これで平方フィート表示があればなぁ・・・」なんて、つい思ってしまったりして(笑)
相場に近づけば近づくほど、「ニュージーランド経済、特に経済史をもっと勉強しなくては」と、痛切に感じました。仕事にも役立つので、為替、金利、株、債券、不動産、商品先物(ここでは農産物も)など、相場と名の付くものをもうちょっと真剣に見ようと心しているところです。それでも、家磨きも草むしりもラグビー観戦も、おっと!忘れちゃいけない家事全般もあって、あ〜、時間が足りません(涙)
2005年6月12日(日) ライオンズがやって来た!
気がついたら前回更新から2週間近くも経っていました@@! ごぶさたしております。 トップやメルマガでもお伝えした通り、ニュージーランドの永住権申請に認可がおりました。遅ればせながらここでもご報告させていただきます。(「"さいらん日記"だけ読んでる」という読者の方もいらっしゃるので^^) 移住というか永住を思い立って、4年4ヶ月ぶりに天から降ってきたような結果でした。いつかこの過程はメルマガにして、詳しくご報告します。(その時は日記オンリーの方も、読んでみてくださいね^^)
この間に、すでにイギリス本国にもないクイーンズ・バースデーの3連休が終わり、12年に一度という大航海時代のようなペースでやってくる大英帝国ラグビー・チームとでも呼びたい「ライオンズ」が2万5千人もの「バーミー・アーミー」と呼ばれるサポーター軍団を率いてやってきました。ライオンズはニュージーランド代表であるオールブラックスと3戦まみえる他、昨夜土曜日は準国代表であるNZマオリとの試合もあり(NZマオリの初勝利!今のところ今年一番の名勝負?!)、どれも見逃せません。
(↑スクラムを組むと選手の熱気というか湯気でこの通り。湯気にかすむバックスのダグ・ハウレット。「お〜い、見えてる?」フィージー戦にて↓)
金曜の夜は「オールブラックス対フィージー戦」に行ってきました。何だかんだとラグビーどっぷりです。もちろん、子どもたちの練習&試合も続いています。
その間に、仕事、家探し、「おめでとうメール」のお返事書き(すっ、すいません。まだ書き終わっておりません^^;)、新しい方法での家磨きの実験など、必要と興味にかられ、あれこれやっておりました。
家磨きに関しては、「もう死ぬまでコレ!」という方法がほぼ確立されました。もう少し試してみて、時期がきたらメルマガにしますね。家探しは十数軒見に行きましたが、見れば見るほど「今の家ってホントによくできてるよね〜」という話になってしまい、なかなか「これだ!」という家に出会いません。しばし今の家を磨きながら、時期を見極めることにしましょう。 (どれもいい家なんですが、風水が気になったり、割高感が気になったり理屈抜きになれる家に出会えません→)
2005年5月30日(月) 秋から冬へ
以前、ある方に「西蘭さん、ニュージーランドって四季が決まってるんです。9−11月が春、12−2月が夏、3−5月が秋、6−8月が冬と・・・」と、うかがいました。これでいくとあと2日で冬。「そんなにキッチリいくんだろうか?」と思っていたら、今日から急に冷え込んで、やっぱりキッチリいくようでーす^^A 「6月になったらストーブかな?」と思ってましたが、本当にそうなりそう。土曜日のラグビーの応援は今まではずっとショートパンツでしたが、来週からは裾が濡れてもロングパンツにします。慣れたキウイたちは早くも、長靴+フリースです(笑)
今日は嵐のような大雨強風の後に、つい「洗濯しようか?」と思ってしまうくらいの青空がカパッと出たかと思ったら、またまた黒い雲が立ち込め、バラバラバラバラバラと雹が降り、また嵐・・・このセットが4回くらい来ました(笑) (庭の木も一気に葉がなくなりました→)
さすがに徒歩通学の善がかわいそうなのでクルマで迎えに行ったら、彼が出てくるまでの間にすごーい雹が! 見る間に地面が白い粒々で覆われていき、顔や手にパチパチ当たってきます。
直径1メートル以上ある傘が半分くらいの直径まですぼまってしまうほどの強風で、よくぞひっくり返ってお猪口にならなかったものです。思わずそばで震えていた見知らぬポリネシアンの子に、「傘の下に入って」と声をかけたまではよかったのですが、ものすごい風力に傘を持っていかれないよう両手でしっかりつかんで踏ん張っているのがせいいっぱいで、その子のスクールバックを降ろし、中から上着を取ってあげることもできず。
周りの大人もクルマに戻れず、私がいた大きな木の下に集まってきては、腕組みをしてあごを引き、できる限り身を小さくするばかり。「寄らば大樹の陰」とはよく言ったものです。5分もすると小止みになり、固まっていたみんなが動き出しましたが、寒波を肌身で感じた一時でした。こんなに雹が降るってことは、上空は冷凍庫状態なんでしょうね。これはホント、冬本番です。
2005年5月29日(日) 家探し
昨夜のラグビーのリーグ戦「スーパー12」の決勝戦は王者「クルセイダーズ」が35点と、初優勝をかけたオーストラリアの「ワラタス」の25点を大きく引き離して、5度目の優勝を飾りました。優勝カップがNZに戻ってもちろんウレシいのですが、「こっ、これが決勝戦?」と拍子抜けするほど気合の入らない試合だったのはちょっと残念。踏んできた場数の差なのか、アウェイで圧倒されてしまったのか、「ワラタス」に優勝にかける意地のようなものが感じられなかったのは意外でした。
後半、試合がほぼ決まってからマット・ロジャーズさまが1人で2本もトライを決め、自分でキックなさってプロの意地を見せてくれましたが(彼はキッカーでもあります)、到底追いつきませんでした。一方の「クルセイダーズ」はキッカーのダニエル・カーターのキックが冴えず、全体的にいつもの水も漏らさぬ完璧さに欠け、ユル〜い感じでした。とは言っても選手も生身の人間。いつもいつも神業的なことができるわけではありませんよね? 心踊るシーズンをありがとうございました。来月からの対イギリスのライオンズ戦でも、がんばってくださーい♪
今日はかなり雨が降り、子ども達が外で遊べる天気でもなかったので、家族全員で家探しを兼ねたドライブへ。今の家は1年契約なので7月いっぱいで契約が切れます。まだ2ヶ月も先の話ですが、ビジネスもかろうじてかたちになってきたことだし、この次の家は長く住む予定なので、公私ともにすんなり収まる家を探す予定で、真剣に下見を始めることにしました。「4人で住むんだから4人で見たい」となると、今の状況では日曜日しかなく、これから毎週日曜は家探しになりそうです。
通ったことのない道や行ったことのない一角を通りすぎながら、改めて住宅街の美しさ、オークランドという職住がコンパクトに収まった街の素晴らしさに感じ入りました。子どもたちも引越しには大賛成で、2人とも「自分だけのお部屋がある?」と興味津々。「NZに行ったら1人一部屋」は移住して来る前からの約束だったので、さすがに今回はかなえないと・・^^; 「温はそろそろ勉強机くらいあってもいいかな〜」という気もしてきたので、がんばって4部屋の家を探してみるつもりです。(数がガクンと少なくなって値段はハネ上がるんですがTT)(↑校庭の遊具で遊びながら「いいじゃん、いいじゃん、この学校♪」と、すっかりその気の温と善)
2005年5月28日(土) ラグビー三昧
4月以降、土曜日はラグビー三昧です。毎週朝9時には家を出て、温をコーチの家か試合のあるグラウンドに送り届け、私たち3人は別のグラウンドへ。香港と違い、クラブごとの試合ではないので、各チームがオークランド中の転々ばらばらな場所で試合をします。今日も見事に西と東に分かれてしまいました(涙) 夫は善のチームのコーチなので、私もお手伝いに借り出され、私たちはいつも善と行動をともにすることに。
善の試合はいつも10時15分から。10人制ながらタックルありスクラムありの本格的なラグビーで、なかなか熱いゲーム展開です。今日は今シーズン初の大雨にたたられ、みんな泥んこの中をゴロゴロ、ツルツル、バシャバシャがんばりました。顔や頭に泥はねしたり、目やこすった傷口に泥が入ったりと、ラグビーと縁のない人には「ひょえ〜@@」という感じでしょうが、子ども達はへ〜っちゃら。
(どーも顔に迫力のない、八の字眉の善→ 青ジャージが黒ジャージに。今日の「タックル・オブ・ザ・デー」に輝いた背番号9番のサミーくん。このジャージを見ればわかるって?→)
コーチ陣の「立ち話反省会」を終えて帰宅するのが12時。夫はそのまま温のピックアップへ。私はランチの用意をしながらドロドロのジャージ(ユニフォーム)10人分の洗濯へ。さすがに今日は手で下洗いしないとダメで、タワシでゴシゴシゴシゴシ・・・。洗濯板が心底欲しくなりました(あるんだろうか、ここにも?) 泥はスゴいわ、布は厚いわで終わったら肩がバリバリに凝ってました。は〜^^A その間もヒマを持て余した善に、縦笛の輪奏につき合わされ、ピーピーピーピー(なんで、こんなタイミングぅ^^?)
1時半に夫と温、帰宅。慌ててランチ。夫は2時過ぎには自分の試合へ。善もくっついて行き、私はジャージ洗い、温はぼーっとゲームボーイ。夫たちも4時過ぎには帰宅し、それでも続くスパイクなどラグビー用具一式洗い・・・。雨の日の試合は大変だということが、今日一日でよ〜くわかりました。お天気も冴えない上、5時を回ると暗くなってくるので、ただ今リビングには十数枚のジャージが干してあります。
(パパさんラグビー。コートの中に、ゆりかもめがたくさん。これこそ閑古鳥^^?→)
普段ならこの後6時には夕食の準備に取りかかるのですが、今夜は友人宅にお呼ばれでラッキーしちゃいます♪ その後はみんなでラグビーのリーグ戦「スーパー12」の決勝戦観戦v^^vイェ〜イ♪ NZの至宝、カンタベリーの「クルセイダーズ」対初優勝にかけるオーストラリアの「ワラタス」。楽しみどぇ〜す。友人夫婦は普段、ラグビーは観ないのですが、決勝戦だし誇り高きカンタベリー・ボーイだし、ビール片手に1年に1回は盛り上がるそうです。西蘭家は毎週末、どこかのグラウンドか、家のテレビの前か、誰かの家にお邪魔してこの状態。
まだまだ続くよ、ラグビーシーズン(笑)
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